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進撃(いや喜劇…いやいや悲劇!?)の学会4

 300人ほどの人数が余裕で集まれそうな、大広間で行われた学会会場。金屏風に丸テーブルがあったなら、まんま結婚式会場だなと内心苦笑しながら、暗闇の中で説明されるモニターの画面に見入った。


 俺としては真面目に勉強したい一心でここに来ているというのに、隣にいる御堂先輩がやたらとちょっかい出してくるのが、すっごくウザい!


 教授に招かれたとはいえ本来なら入れない身分だったので、末席の壁際の席に座っていた。


 逃げ場のないそこを狙い澄まして、容赦なく体に触れてくる。この行為に対して、平手打ちや回し蹴りなどお見舞いしたいところだが、静かに勉強をする場なのでそんなことができなかった。


 歩がこの場にいないのと反撃ができないのをいいことに、それを逆手を取るなんて――


「御堂先輩、いい加減にしてください。医者として、真面目に勉強しに来てるんでしょう?」


 声をできるだけ押し殺しつつ、腰を撫で擦っている手の甲を強く抓って持ち上げてやった。


「真面目だよ。周防の感じる部分を探すのに、必死になってる」


 何を言ってるんだという顔をして、にっこり微笑みかけてきた。呆れて摘まんでいた手を離すと、笑いながら抓られた手の甲を擦っている姿からは、まったく反省の色が見えない。


「研修医のときよりも色気が増して綺麗になったのは、自分よりもうんと年下の恋人がいるからだってわかったんだけどさ。たまには経験豊富な年上と経験してみるのも、オツなものだと思うんだ」

「すみませーん。アイツの相手をするので手が空きません」

「手じゃなくてここだろ」


 俺がモニターにガン見しているのをいいことに、躊躇なくお尻に触れた。迷うことなくその手を、ぎゅっと握りしめてやる。さっきからこういうやり取りばかりで、勉強に集中できやしない。


 御堂先輩には悪いけど、黙ったままではいられない。この場に誘ってくれた教授や歩に、顔向けできなくなってしまうからね。反撃させてもらいますよ。


 さっき握りしめた手を使い、勢いよく挙手してやった。


「なっ!?」

「すみませーん。今のところについて、彼から質問があるそうですっ」


 元気ハツラツと言わんばかりに声を張り上げたら、掴んでいる手を素早く引き抜き、やられたと小さく呟いた御堂先輩。


 俺の顔を恨めしげに睨みながら立ち上がると、頭を掻きながら口を開く。


「えっとですね、限られた時間を使うのはもったいないので、後ほど質問をまとめてから個人的にお伺いいたします。すみませんでした……」


 周囲に頭をへこへこ下げ、体を小さくしながら着席した姿を横目で捉えた。


「……周防てめぇ、やってくれたのな」

「先に手を出してきたのは、どこのどなたでしょうか」

「チッ、無駄に年食った分、可愛くねぇ態度しやがって」


(お互い同じだけ年を取っているというのに、相変わらず子供みたいな態度をしているよ――)


 演説している先生の有り難い言葉をところどころメモしながら、隣からの逆襲に備えた。やられたらやり返してくるだろうと睨んでいたのに、ぶーたれた顔をキープして頬杖をついたまま前を見据える。


 しばらくそのままの状態でいてくれたので、安心して演説に集中できたのは幸いだった。自分の知らない最新医学にこうして触れられる機会に感謝しながら、目の前で繰り広げられる情報にしっかりと耳を傾ける。


「なぁ周防。お前、これからどうするんだ?」

「あ?」


 集中していたせいで話しかけられた言葉の意味がわからず、呆けた返事をしてしまった。


「王領寺くんとの交際についてだよ。個人的に気になってさ」

「そんなの……御堂先輩には関係ないと思いますけど」


 人の恋路に、先輩ヅラして首を突っ込んでこないでほしい――


「確かに関係ないけどさ。どうしても気になるんだ。一応俺、お前に本気だったワケだから」


 下半身に節操のない、御堂先輩の言葉を信じられるはずがないだろうよ。この俺のどこに、本気になる要素があるんだろ。


「御堂先輩が研修医時代の俺の体に触りながら、夜の誘いをかけていた過去があるからこそ、本気という言葉に信用を覚えません」


 冷たく言い放ち、じと目で顔を見つめてやった。


「まぁな。周防の魅力に負けて触れてしまったことは、悪いと思ってる」


(本当かよ、それ――。ニコニコしながら告げられても、信ぴょう性がゼロだぞ)


「だけど思い出してみてほしいんだ。ふたりきりの空間でも、触れる以上のことをしなかっただろ? 無理やり襲うことが可能だったのにだ」

「……確かに」

「ただでさえ嫌われてるのに、それ以上のことをしてもっと嫌われるのが怖かったんだよ。俺としてはギリギリのラインで、周防に迫っていたんだぜ」


 切なげな顔した御堂先輩の台詞で、歩のことが被ってしまった。


『だってさタケシ先生、俺のこと嫌ってるじゃん。イヤなことしてそれ以上嫌われたくないし、それに体だけの関係なんて虚しいだけだしさ。俺としては、タケシ先生の全部が欲しいって思ってる』


 そう告げられたことがあるから、嫌というほど御堂先輩の気持ちがわかって困惑するしかなく――右手に持っていたペンを、静かにその場に置く。そのまま御堂先輩の顔を見ているのがつらくなり、慌てて視線を逸らした。


「あ~……。困らせるつもりはなかったのに。いや実際、困らせるようなセクハラまがいのことを思いっきりしたけどさ」

「…………」

「つまみ食いが趣味の俺を本気にした綺麗な後輩が、年の離れた奴と恋愛しているのを知って、興味をそそられないワケがないだろ?」

「俺が、簡単に口を割ると思いますか?」


 鼻で笑いながら言い放ってやると、膝の上にある拳にそっと手を被せてきた。


「次回ある学会の一席を、俺の顔を使ってリザーブしておくっていうのはどう?」


 勉強熱心な俺の性格を知ってる御堂先輩の誘い文句は、予想通りだった。下半身ネタで問題を起こし、全国の病院を転々としているからこそできる技でしょうね。


「弱みを握られたくない相手に、自分のことを喋るなんて馬鹿なことをしません。あしからず!」


 小さな声だったが、はっきりとお断りを口にしてやった。ついでに被せられている御堂先輩の手を力いっぱいにぎゅっと握り潰してから、ポイっと放り投げる。


「昔よりもつれない態度しやがって。でもそこが、周防の魅力なんだけどさ」

「いい加減にしてください。せっかくここで勉強ができるのに、くだらない話に付き合わせないでくださいよ」

「ごめんごめん。思う存分に勉強に集中してくれ」


 さっきまでのしつこさとは一転して、あっさりと引き下がった御堂先輩の態度に違和感を拭えなかったが、目の前で展開されている最新医学を優先した。


 御堂先輩が口を割らなかった俺から歩にターゲットを絞ったことに、このときはまったく気がつかなかったのである。

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