「伊勢崎くん、やっぱりキミは冴えているよ。ねえ、その申請書、わたしが作成するから連名で提出してもいい? 今まで身内みたいなものだったから灯台下暗し。商売しようと思っていなかったよ。ああ、数年分損した気分」
もう今年は無理かもしれないけれど、会社として関わり合うことで、年末年始商戦にはぴったりの取引相手がすぐそこにいた。
寿々の頭の中で、地域貢献申請を足掛かりとした、営業戦略が練られていく。
「
思いつくままに呟く寿々の言葉を、伊勢崎が筋道だててくれる。
「まずはお祭りに協力して、参加者が何を使っていて、もっと必要なものがないか把握するのがいいですね。当然、すでに取引している業者もいるでしょうから。それをリサーチしてから、夜市や縁日で取り扱う食料品を売り込むのがいいかも。玉輿神社となれば、初詣参りの参拝者もすごい数でしょうから、かなりの利益が見込めます」
「甘酒とか汁粉とか、すっごく売れそう!」
「売れますよ。あとはお手伝いも多いでしょうから、菓子類や弁当。評判が良ければ、玉輿神社を成功モデルにして他の神社にも売り込めます。それこそ都内の神社とかにも。これは裾の尾が広がりそうな予感ですね」
「確実に末広がりよ。神社っていわゆる総本社から系列社まで、縦のつながりがあるから。まさかの全国展開も夢じゃない。それに伊勢崎くん、ここだけの話。玉輿神社って相当儲けているのよ。何をして儲けているかは訊かないで、本業はもちろんだけど副業関係がすごいから」
「なるほど。たしか社長も酔っぱらったときに口を滑らせていました。玉輿神社といえば、このあたりの土地もだけど、公共事業の開発地区や、それこそ都内にもいくつか土地を所有している大地主で、金持ちグループのドンだって。それ関係か。つまりは、富裕層向けの商品を開発して、それを玉輿神社の
さすがに鋭い。寿々は決めた。
「伊勢崎くん」
「はい」
「『秋の御縁むすび大祭』の後、この案件は、伊勢崎くんとわたしの連名で企画書にします」
「はい、わかりました」
「この企画でもう一回、わたしと社長賞を狙ってみようか?」
「それ、最高です」
久々に感じるこの高揚感。寿々にとって、この仕事をはじめてから、アイデアを出し合って形にしていくときが一番楽しい。
そのせいか、シャッターの降りた鶴亀商店街を歩くこと10分。
「あ、ここだよ。着いちゃった」
目的地の『恋むすび』までは、あっという間だった。事前に来訪を伝えていたこともあって、扉にある白っぽい曇りガラスの小窓からは、内側の灯りがもれている。
「この話はまたあとで……禮子さん、こんばんは」
扉の取っ手を引いて――チリリンと音をさせて入ると、
「いらっしゃい」
いつものように朗らかな笑顔で禮子が迎えてくれた。
「禮子さん、遅くにごめんね。こちらが会社の同僚の伊勢崎さん」
「夜分にすみません。伊勢崎護彌と申します」
頭を下げた伊勢崎を見るなり禮子は「おやおや」と、いつもかけている蝶の螺鈿細工が美しい黒縁眼鏡のつるに手をかけてレンズをずらした。しばし、裸眼で凝視。それから、フウーッと息を吐いた。
「また、珍しいタイプを連れてきたもんだね。こんな複雑怪奇な憑物は、わたしでさえ、久しくみてない。まあ、座って話そうか」
着いて早々、厄介そうなモノが憑いていることが確定し、寿々と伊勢崎が顔を見合わせた。
「複雑怪奇なんだ……」
「俺、大丈夫ですかね」
御茶を淹れた禮子が、深緑色の肘掛け椅子に座り、寿々と伊勢崎は緋色のソファーに並んで腰かける。テーブルの上には、伊勢崎が持参したドーナツが置かれた。
「ありがとうね。夜食にはちょうどいいよ」
禮子がまずはひとくち食べて、寿々と伊勢崎もつづく。金儲けのアイデアを出し合ってきたせいで、ちょうどいい具合に小腹が空いていた。
ほどよく腹が満たされたところで、「それじゃあ、いいかい」と禮子が話はじめた。その目が、ふたたびジッと伊勢崎を見据える。
「わたしのことはもう寿々ちゃんから聞いて知っていると思うから、あれこれ説明はしないよ。伊勢崎さん、だったかな」
「はい」
「伊勢崎さんには霊が憑いている。それも相当、嫉妬深い男の霊が憑いているよ。アンタのことが、好きで好きで堪らないんだろうねえ。これまで、ことあるごとに、他の女を寄せ付けないようにしてきたと思うよ」
「え……男の霊?」
絶句する伊勢崎と、
「そっちのBL
またしても寿々の余計なひとことが重なった。
「寿々先輩」
すかさず伊勢崎の怖笑を向けられ「ごめん」と即座に謝った。
禮子から何か心当たりはないかと訊かれた伊勢崎は、「考えられるとしたら……」と、味覚障害のきっかけとなった高校一年の夏の話をした。
「それだろうね。伊勢崎さんに憑いているのは、その事故で亡くなった
禮子は断言した。
「名前がわかってさらに霊の輪郭がしっかりしてきた。その海原って子、左眉に傷があるだろ。それも、昔、伊勢崎さんをかばってついた傷じゃないのかい」
伊勢崎の動揺は、となり座る寿々にまで伝わってきた。
「そうです。中学のとき、掃除中にふざけていたヤツのモップが俺に当たりそうになったのを伊央吏が……でも、アイツはすごく良いやつで友達も多くて、俺に対しての好意っていうのは……そういうのでは」
禮子が首を振った。
「やめときな。いまは寿々ちゃんがいるから霊は離れているけど、執着している分、否定されると怒り狂うよ。伊勢崎さんが受けいれる、受け入れないにかかわらず、霊の想いを否定しない方がいい」
「わかりました。あの、訊いてもいいですか?」
「どうぞ」
「寿々先輩がいれば、近くにいる霊は弾き飛ばされると聞きました」
「そうだね。寿々ちゃんといれば霊は近寄れない」
「だとすれば……疑っているわけではないのですが、いま、伊央吏の霊はここに居ないはずなのに、どうしてそんなに詳しく、左眉の傷のことまで分かるのですか?」