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Love too late:募るキモチ3

***


「王領寺、執事喫茶の宣伝があるんだから、絶対に顔を出せよな。もちろん、途中でいなくなるのも禁止だぞ」


 帰ろうとしていた矢先に、突然同期から声をかけられ、わかったと言いながら頷いて、行きたくない合コンに顔を出す。


 ――今日でちょうど一週間……。


「どうして、連絡を寄こさないんだ。タケシ先生」


 そうボヤいたところで、自分のスマホを見ても、反応がないのは明らかなのに、見ずにはいられない。


 宣伝を兼ねた合コンに、無理やり参加させられてる最中も、無駄なスマホの確認作業をしてしまった。


「ねぇねぇ王領寺くんって、あの高台にある、大きなお屋敷みたいなところに住んでる人だったりするの?」

「……ああ。そうだけど」


 傍にいる女のコに聞かれ渋々答えると、周りから歓声があがった。


「うわぁ! ホントのお坊ちゃまだ、すごいすごい」

「あのぉ、執事みたいな人はいるんですか?」

「執事はいないけど、お手伝いさんは何人かいる」


(ウザったい、ひとりにしてほしいのに)


 そんなことを考えながら、軽くため息をつく。それなのに自分の心情とは裏腹に、どんどん女のコに囲まれていった。人ごみに囲まれていると、なんだかタケシ先生との距離が、更に遠くに感じてしまう。


 ――今頃タケシ先生は、なにをしてるんだろうな。


 反応のないスマホを、右手でぎゅっと握りしめ、窓の外を見る。窓ガラスが泣いてるみたいな、激しい雨が降っていた。それはまるで、俺の心の中のよう。


 意気消沈してる間に、合コンがお開きになり、店の外に出ると、さっきの女のコたちが困ったねぇと、口々に語り合っていた。


「あのさ、傘、持ってないの? これ、返さなくていいから使って」


 すぐ横にいた、女のコに押し付けるように傘を手渡して、持っていたカバンを頭に掲げ、一目散に外へと駆け出す。向かう先は、タケシ先生のところ。もちろん、文句を言うため。もう辛抱ならねぇからな!


***


 横なぶりの雨に打たれ、体は結構冷え切っているけど、心の中は別な意味でたぎっている俺は、静かにタケシ先生の家の玄関前に佇んだ。


 ため息ひとつついてから、ゆっくりとインターフォンを押す。しばらくしたら、のん気な声が耳に届いた。


「お待たせしました~、どなた様ですか?」


(――多分この妙なテンションは、お酒が入ってるに違いない……)


「……俺」


 タケシ先生のあまりな態度に、呆れ返ってやっと告げた言葉。らしくない俺の気配を察知したのか、慌てて扉を開けて目を見開き、すっげぇ驚いた顔をする。


「おまえっ、どうしてそんなに濡れてんだ!?」

「傘……途中で壊れた」


 俺が濡れてることなんて、どうでもいいだろうよなんて、心の中でコッソリ毒づいて、変なウソをついてしまった。


「早く中に入れ。ちょっと待ってろ」


 急いで病院からバスタオルをわざわざ持ってきて、ふんわりとしたそれを俺の頭に被せながら、濡れた体を丁寧に拭ってくれる。


 その仕草から、俺のことを大事に思っているのが、伝わってきたんだけど。


「だいぶ体が冷え込んでるな、風邪を引くかもしれない。風呂を沸かしてやるから、さっさと入りなさい」


(体の冷えなんて、放っておいたら勝手にあったかくなるし、風呂なんかどうでもいい)


「……どうして、れ…な……っ…」


 こみ上げてくるキモチが、言葉となって出てきた。それが聞こえなかったらしく、冷たい声で訊ねられる。


「悪い。もう一度言ってくれ」

「タケシ先生は一週間、俺から連絡なくて不安になったりしないの?」

「あ……それは――」


 言いかけて飲み込む言葉――その先はいったい、なんだって言うんだよ。


 俺の体を拭いてる手が止まり、妙な沈黙が続いた。きっとタケシ先生は俺が納得するようなことを、必死に考えているに違いない。


「……俺から連絡して、学祭の作業をしてるところに、水を差したくなかったから」


 告げられた言いわけに、奥歯をぎゅっと噛みしめてしまった。


「そんなの、気にしなくていいのにさ。ずっと待ってたんだ、俺」

「ごめん……そこまで気が回らなくて」


 タケシ先生の口から出てくる台詞が、俺の心にどんどんキズをつけていく。


「謝ってほしくて言ったんじゃない。だって、いつも俺からじゃないか。好きって言うのも、抱きしめるのもエッチするのも、なんでもかんでも、いつも俺からだろ。今まで付き合ったヤツにこんなふうに、放置されたことがなかったし、すっげぇ不安になったんだ」


 どうでもいい存在じゃなければ、連絡くらいするだろうよ!


 悔しくて堪らなくなり、タケシ先生の細い腕をぎゅっと掴んでしまった。その瞬間、頭を覆っていたバスタオルが肩に落ちる。動揺しまくりのタケシ先生の顔が、目の前にあった。


「タケシ先生は、大人だから寂しくないのかもしれないけど、俺はすっげぇ寂しかった。夢に見ちゃうくらい、すっげぇ逢いたくて声が聞きたくて……抱きしめたくて堪らなかった」

「それは俺だって、ホントは寂しかったさ」


 口では、何とでも言えるだろ。取り繕うのがマジで上手だよな。


「それが伝わってこねぇんだよ、全然。俺がいなくても、平気ですっていうのだけが、ビンビン伝わってくるんだ。悲しいことに……だから一週間も放置できるんだろ」

「もう、落ち着けって。俺だって本当は連絡したかったよ。だけどな――」

「じゃあなんで、自分から好きって言ってくんないんだ? テレるような年でもないだろ」

「うっ……」


 なんでこのタイミングで、照れるんだか。モジモジしてもここはハッキリ、自分のキモチを言うべきトコだろうが!


「……ほら、言ってくんないし。俺に対する愛情がないからだろ」

「ちょっと待て。心の準備が――」

「何が心の準備だ、大人のクセして情けねぇな。エッチだってしてるのに、それくらいどうして言えないんだっ」


 きっと俺のこと好きじゃないから、平気でいられるんだ。俺だけがタケシ先生が好きで、熱を上げてるみたい――すっげぇ、惨めすぎるんだけど……。


 イライラが頂点に達した俺は、タケシ先生の頭にバスタオルをグルグル巻きしてやり、飛び出すように家を出てしまった。


 その後アプリのメッセージや電話が入ったけど、全部スルー。行き場のないキモチが、俺を混乱させる。

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