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第28話 二人きりにしてやれない

 保健室へ向かう成海さんを見送った後、俺は女子二人と教室に向かっていた。

 大雅がいないのは、成海さんの付き添いだから。野島たちが一緒に行けと騒いだんだ。


 表情には出さないようにしていたみたいだけど、大雅のやつ、まんざらでもなさそうだったな。


「あの二人、いい感じね。気持ちが無くなると応援したくなっちゃう」

「だね。ねぇ、孝也もそう思うっしょ⁉」


 俺は内心、不安だった。こうやって野島たちに転がされて、そのまま成海さんと大雅の距離が縮まってしまいそうで。


「……腹減った。先、戻ってる」


 このまま大雅が来るまで、こいつらと仲良く飯食うとか、まじ有り得ない。二人の思惑通りに、足並み揃えて歩きたくないと思った。

 俺はポケットに手を突っ込み、二人を追い越した。


「今、保健室に誰もいないよ」

「え……?」


 足を止めて振り向くと、野島が文句ありげに真辺さんへ顔を近付けたところだった。表情を歪める野島に対しても、真辺さんは臆せずしれっとしていた。

 どうして真辺さんがそれを教えてくれたのか、俺は理解出来ないで混乱した。だけど。


「さんきゅ……!」


 いつものように、どもり気味に「はぁ?」とは返さなかった。

 野島だって流石にまた、成海さんを省いたりはしないだろうから。

 それに、もしもの時は俺が出る。守ってみせる!


 俺は前を向き直し、思いっきり床を蹴った。


 誤魔化す必要なんかない。

 だって、もうわかっているんだ。ここにいる三人は、わかっているのだから。

 必要があるのは、成海さんと大雅の前だけ……!


 途中、何人かの男子や女子、先生に声を掛けられながらも、熱くなる胸に引っ張られていくように、俺は好タイムで教室へと辿り着いた。


 しかし教室へ入るなり、数人の女子に囲まれる。

 俺は笑顔を作り、「まだ飯食ってないから」と誤魔化しながら女子の間を抜けた。

 そしてすぐ、机の脇にあるフックにかけた鞄から弁当を出す。大雅の弁当も取り出そうと、後ろの席の鞄に手を伸ばしたが、そのタイミングで声を掛けられた。けど俺は振り向かずに、手を動かしながら対応する。


 どうやら大雅にモテ期が到来したらしい。

 授業中のあの一件で、近寄りがたい大雅のイメージが払拭されたんだと。

 そんな感じに女子たちは、また色々勘違いして騒いでいた。


 いくらスカしてようが、大雅にだって恥ずかしいもんはあるし、だからって女子たちが騒いでいるように、中身が可愛いとかってわけでもねぇ。

 綺麗な顔して黙ってるから誤解されるが、大雅は至って普通。

 みんなと一緒で頭の中は好きな子でいっぱいだし、優しくて照れ屋な、すげぇいいやつなんだ。


「きゃー、わかるぅ~」


 うるせ~。けど、好きにやってくれ。ただ二人にだけは、絶対に迷惑掛けんなよ?


 俺はもう一度、ハイになっている女子グループの間を抜ける。「まだ食ってないのかよ」って男子何人かのツッコミには、首を掻いて流して教室を出た。


 廊下へ出たところで、野島と鉢合わせた。

 その手には成海さんの弁当。俺が大雅とだけ昼飯をするっていう暗黙の前提があるお陰で、こうして対面しても、野島はいつものようにしつこく食い下がっては来なかった。

 まぁ、肩で息をしていたのは鼻に付いたけど。


 何か言いたげな野島を残して俺は走った。

 少し行った先で真辺さんに会う。無表情で歩いていて、内心ぎょっとした。

 何を考えているのか想像が出来ない。食えないやつだと思ったけど、情報を貰ったんだから、そこは感謝しながら横切る。


 だいぶ時間をロスしてしまった。

 屋上も冬だし、廊下も相変わらずくそ寒い。なのに変な汗が流れて止まらない。

 走っている所為ではないことくらい、自分で理解していたし、この気持ちもわかっている。

 あの時、気付いてしまったのだから。


 先生不在の保健室。別に何が起きたとか確定ではない。

 ただ俺の気持ちが、二人の元へと足を運ばせる。走らせている。


 そして、さっき二人と別れた階段の場所まで来た俺は、自分の分の弁当を脇に抱える。

 一階目指してダッシュ。なるべく最短で行けるように、手すりを持ちながら、階段を三段抜かしで駆け下りた。


 人とぶつかりそうになるのが、うぜえ。

 だけど、ネクタイが三年色だろうが一年色だろうが、すみませんの一言で乗り切った。通行の譲り合いに苦戦しながらも、なんとか下り終える。


 心臓が色んな音を出す。だけど構ってなどいられない。

 廊下に出ると、人だかりに遭遇する。

 きっと時間がいい具合で、そろそろ教室へ戻るマンだらけなんだろう。逆流する俺は、すみませんを連呼。女子に声を掛けられても、「弁当食うんで」と作り笑いでしのいだ。


 明らかに急いでるのに、声掛けんなって。も~まじ頼む、退いて退いて……っ!


 急げ急げと、気持ちばかりが焦る。

 焦るとまた声が掛かり、おまけに囲まれる。俺は甘い言葉と共に、猛獣系女子に体を押し付けられそうになるが、フィジカルとテクニカルを駆使して上手くかわす。野島との連戦のお陰で、パフォーマンスが優れてきたのだろう。


 俺そういうの、まじで勘弁。まじ無理っす。


 雪崩れ込む女子に、「腹減っちゃうんで」と言いながら振り切ると、一瞬出来た道。それを俺は見逃さなかった。

 迷うことなく飛び込めば、やっとクリアな視界が広がる。そして――。


 あとは、この廊下を走り抜けるだけだっ!


 俺の目がやっと目的地である保健室を捉えることが出来た。俺は脇に抱えた弁当を、手に持ち替える。ラストスパート。駆け足で向かう。


 えっと、上手い具合に笑って、「弁当持ってきた」って言う。これで保健室の中に入る。

 よし、オッケっ。急げ急げ。


 大雅、悪いっ。二人きりにさせてやれなくて。

 俺も……俺だって、成海さんが好きなんだ‼

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