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Love too late:遅すぎた恋心4

 自宅に着いてリビングに桃瀬を降ろし、俺のパジャマに着替えさせる。医療従事者で良かったと思うのは、こういう作業を難なくこなせてしまうことだろう。


 桃瀬は病人で動けない状態。そんなヤツを俺は看病すべく、パジャマを着せている――なぁんて強引な設定を考え、不埒なことをしないように、さっさと作業を終えた。


「せーの、よいしょ!」


 掛け声をかけて、くたくたの桃瀬を担ぎベッドに放り出す。結構乱暴に放り出したのに、まったく起きる気配がない。


「それだけ桃瀬の傷が深かった……ということなんだろうな」


 浴びるように酒を呑み、ひとりで愚痴り倒して、言いたいことを言い尽くし、死んだように寝てしまった桃瀬。俺は仲のいいただの友達だから、おまえはなんだって言えるんだろうけど正直、この状況はつらい。ずっと好きだったんだから、なおさらなのにな。


「郁也……」


 ベッドに腰かけて、桃瀬のシャープな頬のラインを、右手人差し指でそっと撫でる。そしてそのまま、唇をなぞるように触れてみた。


 ――しっとりとしていて、柔らかい。


 胸の奥がきゅっと疼いて思わず、引き寄せられるように顔を近づけキスをする。


「んっ!」


(わっ、バレた!)


 鼻にかかったような甘い声を出した桃瀬に驚き、すぐさま唇を離そうとしたら、躰に桃瀬の両腕が巻きつき、あっという間に部屋の景色が一転した。目に映るものは、寝室の天井と桃瀬の顔。


 触れるだけだったキスが、そのままどんどん深いものへと変わっていく――吸いあげられながら舌を絡め取られるだけで、俺を求めるコイツを拒むことなんてできない。


 むしろ――。


「っ……ンンっ」


 むしろ、もっと俺を求めてほしい――愛してほしい……。


「も、桃瀬っ……」


 キスから解放されて喘ぐように、愛しい人を呼んでしまった。そんな俺の声に答えず、桃瀬は首筋をなぞるように舌を這わせつつ、両手を使って服の上から俺の躰をまさぐる。触れられたところから熱を持ちはじめるせいで、じわりと熱くて堪らなくなっていった。


(なんだ、これ――大好きなコイツにこうして触れられるだけで、胸の中に甘い疼きが、こんこんと沸きあがっていき、どうしようもないほどのしあわせを噛みしめてしまうじゃないか)


「あぁっ、はぁ……」


 俺の心と体が、桃瀬を求めていく。


 しかし酔った勢いなのか、寝呆けているのかわからない桃瀬に、このまま抱かれてしまっていいのだろうか? 気持ちよさとしあわせを感じながら、桃瀬が目覚めたときのショックを考えはじめていたら。


「やっ!?」


 下半身に伸ばされた手に、思いっきり感じてしまい、ビクッと躰が跳ねてしまった。その衝撃で桃瀬が顔をあげて、ぼんやりしながら俺を見る。


「…………?」


 カーテンをしていない月明かりが照らし出す、ふたりきりの部屋の中。自分の躰の下には衣服が開けた俺がいて、肌のあちこちにキスマークを転々と付けた状態で横たわっている。ナニがおこなわれていたか、嫌でもすぐにわかるであろう。


「すっ、すおおうぅ!?」


 桃瀬は素っ頓狂な声をあげ、ビックリついでに、勢いよくベッドから派手に転がり落ちた。


「なななんで、おまえとこんな……」

「なんでって酷い。自分から押し倒して襲っておいてー」

「そんな!? 友達に対してこんなこと、するわけがないだろ」


 嘘みたいな現実を、どうしても受け入れたくないのか、桃瀬は俺に向かって酷いことを言いながら頭を抱えて、首をぶんぶんと横に振りまくった。


「友達、ね。その友達に思いっきり手を出したのは、どこの誰だ?」


 着ていたシャツを脱ぎ捨て、付けられたキスマークを、これでもかと見せつけてやる。


「うわっ、ゴメン……その、なんか夢の中の出来事みたいな感じで」

「ももちんがしあわせな夢の中でも、俺の中ではリアルなんだよー。しかもなんなの、あの拙いキスは?」

「ええっ!? キスしたのか?」


 薄暗がりの中でも、赤面した桃瀬がわかってしまった。


(そんなかわいい顔するなよ、もっと欲しくなってしまうじゃないか)


「……そうだよ。下手っクソなキスされた上に、この場に押し倒されてさ。あんなんじゃ恋人ができても、みんな逃げるっちゅーの」


 見る間に落ち込み、俯いている桃瀬の顎を掴んで、強引に上向かせた。


「こうやって、感じさせなきゃダメなんだ」


(俺からの最初で最後のキス、受け取ってくれ――)


 無防備な桃瀬の唇に優しくキスをして、一瞬離れてから角度を変え、するりと舌を滑り込ませた。


「うっ、ふぅ……」


 舌先を使って口内を犯す俺に、なんども躰をビクつかせて、甘い声をあげる桃瀬。


「……っと、レクチャー終了!! もっと自分を磨けよな」


 言いながら大きく振りかぶって、思いっきり桃瀬の頭を叩いてやる。


「いって! 周防、酔っ払ってんだろ」


(ああ酔ってるさ、おまえにな……)


「なんなの、その口の利き方。酔っ払ってたら、ももちんをおぶって、ここに帰って来られないでしょ」

「あ……ごめん」

「罰としてそこのコンビニ行って、ビール買ってきてよ。俺、全然呑めてないんだから」


 リビングに置いてある、桃瀬の服を手渡した。


「桃瀬が帰って来たらシャワーを浴びて、失恋パーティしよう」

「え? 周防も失恋したのか?」

「恋人よりも、実習の患者さんを優先しちゃうせいかな。だからキスがうまくても、振られちゃうわけ」


 肩をすくめて桃瀬を見つめると、眉間に皺を寄せて口を尖らせる。


「なんでそのこと、言ってくれなかったんだ。俺ばっか愚痴って、バカみたいだろ」

「俺よりも、ももちんの傷の方が深そうだったからねー。おまえ専属の医者として、治療を優先したまでだよ」

「まだタマゴのくせに、生意気だな。行って来る……」


 桃瀬は少しだけ目元を潤ませ、逃げるように家を出て行った。


「泣きたいのは、こっちなのにな……」


 さっき告げられたセリフを思い出すだけでも、胸が締め付けられるように痛む。


 俺に対して、桃瀬が友達以上の感情を抱くはずがないのは、頭でわかっていたのに――覚悟していたのにもかかわらず、実際それを口にされて、躰を貫くようなこの痛みを、どうすれっていうのだろうか。


「桃瀬が、こんなに好きなのに……」


 頬に一筋、涙が流れた。俺はあえてそれを拭わずに、頭からシャワーを浴びる。自分の気持ちと一緒に、洗い流すために。

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