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第72話

 高さ5メートルのジャンプ台からぶん投げられた後。


 閑散とし始めた売店のテラス席で、遅めの昼食と洒落込んでいた。


「良い飛びっぷりだったわね。ふふふ」

「だね結衣」

「仲が良さそうで何よりだよ・・・・・・」


 俺はクスクスと笑う二人をジト目で見つめながらホットドックを一口。


 しかし、投げられるその瞬間まで咲良がご立腹だったのは解せない。


 それに投げられる謂れもないはずなんだが・・・・・・まぁ、今は満足そうな笑みを浮かべているから良いか。


「そういえば悠里君。あの人達とお知り合いなんですか?」

「いーや全く。顔を合わせたこともない」

「気になるの咲良?」

「あのちびっ子。悠里君をお兄ちゃんって呼んでいたので、親しげだなって」


 訝る咲良。


 けど、それはちびっ子あるあるではなかろうかと思う。ほら、親が高校生くらいの男の人を「お兄さん」と呼ぶことはままあるから」


「普通、お姉さんって呼ぶはずなのに」

「・・・・・・咲良?」

「確かに言われてみたら変ね。男とはとても思えない」

「言われてみればじゃねぇ田中! 水着見ろ水着!」


 小槌を打って納得する結衣に俺は突っ込む。


「けどあんた。咲良がいるのに現を抜かすなんて、許しがたいわね」

「なんでお前に言われなきゃいけないんだよ」

「親友だからね私たち」

「この前まで一方的に恨んでたのに?」

「そ、それはもう終わったのよ」


 気まずくなったのか、結衣は物凄い勢いでハンバーガーにかぶりつく。


「わざわざほじくらないでください。第一、今は仲間なんですからいい加減打ち解けて欲しいです」

「ご、ごめん。だけど」


 俺は立ち上がる。


「誤解がなくなったとはいえ、いちいちキツい物言いやら罵られちゃ我慢ならない。はっきり言って仲間の士気だって下がる。もう少し人として相手を思いやってくれ」

「思っているわよ。けど、強くなろうと思っているのならその程度は耐えなさい」

「強くなろうと思うからこそだろ。相手のやる気を削ぐようなことをするなと言っている」

「私の罵りやイビリなんて生易しい方よ。実戦では結果が全て。私の言葉なんて比にならないほどのストレスが掛かる」


 埒があかない。


 呆れ顔を浮かべるも、互いの言い分も一理あると咲良は思う。


 ストレスに馴染むというのはほぼ毎日、弾丸を浴びるように撃たれていても難しい。


 なぜか? どんなに怪我しないよう威力を調整しようとも痛みはある。


 それは身体に備えつけられた言わば“警告装置”。吹っ飛ばせば、いずれ痛みなんて感じなくなってしまう。


「暴論すぎる」

「でも正論よ。感情で戦いに勝つことができるのなら、私だってそうしてる・・・・・・」


 俺の軋んだ顔が結衣の苦虫を踏み潰したような険しい表情で和らぐ。


 それは口先の言葉と感情がまるで噛み合わない不思議な感覚。


 こいつの本音はきっと別にあるのだと思う。隠そうとするのが尚のこと気に食わないが。


「はぁ。じゃあ分かりました。二人とも来てください」


 呆れた咲良が強引に俺達の手を引いた。


 向かったのはごく普通の競泳用プール。25メートルのトラックが四本引かれ、波のプールや流れるプールなんかに比べると華がなく、人も疎らな場所だ。


「そんなに勝負つけたきゃここで終わらせましょう」

「な、なぁ。サバゲーじゃダメか?」

「ダメに決まってるでしょう! 二人はドゥーガルガン持ち! サバゲーしたらどっちかが死んじゃうでしょうが!」


 味方になったとはいえ、ドゥーガルガンのルールは適用される。


「勝負は三本先取。咲良は合図をよろしく」

「はい。じゃあ、二人とも位置について」


 ゆっくりと水に浸かり、結衣と顔を見合わす。


 絶対に負けないという闘志が目に宿っている。


「スタートっ!」


 勢い良く潜り、壁を蹴った。


 スタートダッシュは互角。奇しくも同じクロールで25メートルプールを泳ぎ攻めるが――


 息継ぎに乗じて横に並ぶ結衣を見やっていたが、その姿が忽然と消えた。


 失速? 不思議に思うも泳ぎ続け、俺が先にゴールするが、


「悠里君っ?!」


 水から顔を出すと、レーンの中腹で今にも溺れそうな結衣の姿がある。


「マジかあいつ!」


 俺は咄嗟に潜り、結衣の元へ寄る。


 力尽きたのか、だんだんと沈み始める彼女を抱える。小ぶりな身体は想像通り軽く、一人でも難なく持ち上げられた。


 結衣をプールサイドに引き上げると、飲み込んだ水を吐き出して咳き込む。


「大丈夫?」

「えぇ・・・・・・げほっ。なんとか」


 咲良も無事を確認してほっと一息つく。


「足でも攣った?」

「大したことじゃない・・・・・・」

「溺れた時点で大したことあるよ。少し休んでろ」


 流石に心臓が高鳴ってヒヤヒヤした。


 ポンポンと頭を軽く撫でた折、俺はプールサイドから早足で離れる。


 向かったのは近場の自動販売機。ここでスポーツドリンクを三本ほど買って二人に渡した。


「水分不足だ。少しは自分の体調くらい把握しとけよ」


 呆れ気味に言うが、結衣はポカンと口を開けている。


 心ここに在らずってわけか。軽くペットボトルを押しつけると、ようやく気づいて、


「あ、ありがと」


 か細い声で言うとがぶ飲みして、今度は咽せて咳き込む。


 せっかちな奴だ。まるで溺れた時にプールの水底へ対抗意識とか俺への敵愾心を落としたみたいに、すっかり大人しくなっている。


「・・・・・・認めてあげる」

「結衣っ?!」

「ふ、不本意だけど咲良を頼むわよ」

「不本意って・・・・・・なんだよその腑に落ちない言い方は」

「いいじゃないっ! も、もう済んだこと」


 プールにいたはずなのに火照ったのか顔が赤い。


 しかし咲良は何かを直感したように目を見開いている。


「行くわよ・・・・・・助けてくれたことにはお礼する。ありがと」


 そのままペタペタと可愛らしい足音を立てて、結衣は更衣室の方へと消えていく。


「あっ?! おいスポドリ代!」


 まさか奢りだって勘違いしてないかあいつ。


 すぐさま彼女の背中を追ったのだった。

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