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Love too late:おとしもの5

「もしかして、アンタが周防武?」


 いきなり呼び捨てなんて、随分と生意気なヤツだな。


「そうだけど。俺に診て欲しいと言ってるけど、病人には見えないツラだよね」


 ちょっとだけ顔色が悪い感じなのは、成長期によくある貧血だろうか。


「名医だって聞いたから、てっきりじいさんだと思ってた。綺麗な先生でラッキー」

「俺の話を聞いてなかったのか。だったらまずは、耳鼻科にかかったらどうだ?」

「待ってくれって! 俺、本当に病気なんだよ、不治の病なんだ!」


 必死な表情を浮かべて縋りついてくる男の姿に対し、不快感を示すように深いため息をついてみせた。


「不治の病ならなおさら、ウチじゃあ診られない。他所をあたってくれ」


 管轄外だと思いながら、すがりついてきた男の手を外そうとしたら、外されないように、ぎゅっと腕を握りしめてくる。


「アンタじゃなきゃ、ダメなんだって」

「俺は、小さな町医者の小児科医なんだ。大人の重病人は診られない」

「ああ、そうだよ重病人だわ。アンタに恋をした、一目惚れだから」


 堂々と告げられた言葉に、一瞬息を飲んだが――。


「人をからかうのも、いい加減にしろっ!」


 男の頭頂部を思い切りグーで殴りつけてやると、途端にしゃがみ込んで、でかい背中を丸めながら頭を抱える。


「いって~……からかってなんかいないのに」

「おまえは病人じゃない。ただの変態クズ野郎だ、もう顔を見せるなよ」


 ムカつきながら靴音を立てて、立ち去った瞬間だった。


「くっ、うぅっ……」


 俺の捨てゼリフがキツかったのか、呻くような声が耳に聞こえた。どことなく気になって振り返ってみると、男は路上に仰向けになって、グッタリしているではないか!


 一瞬仮病を疑ったが、それにしては迫真の演技に見えたので、慌てて近寄ってみる。


「おい、どうした? どこか痛むのか?」

「む、胸が痛い……っ、息ができな……」


 カバンから聴診器を出すがもどかしくて、男の胸に耳を押し当てつつ、手首を掴んでみた。


 ――右肺はクリア、左肺は若干空気が通っているような感じだな。動悸と頻脈アリそして、呼吸困難ね。


「おまえ、この発作は初めてか?」

「いいや、二回目。ケホケホッ!」


(まったく面倒くさい。どうして今日は、デカい患者ばかり重症なんだよ)


「俺に掴まれ、病院に運んでやる」


 苦しそうに唸る男をなんとか背負って、自分たちのカバンを手に持ち、ヨロヨロしながら病院に辿り着いた。そのまま診察室に担ぎ込んでベッドに寝かせ、男に酸素マスクを装着する。


「俺の見立てだと、軽い自然気胸なんだけどさ。前の発作のときに、病院へ行ったんだろ?」

「ああ、その通り……さっすが……」

「医者から言われなかったか? 安静にしろって」

「言われたから、さっき大学に休学届けを出して、これから軽井沢の別荘に、養生しに行こうと思ったんだ」


 酸素を吸うことで、先ほどよりも楽になったのか、喘いでいた男の呼吸が変わり、顔色もだいぶ良くなった。


 そんな男の傍らに立ち、腕を組んで見下ろしてやる。俺の蔑んだ視線をまともに受けても、男は平然と笑いかける。桃瀬といいこの男といい、無理をする患者ばかりで、ほとほと嫌になる。


「ところで、どうしてウチに来た?」


 軽井沢の別荘って、やっぱり裕福な家の育ちなんだろう。着ている服と持っていたカバンは、揃ってブランド製だったしな。


「軽井沢に行く前に、妹が言ってたのを思い出した。周防先生に診てもらっただけで、風邪が良くなったって。だったら俺も診てもらったら、治っちゃうんじゃないかと思ってやって来た」

「患者の名前は?」

「プライバシー保護のため、お伝えできません、ご了承ください」


 コイツ――。


「だったらおまえの名前を教えろ。一応診てやったんだ、カルテを作らなきゃならない」

「わん♪」

「は――?」

「わわん、わん!」


 面食らった俺に、男は満面の笑みを浮かべて、ワンワン言いだした。この犬語を、なんと訳せばいいのやら。


「ふざけるな、ちゃんと日本語を話せ!」

「周防先生は、家の前に捨てられていた、とてもかわいい犬を拾いました。あまりのかわいらしさに、飼うことに決めたのです」


 どこがかわいいっていうんだ。見た目も中身も、全然かわいくない!


「おい、なに勝手なことを物語仕立てに言いやがって! おまえのような変態クズ野郎の面倒なんて、誰が見るか!」

「病気で苦しんでる患者を放り出すなんて噂が流れたら、周防先生も大変だよなー。放り出すというより、ぽいっと見捨てる的な?」

「くっ……」


 なまじ頭が切れるんだろう。人の痛いところを、ズバッと突いてくる。


「軽井沢の別荘で発作が起きたら大変だから、ここで養生するよ。ヨロシクね、タケシ先生♪」

「……わかった。でも名前くらい教えろよ、なんて呼べばいいんだ?」

「わん♪」


 あくまで、口を割らないつもりか。それなら――。


「だったら、飼い主になる俺がつけてやる。三択にしてやるから、そこから選べ」

「わん……」


 顎に手を当てて、考えること数秒。ワクワクしたまなざしでこっちを見やる視線に、ニッコリと笑いかけてやった。


 驚くがいい、この中から選ぶことになるんだからな。


「サル・太郎・坊ちゃん」

「……ってなんだよ、それ!?」

「これが嫌なら、自分の名前を言え」


 見たまま、感じたままを名前に当てはめた。コイツが絶対に嫌がることがわかるので、自分の名前を言うしかないだろう。


「ちくしょう! 太郎でいいよ、もう‼」


 ええっ!? そんなに名前を言いたくないのか?


「だったら太郎、上を脱げ。きちんと診察してやる」


 ――やっぱり、面倒くさいヤツ!


 顔を引きつらせつつ、自分のカバンから聴診器を取り出し、いつものように耳に装着する。渋々振り返ると着ていたトップスを脱ぎ捨て、そのあとにTシャツを脱いだ太郎が言った。


「診察が終わったら、このまま抱いてあげるけど、どうします?」

「やっぱり耳鼻科に行け。人の話がよぉく聞こえるように、左右の耳の穴を通してもらえ」


 安静にしろと言われてるクセに、なんなんだコイツ。ヤることしか、考えていないのか。


「耳の穴よりも、タケシ先生の大事な穴を貫通してみたいなと思いまして」


 ゲッ! 面倒くさいヤツよりもヤバいヤツを、家に入れてしまったかもしれない。


「そんなこと思うな、考えるな、想像するな! 俺はソッチの気はないんだ。気色悪い……」


 貞操の危機だぞ、これは――。


 震える手で聴診器を使い、診察しながら考える。自然気胸が早く治る薬と言って、睡眠薬を渡し、安らかに眠らせてやろう。病人の太郎が安静することにつながる上に、俺の身の危険が回避されることになる!

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