「エルミヤさん、緊急事態だ。こりゃ
「えっ? いったいどうしたんですか?」
黒ウサギ・ティバニーバニーの着ぐるみをかぶったままの彼女に、俺は手短に事情を話した。
電話をかけてきた伍道によると、
ヤバい
「た、大変じゃないですか! すぐに小虎お嬢さまにお伝えして、ここを脱出しないと――」
「待て待て、その格好で行くんじゃない! とにかくいったん、
「――竜司、遅かったね。コインロッカー混んでたの?」
「ああ、まあな。ところでお嬢。今日のデートなんだが……楽しみにしてるとこ悪いんだが、いったん取りやめにして、来週また来ないか? ほら、フリーの年パスもあることだし」
「は? なんで?」
「いや、実は泥縄組の奴らが俺たちの命を狙っててだな――」
と、ここまで小虎との
「ふーん、泥縄組がね……。ねえ竜司、私さっき言ったでしょ? 邪魔者が入ったら、
不思議の国のアリスの青いワンピースをまとった小虎が、不敵な笑みを浮かばながらポキポキと指を鳴らすところまでが、俺の脳裏に鮮明に浮かんだ。夢と魔法の王国が、血と暴力の地獄と化すのは避けられないだろう。
「いや、ダメだ。絶対に小虎に知らせるわけにはいかねえ」
小虎の元へ急ごうとしていたエルミヤさんの手を取って、俺は言った。
「ええっ? そ、そんな……」
「いま小虎の機嫌を損ねるのは、別の意味でヤバい。デートは続行。ただし俺たちは姿を隠して、泥縄組の刺客から小虎を守るんだ」
「あっあの、伍道さまに応援をお願いするというのはいかがでしょう?」
「こんな人混みの中で、組同士がドンパチやらかすわけにはいかねえよ」
逃げ出すわけにはいかない。他に頼れる者もいない。騒ぎを起こさぬよう、俺とエルミヤさんだけでやり抜くしかない。
「わかりました。まずは、
「じゃ竜司、行こ! まずは一番人気の『スペクタクル・マウンテン』ね! それから、『スプライト・マウンテン』と『ビックリワンダー・マウンテン』のジェットコースター三連発。私、少なくともそれぞれ三回ずつ乗りたいんだ♪」
乗り物が超苦手な俺にとって、想像するだけで失神しそうなアトラクション・プランを告げながら、小虎は俺の影法師と仲良く手をつないで歩いていった。
そしてその二人の後を、俺とエルミヤさんは慎重に距離を取りながら尾行していく。やがて小虎たちは、『スペクタクル・マウンテン』というSFチックなジェットコースターの順番待ちの行列に並びだした。
「それにしても、この人混みだ。どこに泥縄組が潜んでいるかわかったもんじゃねえぜ」
「そうですね。敵意を持った
「なるほど。それにしても、本当にいろんな魔法が使えるんだな、エルミヤさん」
「えへへ。それほどでも」
頭をポリポリと掻きながら照れくさそうにエルミヤさん、いやティバニーバニーの着ぐるみは言った。
「ところで、どうしてまだその着ぐるみを着てるんだ? 小虎の前でもないし、べつにもう脱いでもいいだろう」
「いえあの、なんだかこの中が気に入っちゃいまして。こうしてティバニーバニーと一体になると、まるで
「そうか。なら、かまわねえんだが」
そんな話をしているうちに、突如エルミヤさんが大声を上げた。
「……あっ! いました! リュージさま、あそこにいる人、泥縄組の刺客ですよ!」
エルミヤさんが指さした方には、スペクタクル・マウンテンの
「くっ! ……てめえ、軍馬竜司! どうしてここに……」
俺は物陰に男を引きずっていき、首を固めたまま質問した。
「うるせえ、この野郎! 泥縄組の
「ケッ、バカが。んなこと言えっかよ!」
「そうか。じゃ、頼むぜティバニー」
「あ? な、なにすんだよっ!」
「はいっ、じゃあこちらをご覧くださーい。いきますよぉ――『
エルミヤさんは
「――!――」
「それではチンピラさん、私の質問に正直に答えてくださいね。この遊園地に来ている泥縄組の刺客は、全員ひっくるめて何人でしょうか?」
「――泥田組長以下、組員が全部で三十人っす」
秘密を話す魔法にかかった刺客の男は、うつろな目をしながらスラスラと答えた。三十人か。かつて俺が事務所で留守番しているときに、泥縄組から
この男からは、もう少し襲撃の計画を聞き出したかったが、残念ながら大した情報は得られなかった。
「よし、もういいぜ。ところでエルミヤさん、コイツどうする?」
「そうですね。このまま、お帰しするわけにもいきませんし……。とりあえず、あそこに行っててもらいましょうか」
エルミヤさんはそう言って指さしたのは、このパークの中心にそびえ立つシンボル的存在『ミルキー城』だった。ティバニーバニーの恋人である
「あの城か? あんなとこに、どうやって連れていくんだ?」
「これをお使いください」
エルミヤさんは、手にしたいつものとんがり帽子の中から、虫取り網のようなものを取り出した。
「なんだこの網は?」
「これは『ガッチュ網』です。この網で捕まえた獲物を、好きな場所にがっつり転送できるという、便利な魔法のアイテムなんですよ」
俺は試しに、ガッチュ網を刺客の男の頭にかぶせてみた。するとつぎの瞬間、男の姿がふっと消えたではないか。そしてエルミヤさんは帽子の中から双眼鏡を取り出すと、それを使ってミルキー城の方を見た。
「転送、成功しました! リュージさま、どうぞご覧ください」
ミルキー城の最上階にある一室の窓際に、さっきの男がぼんやり座っているのが見えた。これなら、カタがつくまでどこにも逃げられまい。
「それでは、この調子で泥縄組の刺客をばんばん捕まえていきましょう!」
続く