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第六話 男ヤモメに花が咲いちゃう?(七)

 俺はオガタの呪縛から逃れるべく、必死の思いでその手を振りほどこうとしたが、残念ながらそのすべては徒労に終わった。おそらく無意識にではあろうが、この力の入れ具合からすると、彼女はよほどこの映画を俺と一緒に観たいと思っているらしい。


 こうしている間に、時間はどんどん過ぎてゆく。かと言って、声を荒げるなどしてこれ以上騒ぎ立てれば、いずれ試写会の開催者側に二人ともつまみ出されてしまうだろう。それでこの場は切り抜けられるかもしれないが、オガタとのデートは大失敗。これまでの苦労はすべて水の泡だ。



(リュージさま、『魔法』を使います! ちょっと外の様子を見せてください)


 セカンドバッグの中から、魔法便瓶に入っているエルミヤさんの小さな声が聞こえてきた。どんな魔法を使うのか知らないが、ここはもう彼女に頼るしかない。俺は、魔法便瓶をそっとバッグから引っ張り出した。



ドゥッガアァーーーーン!


 スクリーンで、ひときわ強烈な大爆発が起こったシーンが映し出された(それにしても、やけにドッカンドッカン爆発する映画だ)。そのあまりの轟音により、俺の腕をつかんでいたオガタの手の力が一瞬緩んだ。


(**********!)


 その時である。瓶の中から、エルミヤさんが呪文を詠唱する声が聞こえたかと思うと、俺の体がふっと軽くなった気がした。そしてつぎの瞬間には、俺は椅子ではなく観客席の最後部にある通路に立っていたのだった。


「どうしたんだこれ……あ、あれは?」


 暗い館内で前方に目を凝らして、先ほどまで俺が座っていた席の方を見た。そこにはオガタがいて、その横にはなんと「俺自身」が並んで座っているではないか。俺はバッグの中から魔法便瓶を取り出し、中の魔女に話しかけた。


「これはどういうことだ? エルミヤさん、いったい何をした?」


影法師魔法ドッペルゲンガーです。魔法の力で、リュージさまそっくりの複製コピーを作りました」


「コピー?」


「はい。オガタさんの手の力が一瞬緩んだ隙に、その場にリュージさまの影法師を置いて、同時に瞬間移動魔法テレポーテーションを使ったんです」


「すげえな! そんなことができるのかよ」


「えへへ……。でも、高度な魔法を二つもかけたので、正直ヘトヘトです……」


「だが、あの影法師ってのは大丈夫なのか? オガタにバレたりしねえかな」


「見た目はリュージさまと同じですし、会話の受け答えもちゃんとできますよ。ただ、私の『リュージさま』観がちょっと入っちゃってるかもしれませんけど……」


「いや、とりあえずあの場から脱出できただけで上出来だ。疲れてるとこ悪いが、ついでにもう一丁頼むぜ」


「はい、ゆたかさんのところへ瞬間移動魔法テレポーテーションですね!」




 こうして俺は、三か所をぐるぐると巡回しながらゆたかちゃん、チマキ、オガタとのトリプルデートをこなしていった(オガタのところは、影法師の監視のみだが)。

 今日は強力な魔法を使いっぱなしのエルミヤさんだが、ホテルビュッフェのローストビーフと東京ドームの売店のたこ焼きでパワーを回復しつつ、なんとかこのハードワークを切り抜けてくれた。



 まもなく三人とのデートは、いずれも終盤に差しかかろうとしていた。

 豪華メニューをあらかた食べつくし、別腹のデザートをもペロッと平らげた優ちゃん。東京ドームの巨人-阪神戦は投手戦の末に阪神が劇的勝利を収め、チマキは六甲おろしを熱唱。そして映画の結末エンディングで、俺(の影法師)の腕にしがみつくようにして大号泣するオガタであった。


 なんとか今日の作戦ミッションは無事に終わりそうだが、最後に重要な仕事が残っている。彼女たちを、ちゃんとそれぞれの家まで送り届けることだ。大の大人の男として、まさか現地で解散サヨナラってわけにもいかないだろう。だが、帰り道の二人っきりのときに、魔法で出たり消えたりするのも変だ。


「なあ、ちょっと思ったんだが」

「なんでしょう、リュージさま」


「ほかにも影法師を出して、俺の代わりにしちまえばいいんじゃねえのか?」


「………………………………」


「いや、無理ならいいんだが」


「すばらしいお考えですね! まっったく思いつきませんでした」


 どうやら、できるらしい。マジか。

 というか、それだったら最初から影法師を使えば済んだような気もするが、いまさらそれを言うのはやめておこう。


「それでは、優さんと粽子ちまきさんにも、影法師をつけておきましょう」

 エルミヤさんは、影法師魔法ドッペルゲンガーを使って俺の複製を作り出し、帰り支度をしている二人のもとに送り出した。


「そうだ、あの影法師ってのは乗り物酔いはしないのか?」

 俺は、物陰から様子をうかがいながらエルミヤさんに聞いてみた。当然ながら、これから彼女たちを電車やバスなどの公共機関を使って送り届けることになるのである。恥ずかしながら、俺は自分自身が運転する車以外に乗ると、とんでもなく気分が悪くなる体質なのだ。


「ええっと、たぶん大丈夫かと。リュージさまのようにデリケートにはできてませんので」

 べつに俺自身もそこまでデリケートではないが、エルミヤさんの言葉を信じることにした。まあ、ダメならダメで仕方がない。



「……どうやら、問題なさそうだな」

 俺とエルミヤさんは、それぞれの二人組カップルが帰っていく様子を遠巻きにして見届けた。ただ、あいにく俺の影法師が相手とどんな会話をしているのかまでは知る由もない。


「そうですね。そろそろ、私たちも帰りましょうか」


 そう言う瓶の中のエルミヤさんは、かなり疲れ切った顔をしていた。とにかく魔法づくしの一日だったのだから、無理もないだろう。


「おい、大丈夫か? すこし休んだほうが……」


「はい、ご心配なく。それでは、まいります。瞬間移動魔法テレポーテーション!」




続く



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