そして、あっという間に日曜日が来た。組長の愛娘、
開園時間が朝九時ということで、それに間に合うように
「おっ待ったせー! お迎えありがとね、竜司」
そう言いながら姿を現した小虎に、俺は一瞬言葉を失った。今日のデートのために張り切って、彼女なりのおめかしをしてきたのだろう。それはわかる。だが――
「ん? どうかした?」
「いや、お嬢。なんというか……すげえカワイイ
ふだんは小ざっぱりとした、Tシャツにデニムのパンツといったシンプルで動きやすい服装を好む小虎である。だが今日はなんと、ひらひらのフリルが付いた淡いブルーのドレスに純白のエプロン。おまけに胸元にはリボンまであしらわれていて、まさしくこれは「不思議の国のアリス」ではないか。
「うん! なんてったってティバニーデートだもん。それなりのファッションじゃないとね」
小虎はその場でくるりと回り、スカートを翻らせて見せた。百四十センチそこそこの低身長にして、西洋人形のように端正な顔立ちの彼女には、正直似合いすぎるほど似合ってはいる。だが、この姿の小虎と俺が園内を一緒に歩いていたら、誰一人
「そうだな。よく似合ってるぜ」
「ふふ、うれしい! ありがと」
満面の笑みを浮かべた小虎の口元から、小さな片八重歯がキラリ☆とこぼれた。まあ、本人が満足してるのなら問題はない。俺は助手席に
大した渋滞もなく、時間通りに東京ティバニーランドに着いた俺は、小虎を入場門のそばに下ろして言った。
「じゃあ、俺は駐車場に停めてくるからな。お嬢は列に並んどいてくれ」
「あ、私ちょっとお手洗い行ってくるから。もし竜司の方が早かったら、先に行っててね」
俺は小虎と別れると、駐車場に車を停めた。そして後方に回り、おもむろにトランクルームを開ける。
「おい、着いたぞエルミヤさん。大丈夫か?」
「ふぅ~っ。ようやく着いたんですね。ずうっとおんなじ姿勢でいたから、なんだか体中が痛くなっちゃいました」
俺と「隷属の鎖」によってつながれたエルミヤさんは、小虎にバレないようについてくるため、わざわざ車のトランクの中に隠れていたのである。それにしても、よくもまあこんな狭いところに長時間じっとしていられたものだ。
「しかしだなあ、エルミヤさん」
「なんですか? リュージさま」
「よく考えたら、なにもトランクの中に入らなくても、
「……………………」
エルミヤさんは手のひらで口を押さえながら、しばらく考え込んだ。
「リュージさま」
「なんだ?」
「それを早く言ってくださいよぉ!」
「さて、これからが本題なんだが」
そう。小虎が帰ってくる前に、今日のデートにエルミヤさんが、俺たちのそばにずっとついてこられるような仕掛けをせねばならない。
「はいっ! 私のとっておき、究極魔法の「
「ハッピーターン?」
一瞬、食べだしたら妙にクセになるあのソフトせんべいが俺の頭に浮かんだが、もちろんそれのことではないらしい。
「これはですね、対象者の因果律を魔力によって都合よく操作することで、とてつもない幸福を呼び寄せるという壮大にして強力、かつ非常に高度な魔法です」
「インガリツ? なんだかよくわからんのだが、それで小虎に幸福を呼んで一体どうするんだ?」
「ふふっ。私にいい計画があるんですよ。とにかく、今すぐ小虎お嬢さまのもとに参りましょう」
そう言ってエルミヤさんは、入場門へ向かって駆け出していった。
「おい、姿が見えてるぞ!」
「ああっと、忘れてました」
エルミヤさんは、あわてて
「もうすぐだね。あー、楽しみ!」
開場時間となり、入場を待つ客の列が動きはじめた。ウキウキの小虎は、これから回る予定のアトラクションの確認をすべく、持参したガイドブックを読みはじめていた。
「ああ、そうだな」
俺はエルミヤさんから手渡された「
列が進み、やがて俺たちが入場する番がやってきた。小虎が手にした
パンパカパーン! パンパンパンパパパパ パパパパーーーーン!
