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第17話 むつら星



 追加の緊急要請があってから30分ほどで準備を整え、出動した千夜子と陰陽課2班。


 陰陽課1班の班長・桜散塚と同じように、いきなり飛び出していった左近之丞を現在、必死になって追いかけている状況だ。


 1班には及ばないとはいえ、2班とて並みの陰陽師よりもはるかに身体能力は高い。この山地で実戦を繰り返してきたことから、山道、獣道には慣れているはずなのに――追いつけない。


 五年前にこの地を去り、実戦から遠ざかっていたはずの北御門左近之丞に、千夜子をはじめとする2班は、その距離を一向に縮められないでいた。


「くそ、ブサイク! どんな脚をしている。獣か」


 追いつけない苛立ちを口にした千夜子のとなりで、補佐役である上条かみじょう永雅えいがが、首をひねる。


「しばらく実戦を離れていた陰陽師の脚力じゃないですよ。あの人、陰陽寮を去ったように見せかけて、じつは神社仏閣庁の特命でも受けていたんじゃないですか? たとえば――この地で多発する悪霊の同時発生ついて原因を調査しろ、とか。そうじゃないと、あの速さは嘘でしょ。桜散塚班長より速くないですか?」


 あのブサイクに特命――それはそれで、なんだか腹立たしい千夜子である。


「それはない。古い慣習を良しとする神社仏閣庁のお偉方が、あの傲岸不遜、無礼千万、傍若無人な男を扱いきれると思うか?」


「ああ、たしかに。あの雰囲気だと、重鎮の皆様が毎回、酸欠になりそうなくらい怒りそうですね。心臓とか弱かったら危ない。やっぱり、あの脚力は、もっと生まれた資質なんですかねえ」


 そうだ――と、思いたい。


 あのブサイクは特命など受けていない、そう思いたかった。


 もし、また何も言わずに、ひとりで背負っているのだとしたら、これほど腹立たしいことはないと、千夜子は思う。


「あのブサイクは、おそらく寿々姫様に褒められて浮かれているだけだ」


「ああ、なるほど! それにしても、北御大社の三兄弟。噂にはよく聞いていましたけど、噂どおりというか……まさに『悪事千里を走る』ですね。三兄弟のうえふたりも、絶対ヤバそうだなあ。あの人より、ハチャメチャな感じなんですかね? 綾小路班長は、会ったことありますか?」


 興味がてら、軽く訊いた上条だったが、


「上条! 貴様、ほかの二人はどうでもいいが、長兄の光近之丞様を愚弄するのだけは許さんぞ!」


 突然、千夜子からは、怒号が飛んできた。


 驚いた上条が訊き返す。


「えっ、ダレ? みつちか……のじょう?」


「貴様! 呼び捨てにするなっ!」


 さらに怒られる。


「す、すみません。えーと、それで、その御方は……」


「北御門光近之丞様だ! 高天原たかまのはらの神々が、地上に御遣わしになった御使いのごとき、尊き麗しい御方だ! 光近之丞様の光輝く御姿に比べたら、上条、貴様など、ミミズか、オケラ以下だ! わかったかオケラ条!」


 幼いころ、神楽殿で舞う光近之丞の美しさに、魂を持っていかれた千夜子はそれ以来、


「光近之丞様と比べたら、それ以外の男はすべて虫けら以下だな」


 美の基準値に問題を生じていた。


 ブルーレンズのサングラスをグイッと押しあげた千夜子は、憧れの光近之丞とは似ても似つかないブサイクな弟・左近之丞の背中に、視線を戻した。


 クソッ、また少し、離されたか。


 それにしても、あのブサイクは、どうして場所が分かるんだ。


 緊急要請のあった古井戸は、東エリアの密教僧たちの拠点【古寺】よりも、やや南寄りに位置している。


 方角的には、東のというよりも、南東のたつに近い場所にある。


 ここ最近、同時多発的に発生する悪霊に対応するため、エリアを越えての合同討伐が増えてきたからこそ、東エリアにある古井戸の場所を知っている千夜子たち。


 そうでなければ、古びた井戸の存在など知りようがないはずなのに、北御門左近之丞は、正確な場所を知っているといわんばかりに、最短距離で向かっている。


 オケラ条の言うとおり、やはり特命を受け、この地域の詳細を把握しているのかもしれない。


 そう思いはじめた千夜子の前方、およそ1キロ先を走る左近之丞は、


〈右だ! そのあと斜め左にくだれ!〉


〈枝を使って飛び越えろ! そうだ!〉


 口うるさい道先案内刀に、イライラしていた。


 正直、驚いている。


 寿々の言霊のおかげなのか。あの美しい虹色の光を浴びたせいなのか。


 【陰陽寮】を飛び出して、数百メートルも走ったところで、


〈おい、そこを右にすすめ〉


 いきなり〈六連星〉が念話をしてきた。


 いわゆる相手の思考に直接話しかけてくる精神作用なのだが、五年前までは、無理やり自分の霊力で抑えつけきた我の強い妖刀が、いまやすすんで道案内するとは……


 信じがたいことだったが、しばらくすると慣れてきて、左近之丞もいつもの調子を取り戻していた。


「うるせえなっ! 黙ってろ! 悪霊どもの気配をたどればわかる!」


〈貴様なんかよりも、我の方がよっぽど気配をたどるのに秀でておるわっ! なにせ我は、怨霊界最強の黒き勇ましき怨霊様だからなっ! あの娘、よく分かっておるわっ! ガハハハッ!〉


「うるせえ、笑うなっ! 気が散る! 寿々さんにちょっと褒められたからって、調子に乗りやがって!」


〈あの娘御、スズというのか。なかなかに可愛らしい。あれは、得がたき娘御よのう。貴様のような小童こわっぱにはもったいない。ああ、もったいない。あ、そこ、右ぞ〉


「だから、黙ってろ! オマエなんかに言われなくても、僕が一番分かっている。寿々さんには、僕なんかよりも本当は……でも、もう諦めきれないんだ」


〈阿呆な高飛車かと思えば……弱気なことをいう。昔から、人とはよくわからぬモノよな。されどまあ、あの娘御も、お主のことを憎からず思っているようではあったな〉


「えっ、本当か?! でも、オマエに、寿々さんの気持ちなんか、どうして分かる? でたらめだったら、滅するぞ!」


 左近之丞の霊力が上がったところで、〈六連星〉に宿る怨霊は嘆いた。


〈やっぱり阿呆だな。あの娘御も、クサイ霊符を我が嫌がっていると、なんとな~く分かると言っていたではないか。我もおなじく、娘御から虹の光が発せられたとき、気のようなものを感じとったのだ。それで、なんとな~く分かる〉


「……あ、そうか。そういうことか。ふーん……で、本当だろうな」


〈…………〉


 しばらく間をあけた〈六連星〉は、人間のため息のような〈はあぁ~〉という気の抜けた妖力を吐いた。


〈お主、あれだな、面倒な輩だな〉


「……うるせえ」


〈あ、そこを左に折れろ〉


「ああ、はいはい」


〈ほら、みろ。あそこだ、品のなさそうな悪霊どもがいる〉


 左近之丞の視線の先にも見えてきた。


 目測、およそ一キロメートル。


「視えた。ああ、いるな。たしかに、品がねえ。よし、話はあとだ。いくぞ」


 残り七〇〇、五〇〇、三〇〇……


 左近之丞が、鞘から妖刀を抜く。


「斬りきざめよ、六連星むつらぼし!」





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