目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第6話 痛いの、痛いの、飛んでいけ~



 高原駅から電車に乗り、実家のある上高砂町へ。


 車内は閑散としていた。


 静かなせいか、いつもより振動が大きく感じられる車両に揺られながら、どこかポ~ッとなっているの伊勢崎に、「いまから行くのはね」と寿々。


「叶絵から聞いたことがあるかもしれないけれど、わたしの実家は上高砂町にあって、玉輿神社の参道になっている鶴亀商店街の並びにある商店なの」


「玉輿神社は知っています。縁結びで有名ですよね。前から一度、行ってみたいと思っていました」


「そうなんだ。神社は高台にあって、石段を登るのが少し大変だけど、朱色の鳥居とか拝殿がすごく素敵だよ。ピンク色の『恋々みくじ』が人気で、大吉だけはハート型でかわいいの。残念ながら、わたしは一度も引いたことがないんだけど……叶絵なんて、通算五回も引いているのに」


「それは、それは……」


 伊勢崎から憐れんだ目を向けられたところで話を戻す。


「それで、さっき言った鶴亀商店街にあるわたしの実家は『ほうらい屋』っていうんだけど、いまから行くのは、そのとなりのお店。そこの店主は、玉輿神社の元巫女で、その……色々と視えるのよ。いわゆる、霊が」


「霊?」


 伊勢崎は当然のように訊き返してきた。


 まあ、そうだよね、と寿々は思う。霊なんていうとオカルト的で、たいていの人は及び腰になって警戒するものだ。


 でも、ここで難色を示されたら、これからも伊勢崎は苦しみつづけることになる。ここは先輩風を吹かせまくってでも、禮子の前まで引っ張っていこうと思っていた寿々だが、幸いなことにそんな心配はいらなかった。


 霊的な存在に対して、伊勢崎はわりと肯定的だった。


「へえ、すごいですね。霊が視えるのか。やっぱり、俺の症状って、そっち系ですかね? いくら病院で検査しても【異常なし】ばっかりで……まったく原因がわからないから、ありえないとは思っていても、自分でもそっちの可能性を考えたこともあったんですよ。俺、前世で食べ物を粗末にしたかなあとか、罰当たり的なことをあれこれ。あっ、もしかして寿々先輩も、霊が視えたりする人ですか?」


「わたしは何も視えない人。だから、視える人に視てもらった方がいいと思って。禮子さん――今から会いにいく霊能者の人なんだけど、本当に凄いから。祓いが必要になったときの価格交渉は任せてね。わたし、禮子さんのお気に入りだから」


「お気に入り? お隣さんだからですか?」


 話をしている伊勢崎の表情は普通だけれど、先週の火曜日の朝、寿々が触れた日からみれば、少しばかり顔色は悪いように感じる。


 病み上がり、というだけではない。きっとまた我慢をしているのだろうな、と思った寿々は、


「頭、ちょっと触るね」


 伊勢崎に断ってから、手を伸ばした。


 濃い茶色の前髪にそっと触れて「痛いの、痛いの、飛んでいけ~」とやる。


 これも寿々がすると、一種のまじないだと禮子はいっていた。頭につづいて両肩を手で払ってから「こっちも飛んでいけ~」とやって、最後にパンパンッ! 閑散とした車内に柏手が響いた。


「どう?」


「どうも……こうも」


 オレンジ色をした伊勢崎の瞳が、観念したように閉じられて、またすぐ開かれた。


「これはもう魔法ですよ。もう、どこへでも連れてけ~~~って感じですね」


「楽になったでしょう。わたしが禮子さんに気に入られている理由はこれ。霊視はできないんだけど、霊を寄せ付けないっていうか、弾き飛ばせるみたいなの。禮子さんがいうには、強い霊能者ほど不浄なものが溜まりやすいらしくて、それがわたしに会うと近くを浮遊している霊もパーッと散って、浄化もされるから、定期的に会いたくなるらしいよ」


 そこから寿々は少し前に、伊勢崎と同じように霊に憑かれ、身体の不調、とくに肩の重さや倦怠感、食欲不振に陥っていた友人の話をした。


「そのときもね。わたしといっしょにいると食欲が戻ったり、さっきみたいに柏手を打つと倦怠感がなくなったりしたんだよ。だから、伊勢崎くんがわたしといると急に大食いになったり、頭痛や腰痛が治ったりしたのをみて、もしかして霊の影響があるのかな、と思って」


 ここで伊勢崎は、「そういうことか」と納得顔になった。


「いや、俺も不思議だったんですよ。寿々先輩に会うたびに、1週間くらいは味覚が戻るんですけど、そのあとはまたいつもどおり……っていう繰り返しで」


「効果切れ、ってやつだね。霊は鳩と似て、元いた場所への執着が強いから、離されても何度でも戻ろうとする帰巣本能があるんだって。だから、追い払ってもまた伊勢崎くんに憑いてしまう。そうなると根本を祓わないといけないんだけど……」


 まじまじと伊勢崎をみた寿々が首をかしげる。


「なんですか?」


「やっぱり、伊勢崎くんからは感じないんだよね。霊が纏わり憑いていたようなイヤな気配というか。それが不思議」


 たとえ一時的に離れたとしても、寿々は霊特有の不快な『なごり』のような気配は感じ取れるはずだった。


「それじゃあ、俺には何も憑いてないってことですか?」


「それを今からたしかめてもらうのよ。はい、ここで降りるよ」


 高砂駅で降りたふたりは、そこから南に向かって歩いていく。


 駅から玉輿神社に向かう参道には、毎年恒例のお祭りが近いせいか、たくさんの提灯が飾り付けられていた。


 例年、11月最終週の土曜日に開催される『秋の御縁むすび大祭』は、玉輿神社に祀られている縁結びの神様に由来している。


 今年は第5週の土曜日が大祭日で、祭りの準備も着々とすすんでいるのだろう。


「恋の縁結びはもちろんだけど、仕事の御縁や疎遠になっていた人との縁をまた結びたい人とか、祈願にやってくる人はいろいろ。とにかくお祭り当日は、この参道も大賑わいになるのよ。境内にはたくさん屋台もでるしね」


「楽しそうだな」


「わたしも毎年、御茶を淹れたり、お菓子を配ったりするお手伝いをしているから、伊勢崎くんも顔をだしてよ。楽しいよ」


「それなら俺も、手伝わせてもらおうかな。そうか……再来週なら、地域貢献活動費の申請がギリギリ間に合いそうだから、会社から飲料水とか提供してもらえるんじゃないですか? 玉輿神社なら会社もダメとは言わないと思います」


 はたと、寿々は歩みを止めた。伊勢崎に言われて気づいた。どうしてこれまで、そこに考えが至らなかったのだろうか。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?