「な、なに?」
驚いた小虎に向かって、入場口にいた
「おめでとうございまーす! あなたが本年度の東京ティバニーランド、ちょうど一千万人目の
「ええっ、ウソでしょ? ど、どうしよう! なんだか夢みたい!」
小虎は思いがけない「
「そしてこれが、明日から一年間有効のペア・フリーパスです。今後とも、東京ティバニーランドを存分にお楽しみくださいね!」
「わあっ、ステキ! ねえ竜司、これから毎日だってここに来られるってことよね。はじめてのデートがこんなことになるなんて、ホントに最高!」
小虎に記念のパスを贈った
「さらに、ビッグなプレゼント! お客様の記念すべき思い出作りのお手伝いに、当ランドのスター『ティバニーバニー』が一日エスコートさせていただきます!」
その声とともに、人気者の黒ウサギ・ティバニーバニーの着ぐるみが颯爽と登場した。観客からは、感嘆と羨望の声が聞こえてくる。
なるほど。この人形の中にエルミヤさんが入っているということか。これなら、着ぐるみがわざわざ俺たちのそばについてくるというのも、ごく自然な流れに感じられる(もっとも、一体どうやって彼女がティバニーの中に潜りこんだのかは知らないが)。
かなり手の込んだことになってしまったが、その価値は十分にあったと言えるだろう。
「あ、それはいらない。私、今日のデートは二人っきりで楽しみたいから」
そう言うと小虎は、両手に抱えきれないほどの
「ええええーーーーーーーーっ!」
「なあ、お嬢。本当にいいのか? ティバニーバニーが四六時中付き添ってくれるなんて、なかなか経験できねえぜ? 一千万人目の記念入場者、うれしかったろ?」
俺とティバニーはあわてて小虎の後を追い、説得を試みた。彼女が承知してくれなければ、エルミヤさんのとっておきの魔法も水の泡だ。
「そりゃすっごく感激したけどさ。それはそれ、これはこれ。竜司との初めてのデートなんだから、水入らずで楽しみたいの!」
「お嬢……」
「ねえ竜司。私ね、今日のデート、ホントに楽しみにしてたんだから。絶対、誰にも邪魔されたくないの。もし、邪魔が入ったりしたら――」
――邪魔が入ったりしたら?
「マジでキレちゃうかも」
俺は小虎の真剣な眼差しを見て、思わず背筋を震わせた。彼女に本気でキレられたら、俺ですら抑えられるか自信はない。
「だからティバニー、悪いんだけどエスコートは遠慮するね。お仕事がんばって!」
小虎は少し悲しそうな表情で、俺の横にいたティバニーバニーの着ぐるみにギュッとハグをした。
「わかった、お嬢。俺は、この荷物をコインロッカーに預けてくるからな。ちょっとここで待っててくれ」
「うん、ありがと」
俺は着ぐるみの中のエルミヤさんとともに、手荷物預け所へと向かった。振り向けば、小虎が右手をぶんぶん振ってティバニーバニーに別れを告げている。わがままそうに見えるが、やはり根は優しいいい子なのだ。
「リュージさま、どうしましょう? これじゃ私、一緒についていけませんよ?」
ロッカーにプレゼントを預けたあと、俺とティバニーバニー(中身はエルミヤさん)は物陰で話し合った。
「うーん、参ったな。どうすりゃいいか……」
小虎があそこまで邪魔者を嫌っているようでは、今後はおそらく
「こうなったら、
「俺の影法師に、小虎とデートさせようってのか? うまくいくのか? それ」
「私たちは少し離れて様子を見て、ボロが出ないようにフォローすればいいと思います」
RRRR―――― RRRR――――
そうこうしているうちに、俺の携帯が鳴った。発信元は、針棒組の経理部長にして若頭補佐、
「伍道か? どうしたんだこんな時に」
「竜司、お前今、お嬢と一緒に東京ティバニーランドにいるよな?」
「ああ」
「どうやら
「なんだと?」
「狙いはお前と、お嬢の命だ」
続く