テーブルにビールの缶を置いて、ソファからゆっくり立ち上がり、のろのろと階段を下りてから扉に向かって、でかい声で聞いてやる。
「お待たせしました~、どなた様ですか?」
「……俺」
土砂降りの雨にかき消されそうな弱々しい声が、ハッキリと耳に届いた。慌てて扉を開けると、そこにいたのはずぶ濡れの太郎で、一気に心が氷つく。
「おまえっ、どうしてそんなに濡れてんだ?」
「傘……途中で壊れた」
「早く中に入れ。ちょっと待ってろ」
急いで、病院からバスタオルを持ってきてやり、太郎の体を水分が早くとれるように、ガシガシ拭ってやる。
「だいぶ体が冷え込んでるな、風邪を引くかもしれない。風呂を沸かしてやるから、さっさと入りなさい」
「……どうして、れ……な……っ」
太郎の頭を、しっかり拭っていたときだったので、うまく聞きとれず、もう一度聞き返した。
「タケシ先生は一週間、俺から連絡なくて、不安になったりしないの?」
「あ……それは――」
アプリのメッセージのひとつでも、してやろうかと考えた。だが学祭の準備で盛り上がってる最中かもとか、なにかの作業をしているのを妨げてしまうかもしれない考えが、思い浮かんだ。
しかもメッセージで話が盛り上がったら、声が聞きたくなるに違いないし、結局逢わずにはいられなくなるのが、容易に想像ついてしまったら、自分から行動をうつすことができなくなってしまって。
「……俺から連絡して、学祭の作業をしてるところに、水を差したくなかったから」
俺のワガママに、おまえを振り回したくなかった。ただ、それだけだったのに――。
「そんなの、気にしなくていいのにさ。ずっと待ってたんだ、俺」
「ごめん……そこまで気が回らなくて」
「謝ってほしくて言ったんじゃない。だって、いつも俺からじゃないか。好きって言うのも、抱きしめるのもエッチするのも、なんでもかんでも、いつも俺からだろ。今まで付き合ったヤツにこんなふうに、放置されたことがなかったし、すっげぇ不安になったんだ」
頭を拭いている腕を、ぎゅっと握りしめられる。その手は酷く冷たくて、歩の手じゃないみたいだった。
「タケシ先生は、大人だから寂しくないのかもしれないけど、俺はすっげぇ寂しかった。夢に見ちゃうくらい、すっげぇ逢いたくて声が聞きたくて……抱きしめたくて堪らなかった」
「それは俺だって、ホントは寂しかったさ」
大人だからガキだからなんて、そんなの関係ない。恋人だからこそ、相手のことを考えたら、逢いたくなるに決まってる。
「それが伝わってこねぇんだよ、全然。俺がいなくても、平気ですっていうのだけが、ビンビン伝わってくるんだ、悲しいことに……だから一週間も放置できるんだろ」
「もう、落ち着けって。俺だって本当は連絡したかったよ、だけどな――」
「じゃあなんで、自分から好きって言ってくれないんだ? テレるような年でもないだろ」
「うっ……」
(わかってないよ、コイツ。俺は呼び水がないと、そういうのは言えないんだって)
「……ほら、言ってくんないし。俺に対する愛情がないからだろ」
「ちょっと待て。心の準備が――」
「なにが心の準備だ、大人のクセして情けねぇな。エッチだってしてるのに、それくらいどうして言えないんだ!」
バスタオルを強引に手から奪うと、ご丁寧に俺の頭にグルグル巻きにした。
「ぶはっ!? こらっ、なにするんだっ」
「わからず屋のタケシ先生なんか、もう知らね!」
バスタオルを頭から外したときには、既に歩が立ち去ったあとで、玄関に残された、たくさんの雨のしずくが、まるでアイツの涙のように感じてしまったのだった。