話が幾分長くなったせいで、冷めてしまったコーヒー。喉を潤すべく口をつける。冷たくなってもコーヒーからは、甘いキャラメルの香りが漂っていた。
(――アイツ、今頃なにしているのかな)
キャラメルの香りを嗅いでしまうと、つい考えてしまう。風邪を引いていなければいいけど。なぁんて……。
俯きながらぎゅっと、持っていたカップを握りしめたら。
「周防って、結構かわいいんだな」
唐突に告げられたワケのわからない桃瀬の言葉に、眉根をぎゅっと寄せた。
(俺のどこら辺が、かわいいっていうんだ? 相変わらず、桃瀬はとぼけているな)
呆れた視線を飛ばしたとき、涼一くんが桃瀬の後頭部を、振りかぶって容赦なく叩く。
「困ってる周防さんの話から、萌えを感じちゃダメだよ! 職業病だってわかるけど、今は抑えなきゃ」
(あの桃瀬が教育されている。信じられない姿だ……)
「ごめんなさい、周防さん。郁也さんが無神経を発動しちゃって。あとでしっかり、注意をしておきますので」
「いや、大丈夫だから。ももちんの性格、わかっているしね」
「どうして、ふたりに責められなきゃならないんだ、くそっ!」
前にも、同じようなことあったよね。そのときも涼一くんとふたりで、桃瀬を懲らしめたんだった。
思い出したら、自然と口角が上がる。結構打ちのめされていたはずなのに、不思議だな。
「あの、周防さんにとって太郎くんは、どんな存在ですか?」
気持ちが浮上した俺に、首を傾げてほほ笑みながら、優しく訊ねてきた涼一くん。
「アイツの存在、か――」
「以前、三木編集長さんに言われたことがあるんです。郁也さんにとって僕は、一輪挿しの花のような存在だって。自分だけが特別に愛でることのできる、キレイな花だろうって、うまく表現してくれたんですよ」
「へぇ、ももちんの溺愛ぶりを、うまいこと言ったね、その人」
感心しながら涼一くんを見つめると、ちょっと照れた顔をして、桃瀬に視線を飛ばした。
「一輪挿しの花の僕がキレイに咲いていられるのは、郁也さんから愛情という名の水を、毎日かかさずに貰っているからなんです。花は水がなかったら、あっという間に枯れてしまいますから」
「……そうだね」
桃瀬にとって涼一くんは、花のような存在――俺にとって歩は、なにになるだろうか?
持っていたカップをテーブルに戻し、膝に頬杖をつきながら目をつぶって、歩のことを思い出してみる。
『タケシ先生ってば俺の話、ちゃんと聞いてる?』
いつも自分を見てほしくて、ギャーギャー煩くて、なにかしようと思ったタイミングで必ず話しかけたり、抱きしめてきたり――アイツの存在そのものが、面倒くさいヤツって感じなのかもしれないな。
「……小学生のとき、犬を飼っていたんだ。すごく賢い犬だったから、俺の様子をよく見ていてね。気分が落ち込んだり寂しそうにしてるときに限って、散歩で使う手綱を銜えて、わざわざ持ってくるの。気持ちが乗らないってときなのに、一緒に遊びに行こうって、頭をがしがし擦りつけてきて、かなり厄介でさ。その感じがどことなく、太郎に似ているかなって……」
ぽつぽつと言った感じで伝えていくと、桃瀬がう~んと唸る。
「太郎が犬、か。周防は飼い主っていうよりも、どちらかといえば、目の前にぶら下がった、エサにしか見えな――」
涼一くんが再び、桃瀬に無言で攻撃をした。もう構ってほしくて、こんなことをワザと言ってるようにしか、俺には見えないんだけど。
「郁也さんは少し、黙っていてくれないかな。周防さんは困って、僕らに相談に来ているんだよ。変なちゃちゃを入れないの!」
「でもよぅ、俺としては、事実を言ってるま――」
桃瀬が反論した途端に、目の前に拳を見せ、見事に黙らせた涼一くん。さっき言ってた、仲がいいほどケンカするって、このふたりのことなんじゃないかと思ってしまった。
「ごめんなさい、お話の途中だったのに。それで太郎くんが周防さんにとって、飼っていた犬に、よく似ているんでしたよね?」
「うん、じゃれついてくる感じとかソックリ」
大事に飼っていたその犬は十五年一緒にいて、老衰で亡くなってしまったけれど、まるで人間になって、戻ってきた錯覚さえある。
「太郎くんが飼い犬だとして、周防さんが飼い主でいつも一緒にいる関係で、かわいがっているんですよね?」
涼一くんの言葉に、思わず眉根を寄せてしまう。かわいがるというよりも、躾をしている感じに近いから。
「――あのさ……躾も、かわいがる一環になるかな?」
「躾ですか、そうですね。本人のためにしているのなら、そうなると思います」
躾にも限度があると、ブツブツ言ってる桃瀬を涼一くんはしっかり無視し、顎に手を当ててこちらを窺うように見つめる。
「アイツ、本当にバカ犬だから、なにも考えずに行動するんだよ。大学を休学して勉強が遅れてるっていうのにさ、注意しないとゲームばっかりするし、昼寝を堂々とするし。目が離せなくってね」
探るような涼一くんの視線に違和感を覚えて、ベラベラと言わなくてもいいことばかり、並べ立ててしまった。