左肩の上でスポンジを動かすと、空気を含んだ白い泡が首元の方まで膨らんだ。
俺は眉間に皺を寄せながら体を洗い、成海さんを家に送るまでの出来事を思い返していた。
最寄り駅の北谷高校前に着き、二人で電車を降りた時のこと――。
俺たちは改札口を抜けるため、ホームから上りエスカレーターに向かった。
成海さんを人混みから守りつつ、俺は進んだ。エスカレーターには、先に成海さんが乗ってもらえるように、歩くスピードを調節して。
そんなことをしたのは、なんとなく俺が前に立つのは気が引けるって言うか、気持ちを押し付けた分際として、リードを気取るのは違うと思ったのが理由だった。
それでエスカレーターに乗る手前で、俺は一歩下がる。成海さんを無事、前に送れた。けど、昇るただそれだけの時間にも、気まずさを覚えた俺は、後ろから声を掛けたんだ。
意識したわけじゃないけど、結果的に耳元。そうしたら、成海さんが肩を揺らした。きっと怖がらせたんだろうな。だからエスカレーターを降りたその後からは、間隔を空けて並んで帰ることにした。
大雅の顔がチラつこうが、道行く
住宅街へ入ると、等間隔に設けられた頼りない灯りだけになる。星の瞬きで、ライトアップされる夜空は、俺をささやかに癒した。
「家まで送ってくれてありがとう……」
「全然! 今日は楽しかったよっ。あのさ、成海さん。もし良かったらまた――……」
妙なテンションで、変にヘラついた笑顔で、焦って
「お姉ーちゃん、遅っせー。相変わらず、とろいねー」
「勇介?」
中から姿を現したのは、勝ち誇った様子で胸を張る勇介くんと、遠慮がちに顔を出す成海さんのお母さん。俺が会釈をすると、やっぱりどこか成海さんを彷彿とさせる、優しい微笑みを返してくれた。
話によると、勇介くんたちは夕食のこともあり、タクシーを使って帰ってきたらしい。家の窓から漏れていたオレンジ色の明かりは、消し忘れたわけではなかったんだなと、そこで知った。
「見てよ、お姉ちゃん!」
「どうしたの? そのボール」
成海さんは、勇介くんに体を向け、俺に背を見せた。
勇介くんは脇にサッカーボールを抱え、初めて会った時と全く同じスタイルだ。でもそのボールは、お世辞にも綺麗には見えない。使い古した風貌の、別のものだった。しかも白と黒のオーソドックスなデザイン。クラシックタイプって言うのか。けど俺がいた位置からでも、よく磨かれているようだったのは見て取れて、なんて言うか、持ち主の愛情みたいなのを感じた。
勇介くんは口を大きく開けて息を吸い込むと、
「お兄ーちゃんに貰った!」
そう嬉しそうに言い放った。
なのに、俺は……。そんな勇介くんの、夜空の星よりも明るい表情を、喜んであげられなかったんだ。
「ちょっとだけだけど、僕っ。プリンスレンジャーとサッカーしたんだよ!」
興奮気味の勇介くんの言葉に、成海さんは面白いくらいに反応をしていた。
後ろ姿だったし、最初こそ動揺していたみたいだったけど、すっげぇ感動しているのは一目瞭然だった。
「じゃあ、また……」
ピンっと伸びたその背中に、俺は届くかわかんないくらいの、小さな声を掛けた。それでも成海さんなら、振り返ってくれたと思うんだ。でも俺は、成海さんの顔を見ずに、家の前に置かせてもらったチャリに跨った。
でさ、まさかのまさか。勇介くんが、「一緒にご飯食べようよ」って言ってくれて。もちろん二つ返事をしたかったけど、出来なかった。本当まじで惹かれたんだけど、成海さんは静かなままだしさ。流石に無理だろって思って……。
だから俺は諦めて、手を振って、チャリ漕いで帰ってきたんだ。