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第6話 幽霊画家



 地縛霊の正体は、150年ほど前に孤独死した男の霊で、お彼岸参りに真理愛が訪れた墓地には、その男の元奥さんが埋葬されていたそうだ。


 離婚後、身寄りのなかった男は、なぜか自分が死んだときは、元奥さんとおなじ墓に入れると思い込んでいたらしい。


「地縛霊の訴えによると、なんでも生前、まだ奥さんと仲が良かったときに『死んでもずっといっしょだよ』と約束したから、というのが理由だそうです」


 当たり前だが、離婚後にそんな口約束が適用されるはずはなく、身寄りのなかった男は、地域の合葬墓がっそうぼに不特定多数の遺骨といっしょに納骨されることになる。


 しかし、それに納得できない男の霊は怒り狂い、荒ぶった御魂は成仏することなく、元奥さんの墓がある墓地で地縛霊になったのだという。


 それから百年以上の年月を経た今年の彼岸。


 元奥さんの面影がある真理愛が墓地に現れ、


『あれは……俺の妻……鞠子まりこだ……そうだ、そうだ』


 フラフラと憑いてきた──ということだった。


 端的にいわれても、詳しく説明されても、まったく理解できない呆れた理由に、地縛霊に憑かれた当事者・真理愛は憤る。


「いまの話を聞いても、ひとつも共感できないんだけど。そんな思い込みの激しい男はダメでしょ。しかも、別れた奥さんに似ているっていわれてもさ、一世紀半も昔の人なんでしょ。わたし、仕事のときもメイクの流行りは押さえているし、出かけるときはそれこそ最旬メイクで手抜かりなし。百年前のメイクがどれほか知らないけど、さすがに似てないと思う」


 たしかに。高校のときから知っているけど、寿々からみても真理愛のメイクやファッションは、そのときどきのトレンドをしっかり押さえている。


「まあ、でもさ、メイクやファッションの流行は繰り返すっていうから、真理愛のお墓参りメイクが、元奥さんの面影を思い出させたんじゃないの」


「ちょっと! 墓参りメイクってなによ!」


 聞き捨てならないと、睫毛パーマを毎月かけている真理愛の目が吊り上がった。


「そもそも、いつの時代なの? 幕末? 明治? ありえないから。リキッドファンデーションもない白粉時代に、最旬スモーキー・ナチュラル・ふんわり陰影メイク女子がいる? 明治どころか大正にだっていないって!」


 全否定したうえで、ちょっと視線を斜め上にあげて、


「まあ、その当時の海外のポートレートなら……なくはないか」


 往年のハリウッド女優をきどった。


 しかしそこで左近之丞から、「ポートレートではないんですが」と、強制成仏させられた地縛霊の生前の職業が明かされた。


「じつは、雅号を猥山わいざんという、まあまあ有名な幽霊画家だったようで」


猥山わいざん? 幽霊画家?」


 なんとも色々な想像をしてしまう雅号ではあるけれど、寿々の脳裏には昨夜、居酒屋『幽々自適』で、店主の幽霊画コレクションを見上げて、


「わたし、今週ずっと、あんな顔をしていたんだよ」


 しだれ柳の下に立つ、ちょっと綺麗系の幽霊画を指差していた真理愛が浮かんでいた。


 携帯電話をだした左近之丞が、「あ、これですね……たしかに、少し似ているかも」と検索をかけて見せてくれたのは——まぎれもなく、居酒屋の天井でみたあの幽霊画だった。


「このモデル、猥山わいざんの元奥さんらしいです」


 なんともいえない空気が、ダイニングに漂った。


 そのあとすぐ、真理愛は宣言した。


「わたし、スモーキー・ナチュラル・ふんわり陰影メイクは封印する。明日からは目尻跳ね上げライン・魅惑のオトナ系・小悪魔風メイクにする。ハロウインだしね。そのあとはロマンチックなキラキラ・クリスマス仕様にしようと思う」


「それは真理愛の好きにすればいいけど。今度からは体調が悪くなったり、変なことがつづいたりしたときは、すぐに禮子さんに相談しなよ。真理愛って案外、憑かれやすいタイプなのかもよ」


 そういって脅すと、真理愛は形代かたしろを「御守がわりにしたい」といい、そういうことであればと、左近之丞がまた和紙をだしてチョキチョキ。


 短冊状に切り終わると、上着の胸ポケットから筆ペンを取り出して、サラサラ、サラサラ。


「魔除けの護符です。これさえあれば、百鬼夜行をも退けることができるでしょう。そして万が一にも、不浄の存在が侵入したり、真理愛さんに近づいたりしときは、すぐに僕に伝わるように念を込めましたので、ご安心ください。この護符、本来であれば有料オプションですが、寿々さんの親友である真理愛さんから料金をいただくわけには参りませんからね。さあ、どうぞ」


 複雑な紋様が描かれた御札が、禮子ばりの霊能者から真理愛へと渡った。


 いったいそれは、一枚いくらなんだと思わなくもないが、禮子が顧客に授ける護符の驚愕の価格を知っている寿々だけに、恐ろしくて訊けない。


 玉輿神社の玉依姫を崇拝する真理愛とて、何も知らないはずはないのだけれど、そこは遠慮の欠片もなく、


「キタミン、ありがとう!」


 除霊をしてもらい、護符までもらって、それまでの「ヤバイ奴」から一気に「太っ腹のイイ奴」へと、高評価に転じた。


 そして、真理愛なりの御礼なのか、


「親友のわたしからみて、寿々とキタミンって、けっこうお似合いだと思うな。影ながら応援するからね。何かあったら、またよろしく」


 あっさりと掌返しをして、左近之丞側についた。






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