目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

オカメちゃん②

 スケッチブックの絵を見ながら(つか酒の肴なのか!?)桃瀬と一緒にビールを呑んでいた。


「なぁ周防。どうして太郎が勉強頑張ってるか、理由分かったか?」


 俺よりも呑んでないのに既に出来上がった桃瀬が、意味深に笑いながら聞いてくる。


「さて、何だろうね」


 本当は分かっていた。この間床に置かれていた歩のカバンを誤って蹴飛ばしてしまい、中をぶちまけたら出てきたのだ。たくさんの看護学校のパンフレット。


 俺が知らないと思って気を利かせてくれた桃瀬の行為に、甘えてやろうと考えた。


 ビールの入ったグラスを片手に、耳を傾けてやる。


「太郎はお前のために、看護師になろうと決めたんだ。偉いよな」

「ちょっと待って。それって看護師になった太郎を、俺が雇ったらって話でしょ。アイツみたいに危ない人間は、悪いけど傍に置きたくないね。医療事故が起きたら困るから」


 安心して、仕事をしていられなくなる――


「またまたぁ。そんなこと言っちゃってよ。危ないから、傍に付きっきりでいちゃうっていう口だろ。病院内で、いちゃいちゃすんなよ」


 出たよ、桃瀬のツッコミ。いい加減にしてくれって感じ。


『タケシタケシッ、スキスキッ!』

 (・゜3゜)+:・;'.、ブッ!!


 突然喋ったオカメちゃんの言葉に、呑みこもうとしていたビールを少しだけ吹いてしまった。


「おいおい周防、鳥が喋っただけなのに、何やってんだ」


 傍にあったおしぼりを使って、手早く片付けてくれる桃瀬。しょうがないだろ、だってイントネーションが、まんま太郎なんだから。


「もしかして逢えない時間、周防が寂しくならないように、太郎が気を利かせて、コイツを置いていったのかもな」

「……まさか」

「だってアイツの家、お手伝いさんが何人もいるって聞いてるぞ。世話くらい、任せられるだろ」


 ――歩、そうなのか? そうだとしたら嬉しいのだけれど……


「お手伝いさんに言ってる言葉、聞かせたくないだけでしょ」


 口ではそんなことを言っちゃったけど、それでも俺は、すごく嬉しかったんだ。


 ――今頃アイツは、何をしているんだろう。


 心の中でじわりと伝わってきた歩の想いに、目を伏せながらじっくりと噛みしめていると、突然立ち上がった桃瀬。


「なーんか周防のその顔見てたら、涼一に逢いたくなった。帰るな」

「そうかい。変な顔して悪かったね」

「いいや、幸せそうな顔してたぞ。オカメちゃんもいることだし、寂しくはないな、うん」


 桃瀬のセリフにふと我に返る。ちょっと前にメールで連休の過ごし方を聞かれ、ひとりきりでやりたいことをするさって返信していたんだ。


 寂しく過ごしているだろうと、わざわざ顔を出してくれたのか――


「ももちん、ありがとね。俺は幸せものだよ」


 優しい恋人や親友に恵まれて、本当に幸せものだ。


「そっか、それはよかった。じゃあな、太郎にヨロシク」


 酔っ払った状態でちょっとだけふらふらしながら、手を振って帰っていく。


 玄関で桃瀬を見送っていたら、誰もいなくなったリビングから、オカメちゃんの呼ぶ声が聞こえてきた。


「はいはい、今すぐに行きますよ。言葉の矯正、ちゃんとやらないとね」


 肩をすくめて、階段をゆっくりとした足取りで上り、リビングに入る。ひとりきりじゃない空間に安心して、寂しさを紛らわす作業だったオカメちゃんの矯正を楽しくすることが出来た。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?