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第5話 美女



 年頃は、左近之丞より少し年上。三十代半ばだろうか。


 緑青ろくしょう色の美しい切れ長の瞳に、うしろ頭の高い位置でひとつに束ねられた群青ぐんじょう色の髪が風に揺れている。


 170センチはありそうなスラリとした体型に、黒地の上衣と紺袴がとても良く似合っている長身の美女なのだが……


 緑青色の瞳に――視られている。


 それはもう凝視を通り越して、透視されているのでは、という勢いで、寿々は美女にガンされていた。


 ここまで視られると、逆に視線を合わせづらい。


 寿々のとなりには、誰もが振り返る美形・左近之丞がいるというのに、そちらには一瞥さえくれない。無視だ。


 その様子に舌打ちした左近之丞が、一歩前に出て背中に寿々を隠した。


「見るな。ブス」


「黙れ。ブサイク」


 いきなりはじまった。


 おそらく出迎えにきてくれた美女と左近之丞は顔見知りなのだろうけど、挨拶もなく開口一番、ふたりは喧嘩腰だった。


「そこをどけ、ブサイク」


「だったら見るな、ブス」


「オマエに指図される覚えはない。わかったか。ブサイク」


「さっさと案内しろ。わざわざ出向いてやったんだぞ。ブス」


 向かい合い、互いを威圧するように両腕を組んで「ブス」「ブサイク」と呼び合いながらの押し問答がつづく。


 さすがに聞いていられなくなり、


「あの……左近くん」


 ダウンベストの背中を指でツンツンと突いて声をかける。


「アッ、ウゥ……」


 変なうめき声をあげた左近之丞は、美女との言い合いを中断。すぐに振り返った。


「寿々さん。僕はもう、このベストを宝物にします。裾を引っ張ってもらったり、うしろからツンツンされたり、この触れ合い……デートみたいで嬉しい。着てきて良かった」


 自分を抱きしめるように身もだえている左近之丞の背中に、


「変態ブサイクー、気持ちワルイぞーっ!」


 切れ長の目を吊り上げた美女から野次が飛んだ。


 目のまえで身もだえる左近之丞を、両手で横に押しやった寿々は、


「はじめまして。わたしは――」


 顔をだして自己紹介しようとしたところで、


「アッ、アウッ」


 視線が合うなり美女は、左近之丞と似たような呻き声をあげ、「ひゃあああ!」と目を覆いながらザザザッーっと、勢いよく後ずさった。


 ポカンとなった寿々が見つめるなか。


「ま、ま、眩しいぃぃいいいいっ! 直視は無理ですぅぅううう!」


 目を覆いながらさらに後退して、楼門ろうもんの影に身を潜めてしまった。


 2、3分後。


 落ち着きを取り戻した美女が楼門から姿を現したとき、その顔にはブルーレンズのサングラスがかけられていた。


「このような姿で申し訳ありません。わたくし、人より少々、目が良いもので」


 そう前置きをして、


「ご挨拶が遅れました。はじめまして、光の御子みこ様。わたくし、陰陽課2班にて班長を務めております綾小路あやのこうじ千夜子ちやこと申します」


 自己紹介をしてくれたのはいいけれど――


「光の御子……って、もしかして、わたし?」


「左様にございます。なんと美しい御光でしょうか。ようこそ、おいでくださりました」


 禮子や左近之丞と同じく、綾小路千夜子もまた霊力が高く、それこそ霊視ができるのだろう。


 霊能者でも巫女でもない寿々を、「何しきた」と邪険にしないでくれるのはありがたいが、これはあまりに丁重すぎる。


「光の御子は、さすがにちょっとですね」


 寿々が難色を示すと、


「お、お気に障りましたか……も、も、申し訳ございません!」


 ブルーレンズ越しでもわかるくらいに目に涙を溜めて、「お許しを――ッ!」と平伏した。


 なんだろう。この既視感。


 となりで腕組みしたまま千夜子を見下ろす左近之丞を見て思った。


 口の悪さに加え、妙なうめき声をあげながらのオーバーリアクション。


 このふたり、やっぱりちょっと似ている。


「敬愛してやまない玉輿神社の玉依姫様より、お話はお伺いいたしておりました! 素晴らしい御光をお持ちの方だと……ただ、わたくしの想像を遥かに超えた眩さで……御方様を、わたくしはいったいなんとお呼びすればよろしいのでしょうか」


 訊かれたことに応えたのは、左近之丞だった。


寿々照大神すずてらすおおみかみ様と呼べ」


「それはない」


 間髪入れずに否定した寿々は、「ひとつも気に障っていませんから」と千夜子を立たせる。


「はじめまして。蓬莱谷ほうらいや寿々すずといいます。禮子さん……玉輿神社の玉依禮子さんの御使いできました。わたしのことは……その、『光のナントカ』ではなく、それ以外でお願いします。あと『寿々照らすナントカ』も絶対にダメです」


「でしたらその……」


 うつむき加減でモジモジしながら、千夜子が言った。


「玉依姫様と似た感じで……寿々姫すずひめ様と呼ばせていただきます」


「…………」


 これもまた、簡単には頷けなかった。


「あの、普通に名前で呼んでもらう方がいいんですけど」


「そ、そんな恐れ多いことはできません! あらゆる穢れを浄められる神聖なる御光をお持ちの御方様を……わたしくしは、そこの無礼千万なクズ男はちがいます」


「そうだ。オマエごとき下っ端が、寿々さんを名前で呼ぶなど、百年早い」


「口を閉じろ、外道がっ! チャラい鳥頭をカチ割るぞ」


 左近之丞と千夜子。


 ふたりの間に何があったかは依然として不明だけれども、とりあえずはお互いを毛嫌いしていることはわかった。


 似ているね、なんて言ったら、猛反発を受けそうだ。


「あの、それで……寿々姫様と呼んでもよろしいのでしょうか?」


 ブルーレンズの奥では、期待でいっぱいになった緑青色の瞳がキラキラと輝いている。


「……はい」


「ありがとうございます。では、寿々姫様、わたくしのことは綾小路でも、千夜子でも、どうぞ、お好きな方でお呼びくださいませ。では、ご案内いたします。どうぞ、こちらへ。おい、そこのクズ男、オマエは十歩後ろからついてこい。足音を立てるなよ。耳障りだからな」


 午後1時。


 激しい扱いの差をそのままに寿々は、陰陽寮の入口となる楼門をくぐった。


 くぐりながら「う~ん」と首をかしげる。


 光の御子、寿々照大神、寿々姫。


 いったいどれが、正解だったんだろうか。






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