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第七話 決戦!夢と魔法のキングダム(五)

「エルミヤさん、緊急事態だ。こりゃ遊園地ティバニーデートどころじゃないぜ」


「えっ? いったいどうしたんですか?」


 黒ウサギ・ティバニーバニーの着ぐるみをかぶったままの彼女に、俺は手短に事情を話した。

 電話をかけてきた伍道によると、泥縄どろなわ組の泥田どろた暴作ぼうさく組長以下、構成員のほぼ全員がこの東京ティバニーランドに押し寄せてきているらしい。すでに現在、泥縄組の事務所はもぬけの殻状態で、そこら辺をまだうろついていたチンピラを引っ掴まえて、力づくで聞き出したということだ(なお、その方法については各自のご想像にお任せする)。


 ヤバい商売シノギにもことごとく失敗し、完全に落ち目の組を見限って多くの組員が離脱した泥縄組。もはや任侠集団のテイを成しておらず、泥田組長はその元凶となった俺たちへの猛烈な復讐心だけで動いているという。そして、泥縄組の連中のターゲットが俺と小虎ことらの命であることを伝えると、エルミヤさんは震え上がった。


「た、大変じゃないですか! すぐに小虎お嬢さまにお伝えして、ここを脱出しないと――」

「待て待て、その格好で行くんじゃない! とにかくいったん、秘匿魔法カモフラージュで身を隠してくれ」



「――竜司、遅かったね。コインロッカー混んでたの?」

「ああ、まあな。ところでお嬢。今日のデートなんだが……楽しみにしてるとこ悪いんだが、いったん取りやめにして、来週また来ないか? ほら、フリーの年パスもあることだし」

「は? なんで?」

「いや、実は泥縄組の奴らが俺たちの命を狙っててだな――」


 と、ここまで小虎との会話やりとりを想像した俺だったが、その説得はどう考えても無理筋だとしか思えなかった。


「ふーん、泥縄組がね……。ねえ竜司、私さっき言ったでしょ? 邪魔者が入ったら、って」

 不思議の国のアリスの青いワンピースをまとった小虎が、不敵な笑みを浮かばながらポキポキと指を鳴らすところまでが、俺の脳裏に鮮明に浮かんだ。夢と魔法の王国が、血と暴力の地獄と化すのは避けられないだろう。



「いや、ダメだ。絶対に小虎に知らせるわけにはいかねえ」

 小虎の元へ急ごうとしていたエルミヤさんの手を取って、俺は言った。


「ええっ? そ、そんな……」


「いま小虎の機嫌を損ねるのは、別の意味でヤバい。デートは続行。ただし俺たちは姿を隠して、泥縄組の刺客から小虎を守るんだ」


「あっあの、伍道さまに応援をお願いするというのはいかがでしょう?」

「こんな人混みの中で、組同士がドンパチやらかすわけにはいかねえよ」


 逃げ出すわけにはいかない。他に頼れる者もいない。騒ぎを起こさぬよう、俺とエルミヤさんだけでやり抜くしかない。


「わかりました。まずは、影法師魔法ドッペルゲンガーでリュージさまの分身を作ります」




「じゃ竜司、行こ! まずは一番人気の『スペクタクル・マウンテン』ね! それから、『スプライト・マウンテン』と『ビックリワンダー・マウンテン』のジェットコースター三連発。私、少なくともそれぞれ三回ずつ乗りたいんだ♪」

 乗り物が超苦手な俺にとって、想像するだけで失神しそうなアトラクション・プランを告げながら、小虎は俺の影法師と仲良く手をつないで歩いていった。



 そしてその二人の後を、俺とエルミヤさんは慎重に距離を取りながら尾行していく。やがて小虎たちは、『スペクタクル・マウンテン』というSFチックなジェットコースターの順番待ちの行列に並びだした。


