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第十話 キタぜ!敵はムテキの乱嵐竜(八)

「――――ってな。キマッたところで、そろそろ行ってくるぜ、みんな」


「竜司!」

「竜ちゃん!」

「リュージさま!」


 俺は愛車ハコスカをいったん停車させてシートベルトを外すと、運転席をチマキにゆずって後部座席に移動した。そして、車内を見回しながら言った。


「小虎、みんなを守ってやってくれ。チマキ、この車の運転はまかせたぜ。それからエルミヤさん――」


「は、はいっ!」


「これまで、いろいろありがとうな。エルミヤさんの魔法がなかったら、俺は生きてこれなかったかもしれねえ」


「リュージさま、そんなこと……」


 言葉の途中で、エルミヤさんの目からたちまち涙があふれだした。思えばこの奇妙な冒険は、この不思議な魔女との出会いから始まったのだ。そして、この物語の終末エンディングが近づいていることを、俺はたしかに感じていた。




「竜司くん!」


「あ、亜也子か? いったいどうした?」


 乱嵐竜テンペストドラゴンに急き立てられるように、ふたたび首都高ハイウェイを走り出した車の中、響き渡った野太いその声は俺の前妻である大森おおもり亜也子あやこのものだった。

 カーナビを見ると、画面いっぱいに亜也子のまん丸い顔がどアップで映し出されている。推定体重三桁を超える彼女は、相変わらず減量ダイエットなどする気はさらさらないらしい。


「針棒組の事務所まで、伍道さんに呼ばれたのよ。今回の異変コトって、ウチの会社のゲームが引き起こしたことなんでしょ?」


「ああ。『ドラゴンファンタジスタ』ってゲームだ。そういや、亜也子が買収した会社トコが運営してたんだっけな」


「そうよ。社長わたしの権限でソースコードを参照すれば、プログラムの修正や変更もできるから、もしなにかあったら――」


「あいにく俺には、ソースだか醬油ショーユだかはよくわからねえ。そっちの伍道やゆたかちゃんたちと相談して、うまくやってくれ」


「わかったわ、竜司くん。絶対、死なないでね!」


「まかせとけ。俺はまだ一度も死んだこたぁねえ」


 元女房相手に軽口を叩くと、俺はドアを開けた。そしてそのまま、車にしがみつくようにして屋根ルーフによじ登っていく。後方からは、乱嵐竜テンペストドラゴンが悠然と羽ばたきながら追ってきている。


 屋根ルーフの上で仁王立ちになった俺は、上着とシャツを脱ぎ捨て、長ドスを鞘から抜いた。それがこの俺、軍馬竜司の戦闘態勢だ。「剛剣無敗の昇り竜」の異名の元となった背中の刺青イレズミが、首都高を吹き抜ける風を受けて武者震いしている。



「勝負は一瞬だ。いくぜ、乱嵐竜テンペストドラゴン!」



「ギシャアアアアッ!」



 渾身の力を込めて屋根ルーフから飛びかかっていった俺に向けて、乱嵐竜テンペストドラゴンは首を数回振ると、とっておきの必殺技であるブレスを吐いた。青白い熱線が、俺の体を真っ直ぐに貫いていく。



「リュージさまっ!」






RRRR―――― RRRR――――


「だ大丈夫ですかっ? リュージさま!」

 俺からの携帯スマホの着信を、エルミヤさんが取った。


「ああ。ありがとよ、エルミヤさん。あらかじめかけてくれてた『防壁魔法プロテクション』のおかげで、どうやらなんともねえぜ」


「いいや、これは防壁魔法プロテクションじゃねえ。城一コ分の防御効果があるっていう、上級魔法の『城塞魔法キャスリング』だな。エルミヤ、いつの間にこんな魔法を……」


 エルミヤさんとの会話に、伍道が割り込んできた。俺としては、何も言わずとも俺の身を護る最上級の魔法を使ってくれていた彼女に、感謝してもしきれないところだったが。


「いえ、これはお父さまから渡していただいた木の杖エル・モルトンのおかげです」


「それにしても、大したもんだぜ。もうどこに出しても恥ずかしくない、超一流の熟練魔導師マスターウィザードだな」


「あ、ありがとうございます、お父さま……」



「どっちでもいいんだけど竜司、いまどこにいるの?」


「俺か? 俺はな――――ここだぜっ!」


 小虎の声に答えて、俺は姿を見せた。乱嵐竜テンペストドラゴンの首筋の部分に掴まっていた俺は、体勢を整えるとゆっくりと長ドスを上段に構えた。


「ギャオオオオ?」


「覚悟しな、乱嵐竜らんらんるーちゃん」


 俺はひと回り数メートルはあろうかというドラゴンの首に、長ドスの刃先を振り下ろした。熟練の魔獣拳士ビーストファイターである小虎の切り裂きの爪でさえ、傷つけることくらいしかできなかった乱嵐竜テンペストドラゴンの首を、俺はあっさりと切断した。



