自宅に着いてリビングに桃瀬を降ろし、俺のパジャマに着替えさせる。医療従事者で良かったと思うのは、こういう作業を難なくこなせてしまうことだろう。
桃瀬は病人で動けない状態。そんなヤツを俺は看病すべく、パジャマを着せている――なぁんて強引な設定を考え、不埒なことをしないように、さっさと作業を終えた。
「せーの、よいしょ!」
掛け声をかけて、くたくたの桃瀬を担ぎベッドに放り出す。結構乱暴に放り出したのに、まったく起きる気配がない。
「それだけ桃瀬の傷が深かった……ということなんだろうな」
浴びるように酒を呑み、ひとりで愚痴り倒して、言いたいことを言い尽くし、死んだように寝てしまった桃瀬。俺は仲のいいただの友達だから、おまえはなんだって言えるんだろうけど正直、この状況はつらい。ずっと好きだったんだから、なおさらなのにな。
「郁也……」
ベッドに腰かけて、桃瀬のシャープな頬のラインを、右手人差し指でそっと撫でる。そしてそのまま、唇をなぞるように触れてみた。
――しっとりとしていて、柔らかい。
胸の奥がきゅっと疼いて思わず、引き寄せられるように顔を近づけキスをする。
「んっ!」
(わっ、バレた!)
鼻にかかったような甘い声を出した桃瀬に驚き、すぐさま唇を離そうとしたら、躰に桃瀬の両腕が巻きつき、あっという間に部屋の景色が一転した。目に映るものは、寝室の天井と桃瀬の顔。
触れるだけだったキスが、そのままどんどん深いものへと変わっていく――吸いあげられながら舌を絡め取られるだけで、俺を求めるコイツを拒むことなんてできない。
むしろ――。
「っ……ンンっ」
むしろ、もっと俺を求めてほしい――愛してほしい……。
「も、桃瀬っ……」
キスから解放されて喘ぐように、愛しい人を呼んでしまった。そんな俺の声に答えず、桃瀬は首筋をなぞるように舌を這わせつつ、両手を使って服の上から俺の躰をまさぐる。触れられたところから熱を持ちはじめるせいで、じわりと熱くて堪らなくなっていった。
(なんだ、これ――大好きなコイツにこうして触れられるだけで、胸の中に甘い疼きが、こんこんと沸きあがっていき、どうしようもないほどのしあわせを噛みしめてしまうじゃないか)
「あぁっ、はぁ……」
俺の心と体が、桃瀬を求めていく。
しかし酔った勢いなのか、寝呆けているのかわからない桃瀬に、このまま抱かれてしまっていいのだろうか? 気持ちよさとしあわせを感じながら、桃瀬が目覚めたときのショックを考えはじめていたら。
「やっ!?」
下半身に伸ばされた手に、思いっきり感じてしまい、ビクッと躰が跳ねてしまった。その衝撃で桃瀬が顔をあげて、ぼんやりしながら俺を見る。
「…………?」
カーテンをしていない月明かりが照らし出す、ふたりきりの部屋の中。自分の躰の下には衣服が開けた俺がいて、肌のあちこちにキスマークを転々と付けた状態で横たわっている。ナニがおこなわれていたか、嫌でもすぐにわかるであろう。
「すっ、すおおうぅ!?」
桃瀬は素っ頓狂な声をあげ、ビックリついでに、勢いよくベッドから派手に転がり落ちた。
「なななんで、おまえとこんな……」
「なんでって酷い。自分から押し倒して襲っておいてー」
「そんな!? 友達に対してこんなこと、するわけがないだろ」
嘘みたいな現実を、どうしても受け入れたくないのか、桃瀬は俺に向かって酷いことを言いながら頭を抱えて、首をぶんぶんと横に振りまくった。
「友達、ね。その友達に思いっきり手を出したのは、どこの誰だ?」
着ていたシャツを脱ぎ捨て、付けられたキスマークを、これでもかと見せつけてやる。
「うわっ、ゴメン……その、なんか夢の中の出来事みたいな感じで」
「ももちんがしあわせな夢の中でも、俺の中ではリアルなんだよー。しかもなんなの、あの拙いキスは?」
「ええっ!? キスしたのか?」
薄暗がりの中でも、赤面した桃瀬がわかってしまった。
(そんなかわいい顔するなよ、もっと欲しくなってしまうじゃないか)
「……そうだよ。下手っクソなキスされた上に、この場に押し倒されてさ。あんなんじゃ恋人ができても、みんな逃げるっちゅーの」
見る間に落ち込み、俯いている桃瀬の顎を掴んで、強引に上向かせた。
「こうやって、感じさせなきゃダメなんだ」
(俺からの最初で最後のキス、受け取ってくれ――)
無防備な桃瀬の唇に優しくキスをして、一瞬離れてから角度を変え、するりと舌を滑り込ませた。
「うっ、ふぅ……」
舌先を使って口内を犯す俺に、なんども躰をビクつかせて、甘い声をあげる桃瀬。
「……っと、レクチャー終了!! もっと自分を磨けよな」
言いながら大きく振りかぶって、思いっきり桃瀬の頭を叩いてやる。
「いって! 周防、酔っ払ってんだろ」
(ああ酔ってるさ、おまえにな……)
「なんなの、その口の利き方。酔っ払ってたら、ももちんをおぶって、ここに帰って来られないでしょ」
「あ……ごめん」
「罰としてそこのコンビニ行って、ビール買ってきてよ。俺、全然呑めてないんだから」
リビングに置いてある、桃瀬の服を手渡した。
「桃瀬が帰って来たらシャワーを浴びて、失恋パーティしよう」
「え? 周防も失恋したのか?」
「恋人よりも、実習の患者さんを優先しちゃうせいかな。だからキスがうまくても、振られちゃうわけ」
肩をすくめて桃瀬を見つめると、眉間に皺を寄せて口を尖らせる。
「なんでそのこと、言ってくれなかったんだ。俺ばっか愚痴って、バカみたいだろ」
「俺よりも、ももちんの傷の方が深そうだったからねー。おまえ専属の医者として、治療を優先したまでだよ」
「まだタマゴのくせに、生意気だな。行って来る……」
桃瀬は少しだけ目元を潤ませ、逃げるように家を出て行った。
「泣きたいのは、こっちなのにな……」
さっき告げられたセリフを思い出すだけでも、胸が締め付けられるように痛む。
俺に対して、桃瀬が友達以上の感情を抱くはずがないのは、頭でわかっていたのに――覚悟していたのにもかかわらず、実際それを口にされて、躰を貫くようなこの痛みを、どうすれっていうのだろうか。
「桃瀬が、こんなに好きなのに……」
頬に一筋、涙が流れた。俺はあえてそれを拭わずに、頭からシャワーを浴びる。自分の気持ちと一緒に、洗い流すために。