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第16話 霊符



 左近之丞に対する陰陽允と千夜子の反応は、ひとまず見て見ぬふりをして、この荒ぶる妖刀をなんとかしなければならない。


 じつは、さっきから気になっていたことがある。


「左近くん、このままちょっと、鞘から抜いてくれる?」


 寿々の前で刀を抜くことを躊躇う左近之丞に、「大丈夫だから」と、添えた手をそのまま動かせば、観念したように左近之丞は、鞘から刀を抜いた。


 刀剣には詳しくないけれど、抜き身の刃を見て思う。


 黒刃なんて、珍しいのではないだろうか。


 刃より上、いわゆるしのぎから平地ひらじよりも、濃い色をした黒い刃先。刃文はもんはまるで黒い炎のようだった。


 全体的に黒い刀身のせいもあるけれど、黒いモヤモヤはあまり目立たない。


 べったりとした邪気と残滓まみれだった千夜子の双剣や、桜散塚の〈七星剣〉と比べたら、とても良い状態をキープしていると思う。


 ただ、気になるのは刃と鍔の間。


 3センチほどの幅がある紙が、グルリと巻かれてあった。表面には何かの記号なのか、墨字で模様のようなものが描かれている。


「左近くん、これはなに?」


「霊符です。怨霊を調伏した際に使ったものをそのまま巻いてあります」


「それって、かなり古いものじゃない?」


「そうですね。たしか平安時代だったかな?」


 刃がわずかに震え――ああ、これだ。寿々は直感した。


「それって、まだ巻いていないとダメなの?」


「いえ、もう完全に怨霊の魂が刀と融合しているので、封印が解ける心配はありません。まあ、御守り代わりに巻いたままにしていただけでしょう」


「それじゃあ。霊符それ、はがしてあげて。カビ臭くてイヤみたい」


「カビ? え、寿々さん、もしかしてババア……玉依さんみたいに霊と対話できたりしますか?」


「対話とまではいかないんだけど、なんとな~く、嫌がっている感じがするんだよね」


 こればっかりは、感覚的なものなので説明のしようがない。


 でも、もし刀に魂が宿っていて、自我があるならば……


「考えてもみてよ。何百年も昔の紙がずうーっと根元に巻き付いていたら、たしかにニオイがしそうじゃない? しかも普段は鞘に入っているわけだから、そんな狭いところでカビ臭い状態だったら、さすがに不満も溜まりそうだよ」


「……なるほど」


「もう必要ないなら、その霊符をとってあげて。そうしたら、今よりは機嫌が良くなるかも」


 半信半疑の左近之丞が霊符を取り除こうとして、陰陽允をみた。


「いいよな。外しても」


 訊かれた陰陽允は少し驚き、そして涙を浮かべた。


「オマエ……大人になったなあ。良いか、悪いかを訊いてくるなんて……」


 と言っている間に、左近之丞は霊符を乱暴に破り取る。


「うあああぁぁっ! もっと丁寧にっ! 乱暴にするヤツがあるかあっ! それから、まだ良いも悪いも言ってないからなっ!」


 声を裏返して怒る陰陽允の顔に向かって、ビリビリに破れた霊符が投げつけられた。


「うわっ」となった陰陽允は、のけ反りながらも飛んできた霊符を回避して、紙屑にしか見えなくなった霊符を床から慎重に拾いあげると、


「丁重にお焚き上げするように」


 管理課の部下に渡した。


 カビ臭い霊符のとれた〈六連星〉はというと、寿々には何の変化も感じられなかったが、左近之丞の口からは「……あ」という声が漏れた。


「抵抗が……たしかに弱まりました」


 それはなによりだ。


「これでご機嫌が直ってくれたらいいね」


 手にしていた布で、黒刃の刀身を磨いていく。


「他の刀よりも、黒いモヤモヤしたのが付いてないね。キレイ、キレイ」


 寿々が褒めると、わずかに刀身が輝いた。


 あまり時間もないだろうから、軽く磨いて、柏手を打つ。


 そこから、さらにご機嫌を良くお仕事をしてもらうために、寿々は言霊にのせてほめちぎった。


「素敵、かっこいい、イケてる刀に宿っていらっしゃる荒ぶる神様。どうぞ、その強き、尊き、御魂で、左近くんをお助けください。この地に、ろくでなし様……失礼、六連星様がいるにもかかわらず、近場で悪霊どもが好き勝手に暴れております。しばらくお眠りになっている間に、六連星様はずいぶんとなめられてしまったようです! 怨霊界最強といわれるその黒き勇ましき御力を、ふたたびこの地で発揮されますように!」


 追加の柏手を二拍手、鼓舞するように強めにパン、パンッ!


 その瞬間、またもや強い光が寿々から放たれた。


 今度はストロボというよりは、虹色の光が渦のように両手から溢れ、その光に包まれた〈六連星〉は、黒い炎を燃え上がらせた。ボオオオオォォォォォッ!!


 火力強め。熱さなどは感じないものの、左近之丞はあわてて刀身を鞘に収めた。


「寿々さんに褒められて、だいぶ調子に乗ったようです」


「褒めたら伸びるタイプなんじゃない?」


「……そうかもしれません。ところで、寿々さん」


「なに?」


「僕も……褒められたら伸びるタイプです。頭なんかを撫でられたりすると、より効果的で、かなり伸びます」


 陰陽允と千夜子から向けられてくる薄ら寒い視線を、ひしひしと感じながらも「へえ、そうなんだ」と寿々は、左近之丞の頭に手を伸ばした。


 しょうがないな、という思いと、怪我をしないで帰ってきてね、そんな想いを込めながら、キラキラとした金髪を、優しく撫でてやる。


「左近くんの袴姿が一番カッコいいね。黒い刀もとってもイイ感じ。左近くんはすごく強いし、頼りになるから、悪霊退治のお仕事でも、大活躍まちがいなし! わたし、仕事の出来る男の人ってダイスキ! いってらっしゃい、左近くん!」


 赤茶の瞳が色を変え、真っ赤な炎のように輝いた。


「寿々さん、悪霊どもを滅多斬りにして、すぐに戻ります! いってきます!  いくぞ、ドブス!」


 デジャブかな、と思うくらいの勢いで、左近之丞は中庭から、山に向かって飛びだしていった。


 千夜子も双剣を腰に差す。


「寿々姫様、御前を失礼いたします! 浮かれブサイク、貴様~~~! 行き先知らずが、飛び出すなああぁぁぁぁっ!」


 罵声を浴びせながら、左近之丞を追いかけていく千夜子と2班の陰陽師たち。


 嵐が過ぎ去ったあとのように、静かになった中庭で、陰陽助が言った。


「ちょっと……休憩にいたしましょうか」





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