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第八話 異世界、行っちゃうのかよ?(四)

 次の日、俺の目覚めは最低だった。原因は、ひどい二日酔いのせいだ。

 結局、伍道の話は明け方近くまで続いたのだが、そのあまりの衝撃的な内容にこれはもう飲まねえとやってらんねえという気分になり、さほど酒に強くもない俺が家中のアルコールをガブ飲みした結果がこれである。


「ああ…………くそ…………頭がガンガンするぜ…………」


 額に手を当てながら、俺は伍道が帰る直前に奴と話したことを思い出していた。



「伍道、エルミヤさんのことなんだが……」

「なんだ、竜司。あのに惚れてんのか?」

「そんなんじゃねえよ」

「即答か。まあいい」


 帰り支度をしていた伍道は、木の杖エル・モルトンを肩に当てながら言った。エルフの長い耳は、いつの間にか元の姿に戻っている。

「エルミヤがどうしてここに来たのか、どこへ消えちまったのか、今どこで何をしてるのか。正直、なにもわかっちゃいない。だがな、竜司――」


「俺はかならず見つけ出す。たった一人の、俺の娘だからな」


 それは、今までに一度も見たことがない、父親としての真剣な眼差しだった。




 コンディションは最悪ながら、俺は愛車ハコスカに乗っていつも通りの時間に針棒組に出勤した。べつに一日くらい休んでもバチは当たらないのだろうが、一人で部屋にいたらいろいろと考えすぎておかしくなってしまいそうな気がしたのだ。


 強烈な頭痛と吐き気をなんとか気合で抑え込みながら、なんとか事務所オフィスへつくと、組員たちは何やら大騒ぎになっていた。


「あ、営業部長カシラ! おはようございやす。大変なことになってやすぜ!」


「どうしたマル。なにがあった」


 部下で舎弟のマルが、テレビの臨時ニュースを見せてくれた。報道によると、インターネットに異常が発生し、データ通信がまったく繋がらない状態が今日未明からもう何時間も続いているのだそうだ。


「スマホや携帯もダメなのか?」


「へえ。とにかく、ネット関係は軒並みアウトっす」


「どうしてこんなことになってるんだ?」


「原因はまだわかってないみたいっすね。ウイルスなのか事故なのか……。どうやら東京だけじゃなく、世界的に起きてる現象みたいっすよ」


「そうか……。とにかく、ネットが復旧するまでは仕事はすべて中止、外には出ずに全員待機だ。万が一のことも想定して、いちおう社内にある備蓄品の確認と点検しとけ」


「うっす!」


 ネット全盛のこの世の中で、インターネットが不通となれば一大事だ。さまざまなことが立ち行かなくなる恐れもある。大災害級の備えをしておいても損はないだろう。


 俺は、ついいつもの習慣で、自分の席に座ってパソコンを起動させてスマホを開いてしまったが、やはりどちらもネット接続ができなくなっていた。それにしても俺たち現代人は、いつの間にここまでインターネットに依存する生活になっちまったんだ?

 深いため息をついた時、来客のインターフォンに応対した組員が俺を呼んだ。



営業部長カシラ、お客人です」

「誰だ、こんなときに……まさか、また婦警のオガタか?」

「と……」

「とぉ?」

「若い女の人が何人か。あ、お嬢も来ていらっしゃいます」

「なんだと? 小虎も?」


 俺は、隣の席のマルに声をかけた。

「マルっ!」

「へい! 営業部長カシラ、どれでもお好きな会議室をごゆっくりお使いくだせえ」


 マルは会議室のカギの束を両手に乗せ、うやうやしく渡してきた。より取り見取りだ。こうなったらもう、ここに住んでやろうか。




 事務所の玄関には、例の四人が俺を待ち構えていた。桜町交番の女性警察官・尾形向日葵ひまわり、スーパー安か郎のアルバイトJK・前園ゆたか、千石モータースの巨乳整備士・千石粽子チマキ、そして針棒組組長の一人娘・針猫はりまお小虎ことらである。思えば、この四人が一か所に揃っているのを見るのは初めてだった。


