接近禁止命令を出されているストーカーがリシャールの前に現れたというようなことは起きたが、アリスターがリシャールを慰めに来てくれたのでリシャールは精神的に落ち着いていた。
アリスターとプレイをすると満たされるというのもあるかもしれない。
ぐっすり眠って、仕事も順調で、リシャールはアリスターより一週間早くフランスに飛んだ。
フランス行きの飛行機はファーストクラスの席で完全にシートを倒して横になって眠れるし、機内食のサービスも充実していてリシャールは疲れることなくフランスに着いた。
フランスではアリスターと行きたい場所がある。そのための休暇をもらうには、仕事をしっかりとやり遂げなければいけない。
デザイナーの元に行くと下着一枚にされて、サイズを測られて、体を値踏みされる。これも仕事の内なのでリシャールは堂々と立っていた。
「ちょっとイメージしてるスーツを着てもらうには、胸板が厚すぎるかもしれない。体重を少し落とすことができる?」
「コレクションの日までには間に合わせます」
「それじゃ、ジムのトレーナーにそのことを伝えておくから、計画的に減らして」
このデザイナーはモデルの体型にも口出ししてくるタイプなので、これくらいは許容範囲だった。
こういうタイプのデザイナーだと分かっているからこそ、早めにフランスに来たのだ。
リシャールはフランス系で小さいころからフランス語は習わされている。マネージャーのマクシムもフランス系でフランス語は話せる。
デザイナーとの会話も全部フランス語で不自由はしなかった。
「胸板が厚すぎる、か。モデルに合わせた服を作ってくれればいいのに」
「マダムの腕は確かだから、僕もそれに見合うように努力しないと」
十代のころからリシャールを指名してモデルにしてくれているデザイナーのマダムは、売れない時期からリシャールを見出してくれた恩がある。多少の無茶ぶりもリシャールは受け入れるつもりだった。
リシャールが泊まるコンドミニアムにはジムもついていて、トレーナーも通ってきてくれる。キッチンもあるので食事も自分で作れるので、食事制限をしつつジムで運動をして体重を落とす日々が続いた。
体重と体型の調整をしている間に一週間は飛ぶように過ぎて、アリスターが来る日になった。
マクシムに車を出してもらって、リシャールはアリスターを空港まで迎えに行った。
飛行機から降りて空港に出てきたアリスターはサングラスをかけていたがリシャールをすぐに見つけて、大きなスーツケースを引っ張って駆け寄ってきた。
「アリスター、ようこそ、フランスへ」
「飛行機がファーストクラスで驚いたよ。ファーストクラスとか初めて乗った」
「僕のために来てくれるのにエコノミーに乗せるわけにはいかないよ。アリスターは僕の大事なひとなんだからね」
「そ、そうか」
戸惑っている様子のアリスターを車に乗せてコンドミニアムに連れて行くと、その広さに驚いている。
寝室のベッドはキングサイズで、リビングもあって、キッチンもあって、ジムもあるコンドミニアム。
荷物を置いてリビングのソファに座ったアリスターにマクシムが手を差し出す。
「マネージャーのマクシム・ロベールです。前にもお会いしましたね」
「あまりいい出会いではなかったですけどね。アリスター・ソウルです」
改めて挨拶をしたアリスターはリシャールに小声で聞いてくる。
「マクシムはどこまで俺たちのこと知ってるんだ?」
「君が僕の大事なSubだってことは話しているよ。フランス行きでも離れられないくらいにね」
「そ、そうか」
緊張しているのかアリスターの歯切れが悪いような気がする。リシャールはマクシムには帰ってもらって、二人きりになった。
二人きりになるとアリスターはリシャールの頬を撫でて、小さく呟く。
「少し痩せたか?」
「デザイナーのイメージに合わないからちょっと減量中なんだ。コレクションが終わったら戻すつもりだけど」
「リシャールはゴージャスなのが魅力的なのに」
ゴージャスと言われてリシャールは嬉しいような、恥ずかしいような気分になってしまう。
モデルにしてはリシャールは背が高いだけでなく筋肉もついている方だとは思う。
「アリスターは僕を魅力的だと思ってくれてるの?」
「思ってるよ。悪いか?」
「悪くないよ。嬉しいよ」
恥ずかしがっているのか口が悪くなっているアリスターにリシャールは笑ってしまう。
一週間は我慢をしてアリスターを待っていたのだ、リシャールはアリスターに触れたくてたまらなかった。
たったの一週間なのに、アリスターが足りなくなっている。
「アリスター、君に触れてもいい?」
「プレイをするにはちょっと時間が早くないか?」
まだ昼間だしプレイをすることに躊躇いを見せているアリスターに、リシャールは手を差し伸べる。
「コマンドは使わないから。ただ抱き締めたいだけなんだよ」
「それならいいけど」
腕を引いてアリスターを膝の上に抱き上げてしまうと、アリスターが慌てる。
「俺、飛行機で半日過ごしたからシャワー浴びてない」
「気にしないよ」
「俺が気になるんだよ」
そのまま抱き締めてアリスターを堪能したかったのに、逃げられてしまってリシャールは肩を落とした。しょんぼりとしているリシャールにアリスターが小さく告げる。
「リシャールの無理がない日に……リシャールのこと、抱きたい」
「え? いいの?」
「フランスまで来てるんだ。俺も非日常的なことを……してもいいかなと、思って」
アリスターがリシャールを抱きたいと口にしてくれた。
いつならばリシャールが問題なくアリスターを受け入れられるだろう。
できれば翌日は休みの日がいい。
「観光の時間が短くなっちゃうかもしれないよ」
「元々観光目的で来たんじゃないからいいよ。リシャール・モンタニエと過ごしに来たんだ」
そこまで言われてしまうと、躊躇う理由はなくなってしまう。
「日程調整をするから待ってね。あ、その前に、抱いてくれるっていうのはすごく嬉しい。ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないよ。俺がそうしたいからするだけで……」
「アリスターは経験ある?」
一応聞いておこうと問いかけると、アリスターが顔を真っ赤にして「ない」と答えた。
「多分、僕の理性も飛ばないで導いてあげられると思うんだけど、やり方とか、分かるよね?」
「俺は一応、医学部出てるんだぞ。分からないわけがないだろう」
犯罪捜査でもそういう事件は山ほどあるし。
アリスターの言葉にリシャールは安心する。
Domが主導でSubを受け入れるというのは、あまりないことだが、リシャールは何度か経験があるし、初心者のアリスターをちゃんと導けるだろう。
できればアリスターには快感を覚えてほしいし、リシャールも気持ちよくなりたい。
成人同士の同意のある性行為は満たされていて幸福なものでなければいけない。
それがリシャールの信念だった。
「アリスター、来週なら体作りもひと段落しそうだし、休みがもらえるかも」
「来週だな。それまでは、ちゃんと待てる」
「ふふっ、『いい子』だね、アリスター」
抱き締めて耳元に囁くと、アリスターの体がびくりと震える。
「コマンドは使わない約束だっただろう」
「これくらいはよくない?」
「Subにとってコマンドがどれだけ効くものなのか、リシャールは分かってない」
文句を言われてしまったが、リシャールはアリスターを心底褒めたいと思ったから自然にコマンドが出てしまっただけで、それが悪いことだとは思っていなかった。