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第九話 異世界、来ちゃったのかよ!(七)

「ところでさ、竜司。さっきの話で、ひとつ確認しときたいことあるんだけど」


 小虎、チマキ、オガタと妖精のレベリルに加えてエルミヤさんがメンバーとなった、新たな俺たち勇者パーティー。日が昇る前に出立の準備を済ませると、ホッタンの村長や村人たちへの挨拶もそこそこに、愛車ハコスカに乗り込んだ。この世界ゲームでは見慣れぬ自動車に、村の子供たちは興味津々といった様子だった。


 近衛騎士ロイヤルナイトのシャルクこと、エルシャルク・ウランベルがエルミヤさんに対して抱く野望が明らかになった今、ヤツらの部隊と一秒だって行動を共にするのは危険だ。シャルクたちが目を覚ます前に、一刻も早く村を出てしまわねば。

 行く先は北の大地、ドラゴンが大発生しているという「ノースコア」だ。伍道とのカーナビを介した通信は、いまだひどい雑音ノイズによって途絶えたままだった。


 後部座席にはチマキ・小虎・オガタに座ってもらい、助手ナビ席にエルミヤさん(とレベリル)が納まった。とくに席順をどうこう指示したわけではなかったが、自然とそういう流れになった感じだ。すると、後部座席の真ん中から身を乗り出すようにして、小虎が話しかけてきた。


「ああ、なんだ? お嬢」

「戦闘奴隷って、なに?」


 その言葉を聞いて、俺はまたハンドルを切り損ねそうになった(そういえば、たしか前にもこんなことがあったような……)。どうやら小虎たちは、昨夜の俺とエルミヤさんの会話を、かなり早い段階から盗み聞きしていたらしい。


「あ、それ、ジブンも気になってたっス」

「せやな。いったいどういうことなん?」


 さらに、オガタとチマキも話に乗っかってきた。


「あー、それはつまりだな。どういうことかって言うと、ちょっと説明しにくいんだが……」


「戦闘奴隷はですね。ひと言でいうと、命を懸けてご主人さまをお守りする奴隷のことです」


 ハンドルを握ったまま口ごもる俺の横から、エルミヤさんがさらっと答えた。口調がさらっとしすぎていたせいか、三人は一瞬普通に納得してしまいそうになったくらいだ。


「ふーん。……ってダメじゃん、奴隷って! 竜司、エルミヤさんのこと奴隷にしてたの?」


 小虎は、牙を剥いて俺を睨んだ。返答しだいによっては、両腕に装備した切り裂きの爪で文字通り喉笛を切り裂かれそうな勢いである。するとエルミヤさんが、あわてて三人に向かって言葉を返した。


「ええっと、みなさん! 誤解がないように申し上げますが、リュージさまの戦闘奴隷になったのは、あくまで私自身の意思です。それにリュージさまには、異世界から転移してきた見ず知らずのエルフの魔導師を、優しく受け入れていただきました」


「ムリヤリ、グンバリュージに奴隷にされたってわけじゃないんスね」


「奴隷とは言いますが、リュージさまからひどい扱いや仕打ちを受けたことは一度もありません。それどころか毎日毎晩暮らしを共にして、十分すぎるくらいの待遇を与えていただいていたんです。リュージさまには本当に感謝しています」


「エルミヤさんは、急に異世界に放り出されて困ってはったんやろ。でも、竜ちゃんの奴隷にまでなる必要なんてあったん?」


「はい。私は神の名のもとに、伝説の勇者さまであるリュージさまの戦闘奴隷になる契約を結びました。魔法の力によって、契約が存在している間は、奴隷は主人から物理的に離れることはできなくなりますので――」


「ってことは……もしかしてエルミヤさん、奴隷になった理由は、ようするに竜司の傍を離れられないようにして、衣食住をまかなってもらおうとしてたってこと?」


「えっと、あの……そう……いうこと……ですね」


 小虎の言葉にうつむきながら、か弱く答えたエルミヤさん。神従契約は、伝説の勇者への献身の証などではなく、単に食い扶持ぶちと寝床の確保が目的か。まあ正直、そんなこったろうと思った。


「リュージさま……その……申し訳ありません」


 俺はガハハと笑って、エルミヤさんの肩を優しく叩いた。泥縄組から襲撃カチコミを受けていた深夜の針棒組の事務所で、彼女と奴隷契約を結んだ時のことを、俺はあらためて思い出していた。


「いいってことよ。困ったときはお互い様だ。それに、俺の方もエルミヤさんの魔法で、いろいろ助けてもらったしな」


「あ、ありがとうございます、リュージさま!」


 エルミヤさんの顔に、また笑顔が戻った。俺と彼女の間には、もはや奴隷契約の鎖はない。これからどうなるかわからないが、俺たちの関係はようやく本当のスタート地点、という気がした。




「せっかくやし、もうひとつだけ聞いてもええ?」

 話が一段落して、今度はチマキが問いかけてきた。


「なんだ?」


「二人はどこまで行ってはるん?」


 俺は、またまたハンドルを大きく切り損ねた。もう少しで、道を踏み外して崖下に転落しそうになったくらいだ。

「ってどういうこったよ、それ!」


「だって、こんなに若くて美人でおっぱい大きい女の子と、ひとつ屋根の下で一緒に暮らしてたんやろ? どこまでやったんかなーって」


「ど、どこまでなんて……どこにも行ってませんよ? まだ」

「まだ?」

「まだって?」

「まだなんスか?」


 さらに詰めていく三人に対し、エルミヤさんは真っ赤になりながら答えた。


「あ、あの……いちおう、チューだけ、です」



「へー、そうなんや! それやったら、今んとこはウチとおんなじやな」

「えー! ずるい! 私、まだちゃんと竜司にキスしてもらってない!」

「ジブンもしてもらってないっス! ここは平等にお願いしたいっス!」


 安堵するチマキをよそに、いきり立った小虎とオガタが、ドライバーシートの両側から俺の頭にしがみつくようにしてキスをねだってきた。


「や、やめろってお前ら! 前が見えねえじゃねえかよ、おいコラッ!」




「おいおい、竜司よ。マジで見ちゃいらんねえなあ」

「竜司さん、戻ってきたら私にもしてくださいね!」


 いつの間にか通信状況が正常に戻ったカーナビの画面から、伍道とゆたかちゃんの声が聞こえてきた。




第十話に続く



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