「それにしても、この人混みだ。どこに泥縄組が潜んでいるかわかったもんじゃねえぜ」


「そうですね。敵意を持った魔物モンスターの接近を感知する察知魔法サーチングを使いましょう。今回は魔物ではなく人間ですが、殺意を持って近づいてくれば感じ取れると思います」


「なるほど。それにしても、本当にいろんな魔法が使えるんだな、エルミヤさん」


「えへへ。それほどでも」

 頭をポリポリと掻きながら照れくさそうにエルミヤさん、いやティバニーバニーの着ぐるみは言った。


「ところで、どうしてまだその着ぐるみを着てるんだ? 小虎の前でもないし、べつにもう脱いでもいいだろう」


「いえあの、なんだかこの中が気に入っちゃいまして。こうしてティバニーバニーと一体になると、まるで魔法力マナが自然とあふれてくるような気がするんですよ。あ、ちゃんと秘匿魔法カモフラージュを使っているので目立たないと思います」


「そうか。なら、かまわねえんだが」

 そんな話をしているうちに、突如エルミヤさんが大声を上げた。


「……あっ! いました! リュージさま、あそこにいる人、泥縄組の刺客ですよ!」


 エルミヤさんが指さした方には、スペクタクル・マウンテンの係員キャストの制服を着た若い男だった。どうやら、刃物を隠し持っているらしい。俺はゆっくりと背後から近づき、不意を突いて男の首を締めあげた。


「くっ! ……てめえ、軍馬竜司! どうしてここに……」

 俺は物陰に男を引きずっていき、首を固めたまま質問した。

「うるせえ、この野郎! 泥縄組の若い衆チンピラだな。お前たち、いったい何人くらいここに来てるんだ?」


「ケッ、バカが。んなこと言えっかよ!」


「そうか。じゃ、頼むぜティバニー」


「あ? な、なにすんだよっ!」


「はいっ、じゃあこちらをご覧くださーい。いきますよぉ――『告白魔法コンフェッション』!」

 エルミヤさんは木の杖エル・モルトンを男の目の前にかざしながら、呪文の詠唱をはじめた。


「――!――」


「それではチンピラさん、私の質問に正直に答えてくださいね。この遊園地に来ている泥縄組の刺客は、全員ひっくるめて何人でしょうか?」


「――泥田組長以下、組員が全部で三十人っす」

 秘密を話す魔法にかかった刺客の男は、うつろな目をしながらスラスラと答えた。三十人か。かつて俺が事務所で留守番しているときに、泥縄組から襲撃カチコミされた時と同じ数だ。

 この男からは、もう少し襲撃の計画を聞き出したかったが、残念ながら大した情報は得られなかった。


「よし、もういいぜ。ところでエルミヤさん、コイツどうする?」


「そうですね。このまま、お帰しするわけにもいきませんし……。とりあえず、あそこに行っててもらいましょうか」


 エルミヤさんはそう言って指さしたのは、このパークの中心にそびえ立つシンボル的存在『ミルキー城』だった。ティバニーバニーの恋人であるお姫様プリンセス、白ウサギのミルキーバニーが住んでいるという巨大な城だ。


「あの城か? あんなとこに、どうやって連れていくんだ?」


「これをお使いください」

 エルミヤさんは、手にしたいつものとんがり帽子の中から、虫取り網のようなものを取り出した。


「なんだこの網は?」


「これは『ガッチュ網』です。この網で捕まえた獲物を、好きな場所にがっつり転送できるという、便利な魔法のアイテムなんですよ」


 俺は試しに、ガッチュ網を刺客の男の頭にかぶせてみた。するとつぎの瞬間、男の姿がふっと消えたではないか。そしてエルミヤさんは帽子の中から双眼鏡を取り出すと、それを使ってミルキー城の方を見た。


「転送、成功しました! リュージさま、どうぞご覧ください」


 ミルキー城の最上階にある一室の窓際に、さっきの男がぼんやり座っているのが見えた。これなら、カタがつくまでどこにも逃げられまい。


「それでは、この調子で泥縄組の刺客をばんばん捕まえていきましょう!」




続く



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