「バカ犬の太郎くんに首輪をつけたまま、一週間も放置してる間、周防さんは平気だったんですか?」
その言葉に、内心ムッとしてしまう。他人の口から、太郎をバカ呼ばわりされるのは、無条件にムカついてしまった。
「そりゃあ、気になったよ。でも俺が連絡して、学祭の作業の手を止めさせるのはイヤだったし、なにより声を聞いたら逢いたくなるし」
「そういいますけど、連絡手段は電話だけじゃないですよね。アプリのメッセージや、ほかの手段だってあるじゃないですか。太郎くんの時間ができたときに、返事をすることができるんですから、周防さんがそこまで気を遣わなくてもいいんじゃないでしょうか」
「わかってる……でもどんな連絡手段を使っても結局、逢いたさに拍車がかかってしまうのが、どうしてもイヤだったんだ」
本音を吐露したとき、歩が玄関で見せた、辛そうな表情を思い出してしまった。鼻の奥がツンとして泣きそうになったので、それを隠すべく両手で口元を押さえ込む。
「バカ犬の太郎くんには、そのこと言ったんですか?」
「……涼一くんの口から、太郎のことをバカ呼ばわりされると、不快感が増すんだけど。止めてくれないかな」
声を低くしながら睨みつけると、涼一くんはなぜか笑みを浮かべた。
「周防さんは太郎くんのことを、大事に想いすぎです。だから今回、すれ違ってしまったんですね」
「う~ん。タイトルをつけるなら、小児科医 周防武の恋わずらいって感じだろうな」
笑みを浮かべる涼一くんの隣で、同じようにほほ笑みながら、勝手なことを言った桃瀬。
「んもぅ、郁也さんまた、職業病を炸裂させるんだから! お医者さんをアピールさせるのに、それにしたんだろうけど、僕なら小児科医 周防武の不器用な恋物語にするけどね」
「あの……ふたりとも――」
なぜだか自分の恋に、勝手にタイトルを付けられてしまい、困惑するしかない。さっきの流れからどうして、こんなことになったのやら。
「ごめんなさい。周防さんがあまりにも、郁也さんと同じだったもので。やっぱ親友同士だからなのかな、不器用なところがそっくりですよ」
「え~っ俺、ここまで酷くないだろ。あんまりじゃね?」
「いいえ。類友です、ほぼ同じような状態。余計なことを考えずに、素直になればいいだけなのに。変に格好をつけるから、相手を深くキズつけちゃうんだ」
「涼一くん?」
意味がわからなくて首を傾げると、目の前で真剣な表情を浮かべる。
「太郎くんのワガママをあしらいながらも、最終的にはちゃんと叶えてあげているでしょ、周防さん」
「……最終的には、そうなるかな」
「じゃあ周防さんは、太郎くんにワガママを言ってますか?」
改めて聞かれ、うーんと考え込んでしまった。
「俺のワガママって、いったいなんだろう?」
「え――!?」
俺の言葉に、ピキンと固まる目の前のふたり。だって本当にわからなかった。
「アイツにも言われたんだけどさ、俺からなにか行動を起こしたことがなくてね。それが余計、寂しさを助長させちゃったんだろうなって」
「周防は太郎に、なにかして欲しいことはないのか?」
「そうだね。それを伝えることによって、周防さんの気持ちも、きっと伝わると思いますよ」
目の前のふたりが、とても仲よさそうに視線を合わせながら、アドバイスをしてくれたのだけど――。
「……昔飼っていた飼い犬の話で、同じだって言ったでしょ。落ち込んだり寂しくしているときに、擦り寄ってくるって。アイツ、無駄に聡いものだから、俺が言う前になんでもしてくれちゃうんだ」
額に手を当てて、深いため息をついた。言葉にしなくても伝わってしまうキモチは嬉しかったけど、正直なところ戸惑いもあった。なんでわかっちゃうんだろうって。
それって今までの交際の経験で、察知することができているんだろうなとか、色々考えたらつい、アイツが付き合ってきた過去の人間に対して、いらないヤキモチを妬いてしまった。
「太郎くんはすごいですね。もちろんしてもらったことには、お礼とか気持ちをきちんと伝えていますよね?」
明るい涼一くんの声を聞きながら苦笑して、力なく首を横に振った。
「なんでっ!? 太郎に色々してもらって、嬉しいだろおまえ」
桃瀬が、信じられないと声を荒げる。当然だな……。
「嬉しい反面、いらないことを考えちゃってさ。ホント、バカみたいだ」
――素直になるのがコワイ。優しくされるとその裏を考えて、くだらないことに、いちいちヤキモチを妬いてしまう自分。こんなに醜くてかわいげのない重たい俺が、いつか歩に嫌われてしまうんじゃないかと思うと、素直になれなかった。
「ねぇ周防さん。太郎くんと向き合って、彼が一番望むことって、見ていてわかりますか?」
「ああ、なんとなくだけどわかる……」
とにかくアイツは、スキンシップを望んでいるような気がする。
「じゃあ、まずはそれをしてあげること。ふたつ目は、ちょっとでもいいから、自分がそのときに思ったことを、口に出して伝えることですよ」
「……ちょっとでもいいから、口に出して伝える――」
「はい、そうなんです。これをよく郁也さんにも言ってるんですけど、口に出して言わないと伝わらないんですよ、そのときの気持ちって。意外と鮮度が命なんです、想いを伝えることは」
涼一くんは「ねっ、郁也さん」と小さく呟き、隣にいる桃瀬に念を押すように顔を覗き込んで、じと目をした。
「周防の気持ちが見えないから、太郎は不安になっているだけだ。あれこれ言わなくていい。短い言葉でも、結構伝わるもんだぜ」
桃瀬はわざわざ立ち上がって、俺の頭を手荒に撫でてくれる。なんだか、勇気を貰った気分だった。
そんな俺たちを見て、柔らかくほほ笑んだ涼一くんが口を開く。
「善は急げじゃないけど、今週末の学祭に行って、太郎くんの頑張ってる姿をしっかり見て、周防さんの気持ちを伝えたらいいんじゃないですか?」
「きっと周防が行ったら喜んで、ムダに頑張る姿が目に浮かぶけどな」
楽しげにほくそ笑むふたりに、しっかり頷いてみせた。
「そうだね。恋人として、しっかりアイツの姿を見てやらないと」
桃瀬と涼一くんから勇気をたくさん貰ったお蔭で、なんとか立ち上がることができそうだ。
「ちゃんと自分のキモチを伝えてくる――」
歩のために、素直なキモチを伝えようと決心したのだった。