「すげえ……これが、『伝説の勇者』の力なのか?」


 自分自身の力がいまだに信じられない、と思いながら俺は、乱嵐竜テンペストドラゴンの背中から地上に向けて飛び降りた。首を両断された乱嵐竜テンペストドラゴンの身体は、みるみるうちに黒い瘴波しょうはの煙に包み込まれていく。


「やった! 竜司が勝った!」

「やったで竜ちゃん、さすがやな!」

「おめでとうございます、リュージさま!」


 地上に降り立った俺の携帯スマホから、彼女たちの賞賛の声が聞こえてくる。頭上の瘴波しょうはは、やがてうっすらと霧散していった。


 しかし俺は勝利の喜びどころか、言いようのない悪寒を全身に感じていた。


「いや、まだだ! ヤツは死んじゃいねえ」

「ああ、正確には、まだ次のヤツがいるぜ」


「つぎの? どういうことですか、リュージさま、お父さま」

「……あ、あれ、いったいなにが出てきたんや?」

「まさか、アレって――――」


 消えたはずの黒い煙が、ふたたび同じ場所に巻き起こった。そしてそこに姿を現したのは、あろうことかさっき倒したばかりの乱嵐竜テンペストドラゴンだった。


「ギシャオオオオオオオオン!」


「ち……っきしょう…………!」




「コピペだ」

「コピペ?」

「どうやら乱嵐竜テンペストドラゴンは、死んでも自分の複製コピーをいくらでも作り出すことができる。物理でも魔法でも、ヤツを完全に消滅させることは不可能だ」

 携帯スマホから、伍道の声が聞こえてきた。もっとも恐れていたことが実際に起きて、伍道自身も呆然としていることが伝わってくる。


「そんな……じゃあ、どうすればいいっていうの?」


「この世界から、存在そのものを消すしかねえ。複製コピー元となる、そのものをな」


「そ、そんなことできるん?」


「できるさ。『ドラゴンファンタジスタ』のプログラムをいじればな。そうだろ? 伍道」


「まさか竜司、乱嵐竜テンペストドラゴンのデータを消そうってのか?」

 俺の言葉に、伍道は驚いたように答えた。


「竜司さん、そんなの不可能です! 膨大なソースコードの中に、乱嵐竜テンペストドラゴンのデータがどこにあるかなんて、すぐには解析できません。それこそ何日、いえ何ヶ月かかるか……」


 伍道の代わりに聞こえてきたのは、前園まえぞのゆたかちゃんの声だった。彼女は女子高生でありながら、『ドラゴンファンタジスタ』のヘビープレイヤーというだけでなく、パソコンの操作にも長けていた。


「いや、べつに乱嵐竜テンペストドラゴンに限らなくてもいいんだ」


「えっ、どういうことですか?」


「手っ取り早く、『ドラゴンファンタジスタ』の世界から『ドラゴン』に関する単語や言葉だけを片っ端から消しちまえばいい。ドラゴン、龍、竜……そう、全部だ。それならすぐにできるだろう?」


「ええっと……それはたぶん、プログラムの単語を全選択して消すだけだったら、すぐにでも……」


「リュージさま! それだけは絶対にいけません!」

 ゆたかちゃんの言葉を遮るように、エルミヤさんの悲痛な声が聞こえてきた。


「ああ。ダメだ、竜司! そんなことをすれば、『竜』の名を持つお前自身も消滅する」

 そうだ。伍道の言うとおり、ゲームの世界の住人であるこの俺にも「竜」の字がある。その名前が消えたら、俺自身の存在がどうなるか――――


「いいんだ、頼む、ゆたかちゃん。ドラゴンによる被害がさらに増える前に、すべてのドラゴンをこの世界から消してくれ!」


「竜司さん――――!」



 俺は高速道路のど真ん中に一人たたずみながら、携帯スマホの通話を切った。見上げると、ホバリングしている乱嵐竜テンペストドラゴンが首を振って、必殺の熱線ブレスを吐く体勢に入っている。俺の身には、もはやエルミヤさんの防御魔法はかけられていない。



 パソコンの前のゆたかちゃんは、ソースコードから「ドラゴン」に関連するすべての単語の検索を終えると、意を決して「消去デリート」キーを押した。




続く



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