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伝えたい想い~一緒に島へ~(周防目線)

 小学校の校門を通ったら、親父たちは既にグラウンドにスタンバイしていた。不安げにしている歩の顔が、一番最初に目に留まる。


 あんな表情をしているということは、何かヘマやらかして、親父にこっぴどく叱られたんじゃないだろうか――


 そんなことを考えながら、彼らの前に辿り着いた。


「武っ」


 第一声、何て声をかけようか考えあぐねていたら、向こうから、大きな声でかけられてしまい、うっと言葉を飲み込むしかない。


(ああ、何から話そうか――とりあえず見たまま、言葉にしてみようっと)


「あ、その……いろいろ用意してくれてありがと。氷嚢とか、すっごく助かるわ」

「低体温療法だと聞いたからな、当然だろ。容態はどうなんだ?」


 用意されたストレッチャーに患者を乗せたら、反対側から手を出してきて、氷嚢を冷やしたいポイントに、てきぱき置いてくれた。


 負けじと俺も、反対側の体を冷やしてやる。


「意識レベルが300ってトコ。心肺蘇生法で心拍も再開して、呼吸は水を吐き出したあと、咳き込んでくれたお陰で再開したんだ」

「ということは、あまり水を飲んでいないな?」

「ああ、水に浸かって早々意識を失ったみたい。だから目を覚まさないんだと思う」

「井上さん、康弘はどんな状況だったんだね?」


 最後の氷嚢を当て終え、離れた所にいる彼に問い質した親父。井上さんの傍にはいつの間にか千秋くんやお母さんがいて、心配そうな表情を浮かべ、俺たちを眺めていた。


「俺が岩穴の中に入ったら、水の底に浮かんでいて。潜ってみたら、左足が岩に挟まってました。こう、両手を挙げて昆布みたいに漂って、プカプカしている状態というか」


 言いながら両手を挙げて体を揺らし、見たままを表現してくれた姿に苦笑してしまった。


 肺が浮き袋になったから、その場に浮いていたみたいだな。本来なら流されるところだったのに、足が岩に挟まっていたお陰で留まることができたんだ。


 目の前にいる親父を見たら、同じことを考えていたのだろう。分かったような表情を浮かべ、何度か頷く。


「なるほどね。だから水を飲んでいなかったんだ。納得……それよりもヘリは、あとどれくらいで来る?」

「もう間もなく到着だ。お前、乗っていくんだって?」


 腕時計を見た視線をすっと遠くに飛ばした。視線の先にいたのは、ちょっと怯えた顔した歩。


 さっきから何で、あんな顔をしているんだ?


「……悪いけど一晩アイツ頼むわ。躾はしてあるけど、駄目なトコは叱ってやって。だけど――」

「何だね?」


 大事なやつを、冷淡な親のところに置いていく。だからこそ頼まなければ。


「歩をぞんざいに扱ってほしくない。悪いのは俺なんだから、全部……」

「タケシ先生――」


 俺の台詞に、歩は泣き出しそうな声を出した。


 バラバラバラバラ……これからっていうときに、遠くからやって来るヘリの音が聞こえてくる。


「親父、さっきのことさ……」


 ヘリが到着する前に、きちんと伝えなければ。歩と約束したんだ、口に出して伝えないと――


「さっきのこと?」


 今更なんだというしかめっ面をしてくれたが、そんなの気にしてる場合じゃない。


「ああ……フェリーから降りた途端に、俺はとんでもないこと言ったなって。礼儀がなっていなかった、反省してる。だけど分かってほしかったんだ。大好きな親父に、理解してほしかったから。愛する人のことを……」


 言い切ったときにはヘリは砂煙を巻き上げ、グラウンドに到着し、音を立ててハッチが開いた。


「お待たせしました、患者の容態は?」


 中からの声に、親父とふたりでストレッチャーを押しながら、てきぱきと答えてやる。


「呼吸脈拍ともに正常ですが、意識が戻りません。私、周防小児科医院院長の周防武です。千秋くん、カバン!」


 搬送を親父とヘリの人に任せて、千秋くんに手を差し出した。


「あっ、すみませんっ!」


 慌てながらも頑張ってくださいと、千秋くんはひとこと付け加えて、カバンを手渡してくれる。


 その後、男のコのお母さんが乗り込み、井上さんと千秋くんがそれぞれ声をかけた。それを見計らってから、ヘリに乗り込もうとしたら、背中をグイッと掴んでくるヤツがいて――


「なんで俺を引き止めようとしてんだ、バカ犬が」


 急がなきゃならないってときに、なにをしでかしてくれるのやら。


「あっ、あのぅ……ちょっとだけ、お耳に入れたいことがありまして」

「早く言えって!」


 イライラしながら言い放つと、おどおどした顔でそっと告げられる。


「タケシ先生俺さ、お父さんに……タケシ先生をくださいって言っちゃった」


 それを聞いた瞬間、いつもの倍の力を使って歩の頭を殴った。


「おまっ、バッカじゃないの!」


 親父ってば歩からそんなことを聞かされたから、逢ったときよりも機嫌が悪くなっていたのか。納得した……んもぅ、恥ずかしくて、どうにかなりそうなんだけど。


 頬の熱を感じながら、勢いよく自分でハッチを閉めてしまった。


 その後、歩がどうなったのかは知らない。俺は目の前の患者さんに対して、一生懸命に仕事をしたから。落ち着いたら電話でもしてやろう。


 とんでもないことを口走ってくれたのを、まずはきちんと叱って、それからよく言えたねって褒めてやりたいと思う。

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