騎士達はよっぽど急いでいたのか、階段へと繋がる扉は開けっ放しになっている。ディサエルがその扉を抜けて一言。
「飛ぶか」
「は?」
「そうだね」
「え?」
そんな当たり前のように「飛ぶか」と言われても困る。私は飛べない。
「お前の杖を大きくして跨って飛ぶとかできないのか? 翼があるんだし」
「それやろうとしたらカワセミが怒ってきたから無理」
嘴でつつかれて痛かった。
「そうか。じゃあお前はオレが連れていく。ボロ雑巾は飛べるのか?」
「ワタシはボロ雑巾ではないし飛べない!」
「何だ。空が飛べるようになる煙幕とかねぇのかよ」
「煙幕で飛べるか!」
「それは残念だったな。頑張れよ」
ディサエルはひょいと私を抱えて――初めてお姫様抱っこされた。大して体格差の無いディサエルにやられるのは少し怖いが、信じるしかない――浮き上がり、魔力を翼の様に広げさせて上昇し始めた。スティルも「じゃあね~」と言って同様に魔力の翼を広げ飛び始めた。
「クソッ!」
ロクドトはシンプルな罵声の言葉を宙に浴びせ、階段を上り始めた……と思う。そんな感じの音がする。
「……何でそんな目をギュッとつぶってるんだ?」
「思ったより、怖い。スピード、落とせ」
「カタコトになるほどか⁉」
私だって魔法使いの端くれだ。箒で空を飛んだ事だってあるし(一回だけだけど……)、高所恐怖症という訳でもなくもない。だが今は他人に身体を預けて空を飛んでいる。もし何かあったら、落ちてしまったら……どうしてもそんな事を考えてしまう。
「大丈夫だ。オレを信じろ」
「せめて、スピードを」
「はいはい」
元々そんなにスピードは出ていなかったのだが、私の要求に応えてスピードを緩めてくれた。その優しさに、心の中で感謝した。あんまり怖くて喋るのも一苦労なのだから、そのくらいは許してほしい。
「ほら、着いたぞ」
「ありが、とう」
階段の一番上に到着し、ガチガチに固まった私をディサエルが優しく降ろした。地に足をつける事がこんなにも素晴らしいとは! こんにちは、地面! 私は君が大好きだ!
「翠も自分で飛べたら怖くないんじゃないの?」
天使と見紛う姿のスティルが、到着するなりそう言った。
「飛び方教えてやろうか?」
と黒い翼の堕天使ディサエル。
「いや、待て。ワタシが空を飛べるようになる煙幕を作る!」
ようやっと最上段まで上ってきたロクドトが若干息を切らしながら言った。
「何を張り合っているんですか」
先程のディサエルの発言が、煙幕マニアの琴線に触れたのだろうか。さっきは否定していたはずだが……。
「煙幕の無限の可能性とワタシの頭脳を見くびるなよ。必ず作ってやるからな」
「あ、はい」
この話題に触れてもたぶん私には理解できないだろうから、これ以上何か言うのはやめておいた。
こちらの扉は閉まっており、ディサエルが開けようとドアノブに手を掛け……ようとして、手を止め眉をひそめた。
「そこの階段上っただけで息切れしてる煙幕マニア。この扉の先には何がある?」
「階段を上る前に何があったか忘れたとは言わせないぞ、魔王。この先はただの……いや、これは……」
「あ~あ。遅かったか~」
「? 何? 全然分からないの私だけ?」
三人とも何か分かったような口を利いているが、私には何の事だかさっぱり分からない。
「キミも魔力が見える魔法使いなら、戦場にいる時は常に何処に誰の魔力があるのか、気を配っていた方がいいぞ」
「いや、私戦った事無いですし、戦いたくないですし……」
痛いの嫌だし、人を攻撃するなんて怖くてできないし。せいぜい防御魔法で身を守るくらいしかできないし。
「翠、大丈夫だよ。わたし達があなたを戦わせない。それとあなたはまだ気づいていないみたいだけど、あなたなら扉の向こうにある魔力も感じ取れるよ。取り押さえられてた時だって、ただ助けてって声を出せばいいだけなのに、わざわざわたしの魔力を追って居場所を突き止めたでしょ? その方が願いを聞いてくれるって信じたから」
「ああ。オレを信じろと何度も言ったオレの言う事ではないだろうが、他人を信じるよりも、自分を信じる事の方が大切だぜ? 自分の力を信じろ」
弱腰になっている私に、双子が手を差し伸べた。二人とも、力強い笑みを浮かべている。ああ、この二人は、いや、二柱は、私を信じているんだ。スティルなんて出会って何時間も経っていないというのに。それなのに私が私を信じないでどうする。
私も手を伸ばし、右手でディサエルの手を、左手でスティルの手を握った。両手に花ならぬ、両手に神とは。滅多にこんな事は起きないぞ。
「私はできる」
「ああ」
「うん」
目を閉じてゆっくりと深呼吸をし、魔力の流れに神経を集中させる。目を閉じれば普通は何も見えないものだが、今は双子の神が私に力を分け与えてくれている。目を閉じていても、魔力の色が”視える”。