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Love too late:恋するキモチ6

***


「学生の自立心を、しっかりと養うためだ。必要以上に手は貸さん」


(なんだかなぁ。こういうときだけ学生扱いって、マジで酷すぎる)


 ムカつきながら歩いているうちに、タケシ先生の家に到着。鍵を開ける見慣れた背中に続いて中に入ってから、自分のキモチをこめて、ぎゅっとタケシ先生に抱きついてやった。


「俺がガキじゃないこと、教えてあげる――」


 耳元で囁いて、タケシ先生の体を壁に強引に押し付け、逃げないようにしっかり両腕で囲ってから、キスしようと顔を近づける。俺が迫るよりも先に、タケシ先生の顔が突然、一気に近づいた。進んでやってくれた行動に、内心喜んだのもつかの間、額に激痛が走る――容赦のない頭突きをされたから。


「いって~……」

「こんなトコでいきなり襲うなよ、バカ犬!」


 こんなトコって、やっとふたりきりになれた空間なのに、どうしてタケシ先生には壁ドン、チューが成立しないんだよ。


 壁にめり込ませるくらいの勢いで思いきりドンして、体を固定させなきゃダメなのか? 今まで他のヤツに、こんなふうに拒否られたことはないのに……。


(これってタケシ先生の愛情を、疑ってしまう事態だぞ)


 俺は無言でタケシ先生の脇を抜け、病院に向かって、スタスタと歩いて行った。


「おいこら、どこに行くんだ!?」


 その声を無視して真っ直ぐ診察室に入り、電気をつけて中の様子を確かめる。俺の描いた絵が、いつも使っている診察室の机の目の前の壁に、ちょこんと飾ってあった。


 タケシ先生はどんなキモチで毎日、この絵を見ているんだろうか――一日の大半を、この場所で過ごしているからこそ、ここに飾ってくれたんだろうけど。


「おまえに、聞きたかったことがあるんだ。一瞬の会話から、あの景色を選んで描いたんだろうけどさ。どんなことを考えながら、その絵を描いたのかなって」


 診察室にあるベッドに、いつの間にか座って、こっちを見ながら質問してきたタケシ先生。


「実はこの絵、ちょっとだけアレンジしてるんだ」

「アレンジ?」

「バックにある、紅葉と黄色い車の色のバランス。実際はもっと、赤の主張が多かったろ。それを控えめにして、車の窓ガラスに空の青を入れて、黄色をアピールしてみたんだ」


 紅葉の色と、車の黄色に差し色を入れることによって、より色を引き立たせてみた。


「そうだったのか。あのときのシチュエーションは、すっごく最悪だったのに、この絵を見ると、なんでかな。いい思い出しか、浮かばないんだよ。本当に不思議だ――」


 タケシ先生は目を細めて、すごく嬉しそうに俺の描いた絵を見てくれる。


 軽井沢の病院で、タケシ先生に再会したとき、本当に嬉しかった。まさか捜しだしてくれるなんて、夢にも思っていなかったから。


 だから嬉しくて、この手に抱きしめようとしたのに、さっきと同じように頭突きをした挙句、地元の担当医として華麗に演技をしてくれて。


 すっげぇ最悪だったのが、病室に引っ切りなしに、いろんな人がやって来たこと。


 軽井沢の担当医はわかる。なのに、関係のない若い女の看護師たちが、んもう呆れるくらいに、次から次へと用事を作っては、病室に入ってきたのだ。


 それは、イケメン開業医のタケシ先生のせい。


 いつもどおり、幾重にも猫を被って優しく対応してる姿に、胸の中がこれでもかとジリジリした。せっかく逢えたのに、俺はまったく構ってもらえなかった。


 挙句の果てには、タケシ先生が帰ってから、看護師たちに詰め寄られ、彼女がいるかどうか、根掘り葉掘り聞かれたこと。


「俺がカレシだ、どうだ驚け!」


 なぁんて言えるワケないから、仕方なくキレイな彼女をでっちあげてやったんだ。


 そんな軽井沢のことを思い出しながら、どこかぼんやりしている、タケシ先生を見つめた。なにを考えてるかわからないけど、ほんのりと目元が赤くなってる。


「タケシ先生、俺のこと好き?」

「あ? ああ……」


 ベッドに座ってるタケシ先生の両肩を掴んで、勢いよく押し倒した。


「ちょっ、なにするんだっ、ここは神聖な診察室だぞ」

「だからだよ。いつでも俺を、思い出してほしいから」

「……歩?」


 離したくない、ずっと傍にいたい――。


 不思議そうな表情で、俺を仰ぎ見る視線に、俺の視線を絡める。


「やっぱタケシ先生の言うとおり、俺ってガキだ。次から次へと、ワガママしか出てこない」


 そのあたたかい体を、両腕でぎゅっと抱きしめる。


「バカだな。そのワガママを聞くために、俺がいるんだろう?」


 心に染みるような優しい声が、俺の耳にそっと届いた。まるで、その声に包まれてしまいそう。


「歩、全部とはいかないまでも、なるべくなら聞いてやるよ。大好きな、おまえのワガママなんだからな」

「タケシ先生……」

「だからおまえも俺のワガママを、ちゃんと聞くんだぞ……わかったな?」


 タケシ先生のワガママって、なんだか想像がつかない。


「……涼一くんのこと、なんだけど――」


 突然の話題転換。いったい、なんなんだ、頭がついていかないぞ。

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