左近之丞に対する陰陽允と千夜子の反応は、ひとまず見て見ぬふりをして、この荒ぶる妖刀をなんとかしなければならない。
じつは、さっきから気になっていたことがある。
「左近くん、このままちょっと、鞘から抜いてくれる?」
寿々の前で刀を抜くことを躊躇う左近之丞に、「大丈夫だから」と、添えた手をそのまま動かせば、観念したように左近之丞は、鞘から刀を抜いた。
刀剣には詳しくないけれど、抜き身の刃を見て思う。
黒刃なんて、珍しいのではないだろうか。
刃より上、いわゆる
全体的に黒い刀身のせいもあるけれど、黒いモヤモヤはあまり目立たない。
べったりとした邪気と残滓まみれだった千夜子の双剣や、桜散塚の〈七星剣〉と比べたら、とても良い状態をキープしていると思う。
ただ、気になるのは刃と鍔の間。
3センチほどの幅がある紙が、グルリと巻かれてあった。表面には何かの記号なのか、墨字で模様のようなものが描かれている。
「左近くん、これはなに?」
「霊符です。怨霊を調伏した際に使ったものをそのまま巻いてあります」
「それって、かなり古いものじゃない?」
「そうですね。たしか平安時代だったかな?」
刃がわずかに震え――ああ、これだ。寿々は直感した。
「それって、まだ巻いていないとダメなの?」
「いえ、もう完全に怨霊の魂が刀と融合しているので、封印が解ける心配はありません。まあ、御守り代わりに巻いたままにしていただけでしょう」
「それじゃあ。
「カビ? え、寿々さん、もしかしてババア……玉依さんみたいに霊と対話できたりしますか?」
「対話とまではいかないんだけど、なんとな~く、嫌がっている感じがするんだよね」
こればっかりは、感覚的なものなので説明のしようがない。
でも、もし刀に魂が宿っていて、自我があるならば……
「考えてもみてよ。何百年も昔の紙がずうーっと根元に巻き付いていたら、たしかにニオイがしそうじゃない? しかも普段は鞘に入っているわけだから、そんな狭いところでカビ臭い状態だったら、さすがに不満も溜まりそうだよ」
「……なるほど」
「もう必要ないなら、その霊符をとってあげて。そうしたら、今よりは機嫌が良くなるかも」
半信半疑の左近之丞が霊符を取り除こうとして、陰陽允をみた。
「いいよな。外しても」
訊かれた陰陽允は少し驚き、そして涙を浮かべた。
「オマエ……大人になったなあ。良いか、悪いかを訊いてくるなんて……」
と言っている間に、左近之丞は霊符を乱暴に破り取る。
「うあああぁぁっ! もっと丁寧にっ! 乱暴にするヤツがあるかあっ! それから、まだ良いも悪いも言ってないからなっ!」
声を裏返して怒る陰陽允の顔に向かって、ビリビリに破れた霊符が投げつけられた。
「うわっ」となった陰陽允は、のけ反りながらも飛んできた霊符を回避して、紙屑にしか見えなくなった霊符を床から慎重に拾いあげると、
「丁重にお焚き上げするように」
管理課の部下に渡した。
カビ臭い霊符のとれた〈六連星〉はというと、寿々には何の変化も感じられなかったが、左近之丞の口からは「……あ」という声が漏れた。
「抵抗が……たしかに弱まりました」
それはなによりだ。
「これでご機嫌が直ってくれたらいいね」
手にしていた布で、黒刃の刀身を磨いていく。
「他の刀よりも、黒いモヤモヤしたのが付いてないね。キレイ、キレイ」
寿々が褒めると、わずかに刀身が輝いた。
あまり時間もないだろうから、軽く磨いて、柏手を打つ。
そこから、さらにご機嫌を良くお仕事をしてもらうために、寿々は言霊にのせてほめちぎった。
「素敵、かっこいい、イケてる刀に宿っていらっしゃる荒ぶる神様。どうぞ、その強き、尊き、御魂で、左近くんをお助けください。この地に、ろくでなし様……失礼、六連星様がいるにもかかわらず、近場で悪霊どもが好き勝手に暴れております。しばらくお眠りになっている間に、六連星様はずいぶんとなめられてしまったようです! 怨霊界最強といわれるその黒き勇ましき御力を、ふたたびこの地で発揮されますように!」
追加の柏手を二拍手、鼓舞するように強めにパン、パンッ!
その瞬間、またもや強い光が寿々から放たれた。
今度はストロボというよりは、虹色の光が渦のように両手から溢れ、その光に包まれた〈六連星〉は、黒い炎を燃え上がらせた。ボオオオオォォォォォッ!!
火力強め。熱さなどは感じないものの、左近之丞はあわてて刀身を鞘に収めた。
「寿々さんに褒められて、だいぶ調子に乗ったようです」
「褒めたら伸びるタイプなんじゃない?」
「……そうかもしれません。ところで、寿々さん」
「なに?」
「僕も……褒められたら伸びるタイプです。頭なんかを撫でられたりすると、より効果的で、かなり伸びます」
陰陽允と千夜子から向けられてくる薄ら寒い視線を、ひしひしと感じながらも「へえ、そうなんだ」と寿々は、左近之丞の頭に手を伸ばした。
しょうがないな、という思いと、怪我をしないで帰ってきてね、そんな想いを込めながら、キラキラとした金髪を、優しく撫でてやる。
「左近くんの袴姿が一番カッコいいね。黒い刀もとってもイイ感じ。左近くんはすごく強いし、頼りになるから、悪霊退治のお仕事でも、大活躍まちがいなし! わたし、仕事の出来る男の人ってダイスキ! いってらっしゃい、左近くん!」
赤茶の瞳が色を変え、真っ赤な炎のように輝いた。
「寿々さん、悪霊どもを滅多斬りにして、すぐに戻ります! いってきます! いくぞ、ドブス!」
デジャブかな、と思うくらいの勢いで、左近之丞は中庭から、山に向かって飛びだしていった。
千夜子も双剣を腰に差す。
「寿々姫様、御前を失礼いたします! 浮かれブサイク、貴様~~~! 行き先知らずが、飛び出すなああぁぁぁぁっ!」
罵声を浴びせながら、左近之丞を追いかけていく千夜子と2班の陰陽師たち。
嵐が過ぎ去ったあとのように、静かになった中庭で、陰陽助が言った。
「ちょっと……休憩にいたしましょうか」