前世では、それはもう散々なほど痛い目に遭ってきた。
多少のことなら我慢できる――と思う。たぶん。
でも、それ以上ってことなのか?
「あの、どの程度かだけ教えてもらっていいですか」
「はあ?」
「お腹を切られるくらいまでなら、なんとか我慢できると思うんですけど……」
「な……腹を切るだと?!」
いや、実際のところ、あれはかなり痛かった。麻酔もほとんど効いてない状態だったし、激痛だけじゃなくて吐き気や冷や汗も止まらなかった記憶がある。
……あー……もう一度あの状態、って考えたら、やっぱり嫌だな。
「あの……何センチくらい切ります? 五センチくらいなら、許容範囲……」
「やめろ! お前、頭おかしいのか!?」
ひどい! 自分から“痛い目に遭わせる”って言い出したくせに!
「いや、待って?」
──この体はジスのものだ。
傷だらけだった前世の僕の体とは訳が違う。
この体には、擦り傷ひとつだってつけたくない!
「やっぱりダメです! 傷つけないで!」
「お? おお……」
なんで、ホッとした顔してんの?
それより、どうやって無傷で逃げようか……。
そんなことを考えているうちに、僕は引きずられるように森の方へと連れて行かれた。
「……迷子になりますよ?」
「ならねえ! 黙ってろ」
「でも、入口の辺りはピクニックに使えるけど、森の奥は迷いやすいから入ったらダメだって、ここの管理人さんが言ってました」
「お前、本当にうるさいな」
「あっ、すみません」
……知らなさそうだったから、教えてあげただけなのに。
男たちは一切戸惑うことなく、ずんずんと森の奥へと進んでいく。
やがて道らしい道もなくなり、鬱蒼とした林の中に辿り着いたところで、ようやく足を止めた。
そして、僕は木の根元へと突き飛ばされた。
「痛っ……」
慌てて腕や足を確認するが、幸いにも傷はない。
ホッと胸を撫で下ろした、そのときだった。
目の前に漂う、ただならぬ空気に気づく。
「悪く思うなよ」
そう言った男の一人が、ナイフを抜き、僕のスカートに刃を当てる。
「え? えっ!? なに……?!」
切れ味の鋭いそれは、ドレスの裾をパンみたいに、軽々と裂いていく。
「胸の辺りも裂いとくか」
「ああ、派手にやれって依頼だったしな」
――依頼? 誰から?
どうしてこんなことをされるのか、僕には全く分からない。
ぼんやりと二人の男を見上げていたけれど――そのうち、ハッと気がついた。
服を破られたら、僕が“男”だってバレちゃう!!
「やめてーっ!!!!」
「うわっ! 急にでかい声出すな! 大人しくしてろ!」
「諸事情で、そんなわけにはいきません!!」
「諸事情……? いや、破くだけだ! 酷いことはしない!」
「十分酷いです!!」
「……それはそうだが……」
まずい! 早く止めさせないと!
手足をぶんぶん振り回して暴れてみるけれど、大人の男、それも二人が相手じゃ敵うわけがない。
「俺たちも仕事なんだよ。本当に酷いことはしないから、襲われた“感じ”だけ出させてくれ」
「“感じ”だけって何ですか!」
「男に襲われた令嬢として、結婚市場で価値なしって周囲に思わせたいだけなんだとよ!」
「……は?」
そ、そういうこと? 貞操を失ったことにするってこと……?
その辺の仕組みはよく分からないけど、服を破かれたらそういう扱いになるの?
っていうか、“価値なし”って――
それじゃあ、ジスは結婚できないってことなんじゃないの?!
「嫌ーーーーーー!!!!」
「うわっ?! なんだ?!」
冗談じゃない!
ジスは幸せになるべきなんだ! こんなことで“価値なし”なんて言われたら……!
僕の目から、涙が次々と溢れてくる。
どうしたら、ジスを守れる……?
どうしたら……!
そのとき。僕の目に飛び込んできたのは、少し太めの木の枝だった。
何もないよりマシだと、それを手に取って――思いきり振り回す!
「わっ! 暴れんな! こら!」
「うるさい! どっか行け!!」
「虫を追い払うみたいなのやめろ!」
「お前たちみたいな卑怯者、虫と同じだ!」
「なんだと?!」
枝に付いていた棘が手のひらをチクチクと刺す。けれどここで怯むわけにはいかない。
「誰か――! 助けてぇーーっ!!」
力の限り、叫びながら、僕は一心不乱に暴れ続けた。
すると、不意に――ふわりと、誰かに何かで包み込まれる感触。
「あっ……?」
この匂いは――アルフレッド!
「……お前、ワイルドにも程があるだろ」
目の前には、いつもの呆れたような顔。――やっぱり、アルフレッドだった!
「どこ行ってたんですか! アルフレッドのせいですよ!? 師匠なのに全然魔法教えてくれないから、逃げることもできなかったじゃないですか!」
もっと怒りたかったのに、涙が止まらない。
そんな僕を、アルフレッドは黙ってマントに包み込むように抱きしめてくれた。
……この匂い、安心する。
きっと緊張がほどけたせいだろう。
僕はそのまま、眠るように意識を手放してしまった。
次に目を覚ましたのは、学園寮にある医務室。
周りにはエイダ、エルモア、ノーマもいて、みんな僕が目を覚ますのを待っていてくれたみたいだった。
「本当によかった!」
「一人にしてごめんなさい!」
「痛いところはない?」
矢継ぎ早の質問に答えたいのに、喉が痛くて声が出ない。
医務室の先生が「叫びすぎて喉を痛めたから、しばらくは安静に」と説明してくれた。
――しばらくみんなとお喋りできないなんて、すごく寂しい。
ところで、アルフレッドは……?
誰かに聞きたいけど、声が出ないのでどうしようもない。
やがて先生が「もう寝る時間です」と言って、みんなを帰してしまった。
退屈……
何もすることがない。
それより、僕……この短期間で、もう二回も医務室にお世話になってる。
また、みんなに迷惑をかけてしまった……。