「にしても、そうだよね。ここのモノレールも自動運転になれば良いのにね」
市川さんが初体験がどうのこうのの下世話な話を完全にスルーしていた。
「それ、アタシもそう思う! そしたらディズニーランドの周りを走っているモノレールに乗ってる気分になれるし」
「いや、なれないだろ」
「なれるし!」
「なれんのかよ……」
美結さんの力強い言葉に押されてマノ君は納得しかけていた。
「ここのモノレールが自動運転になるよりも車の自動運転が実用化される方が早いかもしれないぞ」
「それはさすがに……あるかも?」
「そこはないで言いきれよ」
「だって、車の自動運転が実用的になってきたってニュース何かで見たことがあったからさ。ここのモノレールより先に実用化されるのもあり得なくないかなって思っちゃったんだもん」
「確かに、車のCMとかで自動運転を紹介しているのを見たことあるね」
僕達の認識には車の自動運転が絵空事ではなく、現実的なものとして捉えられていた。
「なんなら俺はどうせ自動運転になるんだから、免許なんか取らなくてもいいだろうってスタンスだぞ」
一聴した感じでは大袈裟なことを言っているように聞こえるけれど、5年後、10年後ではそんなことがよく言われているのかもしれない。
「それは少し安直すぎると思うよ。車の自動運転化にはまだまだ問題が山積みだからね」
僕達は後ろから聞こえた知らない声に、一斉に振り向いた。
見ると、40代前半ぐらいの男の人がいた。
眼鏡を掛けており、賢そうな雰囲気のある人だ。
不審者では……なさそう?
「え? 誰?」
マノ君が言ったことに全員が同感した。
「あぁ! いや、決して怪しい者じゃないんだ。たまたま、君達が車の自動運転について話しているのが聞こえてしまってね。その方面に関わる者として、つい口を挟んでしまったんだ」
礼儀正しく自分の身の上を話した男の人は悪い人では無さそうだった。
「へぇ。まぁ、取り敢えずはその話を信じてやるよ。嘘だったら、そのまましょっ引くだけだからな」
「う、うん、ありがとう……君はまるで警察官みたいなことを言うね」
マノ君の物言いに男の人は苦笑いを浮かべていた。
この人に「僕達全員、本当に警察官なんです」と言ったらどんな反応をするのだろうか。
たぶん、嘘だと思って信じないだろうな。
「まるでじゃなくて、俺は警察官だからな」
「ちょっと!? マノ君、何言ってんの!」
マノ君の思わぬ発言に僕は叫んだ。
「何って、本当のことを言っただけだろ」
「本当だから余計に言ったら駄目でしょ!」
「何で言ったら駄目なんだよ。別に、隠すようなことでもないだろ」
「隠すべきことでしょ!」
「そんなこと誰が言ったんだ?」
「誰って……誰かに言われたわけじゃないけど……え? もしかして、僕達が警察官であることって誰かに言ってはいけないことなんじゃないの?」
「そんなはずないだろ。今までそんなこと一度も言われなかったぞ」
僕は美結さんと市川さんの方を振り返る。
そして、二人ともコクリと頷いた。
マノ君に向き直ると「ほらな」という顔をしていた。
高校生である僕達が警察官であることは当然のことながら他言無用のことだと思っていた。
僕が六課に来るまでは高校生の警察官がいることなんて見たことも聞いたこともなかったし。
「言ってはいけないとは言われていないけれど、むやみやたらに言うことでもないけどね」
市川さんは不満気にマノ君を見る。
「むやみやたらじゃないぞ。急に声を掛けてきた相手が不審人物ではないかの確認のためだ」
「言い訳する男はモテないよ」
「ほっとけ! それに言い訳ではなく、口が上手いと言え」
「アタシは、アンタはモテなくて良いけど……というか、モテたりしたら困る……」
「へいへい、どうせ俺はモテませんよ」
美結さんが言ったのは、そういう意味でもないような……
それにマノ君は学校では、その見た目もあってモテていると思う。
学校での性格はかなり猫を被っているけれど。
「いや~まさか本当に警察官だったとは驚いたよ」
そっちのけで話している僕達に向けて、男の人はいい加減ほったからしにするなと言うようにわざとらしく言った。
「声を掛けたつもりが、逆にこっちが職質を掛けられた気分だよ。今時はこんな若い子達も警察官になれるんだね」
本当に僕達が警察官だということを信じたかどうかは定かではないけれど、表面上は信じているということみたいだ。
幸い、今は制服ではなくブラックスーツを着ていたので運が良かったのかもしれない。
「まぁ、そんなところだ。ところで、さっき言っていた自動運転の実用化はまだまだ難しいってどういうことだ? どこぞの誰だか知らない俺達の会話に口を挟んできたくらいだ。もちろん、詳しく教えてくれるんだろうな?」
マノ君は目上の人なのに威圧的な言い方をした。
手塚課長や深見さんにはある程度は敬語を使っていても、初対面の相手には敬語を使うに値する相手なのか見定めているのだろうか。
「もちろんだよ。知っている限りのことで良ければ、私は君達に惜しみなく教えるよ」
男の人はマノ君とこれから決闘でもするかのような雰囲気でそう返した。
駅のホームで突如として、なんだかよく分からない講義が始まろとしていた。
この感じだと、次のモノレールには乗れないだろうなぁ。