「その指輪はね、魔力を抑制する力があるの。……でも、それだけじゃないのよ」
「……なんだと?」
「勝手に外すとね――あなたの“一番大切な人”の心臓が止まるの。素敵な魔道具でしょ?」
「…………は?」
「それから、その相手を“好き”になればなるほど、指輪は少しずつすり減って小さくなるの。そして最後には、割れて消える」
「……!」
「つまり、外したのと同じになるのよ。だから、嫌ならジスには近づかないことね?」
聖女がパチリと指を鳴らすと、ようやく体の拘束が解けた。
だが、指には――あの黒い指輪が、しっかりと嵌ったままだった。
「今日のところは、部屋に戻るわね? でも、その指輪がある限り、あなたは“私のもの”よ。……ほら、見て? お揃いよ。もちろん、こっちはただの指輪だけどね」
「……黙れ。お前の思い通りにはならないからな」
「ふふっ、本当にそうかしら?」
聖女はにこやかに笑った。
「その指輪は、あなたの知らない術式でできてるの。この世でそれを解除できるのは――私だけ。覚えておいてね?」
それだけ言うと、聖女の皮を被った悪魔のような女は、薄ら笑いを浮かべたまま、部屋を出ていった。
◇◇◆◆◇◇
翌日、登校するなり、僕はたくさんの人に囲まれた。
皆が口々に「無理するな」とか「心配した」と声をかけてくれて――とても、嬉しい気持ちになる。
「今日からまた一緒に授業を受けられて嬉しいわ」
「私もよ。心配かけてごめんなさい」
休んでいた分のノートを渡してくれたエルモアに感謝しながら、僕は隣に座って授業の準備を始めた。
――ああ、やっぱり学校っていいな!
「あっ!」
しまった、消しゴムを落としちゃった。
慌てて拾おうとしたけど――目の前に立ちはだかった誰かが、あろうことかその消しゴムを踏んづけていた。
「あの……気づいてないようですけど、僕の消しゴム踏んでます」
「は? 人をバカみたいに言わないで。わざとに決まってるでしょ!」
「え? わざと? 何のためにですか?」
周りからクスクスと含み笑いが漏れたせいか、その人は顔を赤くしながら僕を睨んだ。
「いい気なもんね。アルフレッド様を使いっ走りみたいに呼び出して助けてもらったんですって?迷惑かけるのもいい加減にしなさい!」
――ああ、昨日のことか。
そう気づいたけど、この人に助けてもらったわけじゃないし……なんて言えばいいか分からない。
「……そうなんですね? ところで、失礼ですけど貴女はどなたですか?」
「きゃー! 愛されてる人は余裕ね! 嫌味も冴えてるわよ!」
後ろの席のエイダをはじめ、周囲の女の子たちが黄色い声を上げた。
エルモアとノーマは、笑いを堪えているのか肩を震わせて俯いている。
――え、嫌味? あれ? 僕、嫌味なんて言ってないよ?
「……ほんと、ムカつくわ。あんたなんか、聖女様の足元にも及ばないのに! アルフレッド様は、聖女様に夢中なのよ!」
「あ、それで思い出しました! 貴女はアルフレッドの婚約者を騙った公爵令嬢でしたね!」
――確か、ノーマが教えてくれた……エメルさん、だったかな。
今度こそ、エルモアとノーマが大爆笑してしまい、エメルの機嫌は斜めどころか垂直にボルテージが上がっていく。
「……そうやって余裕ぶってられるのも今のうちよ! 聖女様は、ドリアータ公爵家の養女になっていただいたわ! もう、身分もあんたなんかに引けを取らないんだから!」
エメルは鼻息荒く、それだけ言うと教室を飛び出していった。
僕はというと、「アルフレッドが聖女に夢中」というところでチクリと胸が痛んだものの、師匠が自分の家族を持てることを喜ぶと決めていたので、思ったよりダメージは小さい。
「……師匠が幸せそうで、なによりだわ」
そう、自分に言い聞かせるように呟いて、消しゴムを拾い、椅子に座り直した。
――そんな僕の姿を、友人たちが複雑な顔で見ていることには、気づかないまま。
「みなさん、初めまして! 先日、聖女としてこの世界に召喚されました。ベルと呼んでくださいね。仲良くしてもらえたら嬉しいです!」
教室に拍手が巻き起こる。
何しろ、待ちに待った“聖女”の入学なのだ。
僕も、精一杯手を叩いて、彼女を歓迎した。
「ベルの席は一番前に用意したわ。慣れないこともあるかと思うけど、みんな優しいから何でも頼ってね。隣のジス、テキストを見せてあげて」
「はい」
担任の先生の言葉に頷いたベルは、僕の隣に座って、優雅に微笑み、もう一度自己紹介をしてくれる。
「私はアメジストです。よろしくね」
「こちらこそ」
――うわあ、感じのいい、可愛らしい人だなあ。
そう思った僕は、さっそく聖女と仲良くなるべく、お昼ごはんに誘った。
エルモアたちは、ちょっと複雑な顔をしていたけど――最初は一人で寂しいだろうし、話も聞きたいしね。
「じゃあ、食堂に案内するわね」
午前中の授業が終わってから、僕たちはベルを連れて食堂へ向かった。
ベルは、物珍しそうにきょろきょろしながら、僕たちについて来る。
そして、僕がイチオシの「マナ・ブーストシチュー」を紹介すると、彼女はそれにすると言って、カウンターに並びに行った。
「……ジス」
「え? なに? みんなどうしたの?」
――なんで、そんな顔で僕を見るの?
勝手に誘っちゃって、まずかった……?
「貴女って、本当にお人好しよね」
「……どういうこと?」
「うかうかしてると、大魔法士様をあの人に取られちゃうわよ」
――ああ、そういうことか。
みんな、心配してくれてたんだな。
「……ありがとう。でも、アルフレッドはベルと結婚するのが、一番幸せなのよ」
「ええ? 本気で言ってるの?」
「もちろんよ。私は、両親の跡を継いで当主になりたいの。だから結婚もできないし」
「……そうなの」
皆は、納得いかない顔をするけど――さすがに「僕は男だから結婚できない」なんて、言えるはずもない。
「ベルは可愛いし、アルフレッドとお似合いだと思うわ」
「……そうかしら。まあ、ジスがいいなら、いいんだけど」
「あっ、ベルが戻ってきたわ」