「グンバリュージ!」

「竜司さん!」

「竜ちゃん!」

「竜司っ!」


「わかったわかった。頼むから、大きな声を出さないでくれ。こちとら二日酔いなんだ。ちょっと静かにしてくれねえか」


 俺は、両手を広げて制しながら言った。俺自身、付き合っていた女に詰められた過去もあるにはあるが、四人同時というのはちょっと経験がない。雁首ガンクビ揃えて来られると、極道の若頭カシラを張る俺でもちょいとビビる。


「あー、言っとくけどな。俺は二股……いや三股……じゃなくて四股かけてるってわけじゃねえぜ。そもそも、まだ誰とも正式に付き合ったりしてねえしな」


 だが、その言葉に対する彼女たちの返答は意外なものだった。


「えっ? そんなこと、べつに気にしてないけど」

「竜ちゃんモテるしな。デートのひとつやふたつ」

「そうですね。女性に優しいのはいいと思います」

「どうせヤクザっス。倫理観は期待してないっス」


 小虎もチマキも優ちゃんもオガタも、揃いも揃って物分かりのいいことを言う。だがその表情には


(最終的に、自分のところに戻ってきてくれさえすれば、ね)


 という気持ちがアリアリと見えていた。


「じゃあ、全員みんな揃っていったい何しに来たんだ?」



 その時である。彼女たちの後ろから、自動ドアを開けて雷門伍道が意気揚々と入ってきたのだ。


「いよぉ、竜司ガールズの諸君! 朝からご苦労さん。よく来てくれたな」


「竜司ガールズ? 伍道、どういうこった?」

 伍道の言葉に、困惑しているのは俺だけではなかった。


「私、伍道から連絡受けてここに来たんだよ」

「ウチもや。なんや竜ちゃんが大変なことになってる言うて」

「あ、私もです」

本官ジブンもっス。いったい、なにがあったんスか?」


 どうやら、わざわざ彼女たちをここに呼んだのはこの男らしい。伍道は、手をパンパンと叩きながら言い聞かせるように話し出した。


「まあまあ、お嬢さん方。今からちゃんと説明するから、まずはこっちに来てくれ。なあ、竜司」


 颯爽と会議室へと向かう伍道に、俺は言いようのない不安を抱いていた。




「まずは、だ。今、東京や日本のみならず、世界中でネットに大規模な障害が起きているのは知ってるな?」

 そう切り出した伍道に、ゆたかちゃんや小虎はうなずいた。


「はい。朝からほぼすべてのデータ通信が止まっていて、大混乱です。交通網にも支障が出てるって……」


「ネットがなければ、経済も流通もぜーんぶストップしちゃうよ。このままいくと、ものすごい被害になるかも」


 その言葉に、オガタは驚いた表情を見せた。

「そうなんスか? ぜんぜん知らなかったっス」


「そういやオガタ、こんな時に交番行かなくていいのか?」


「今日は、特別に有休取ったっス。だって、アンタの一大事だと聞いたから……」


「ていうかお前、ふつうに警官の制服着てるじゃねえか」


「これは普段着みたいなものっス。本官ジブンは、デート中以外はたとえ休みの時でも仕事を忘れないっス!」

 そう言いながらオガタは、腰のホルスターから拳銃を取り出して構えてみせた。よく見ると、あの大食い大会の時と同じく「非番!」の腕章をつけている。コイツのヤバさは今に始まったことではないが、それにしても東京の治安が心配だ。


「ほんで伍道さん、世界中でインターネットが止まってる件と竜ちゃんに、何か関係あるん?」

 いぶかしげな顔をして、チマキは伍道にたずねた。もっともコイツはコイツで、自動車整備工のツナギを着たままなのだが。


「それが、おおいに関係あるのさ。この軍馬竜司と、由緒正しいエルフの魔法使い『エルミヤさん』にな」



「エルミヤさん?」


 俺も含めた、その場にいる全員が声を揃えた。




続く



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