「マイハニー! 今日も美しいよ!」
「はい、はい。ありがとうね、健斗君」
いつもの調子で求愛行動をしていく健斗を軽くあしらっていく美月。
健斗がメンバー入りしてから一週間。一日もこの求愛行動がされなかった日はないが、美月としてはもう慣れており、あまり気にしていないようだった。
「おはよう」
少し遅れて翔兎と春樹がスタジオに入ってくる。
「またやってるのか。飽きないな」
「宇崎はなんとも思ってないみたいだけどな」
健斗の美月への行為に呆れ果てている二人。当の美月が気にしていないので、これ以上突っ込んだことはしないが。
今日もいつも通り、ライブ配信をしていく。
一次予選終了まで後二ヶ月。他のバンドたちの競争率は激しくなっており、美月たちも上位を目指すために日々努力をしている。
「まぁ、あれは焦ったけどな」
「あぁ、まさか三日ほど配信しなかっただけで、あれだけランキングが落ちるとは……」
美月が落ち込んでいる最中に、一万位ほどまで下落していた。その後は、死ぬ気でライブ配信や動画投稿をしてポイントを稼いだ。
その努力のおかげもあり、美月たちは今、三百位台に台頭している。
一次予選突破の条件は上位百位に入ること。その目標までもう少しのところまで迫っていた。
「でも、あれは焦った。お前のせいで危うく俺たちまで危険になるところだったんだぞ」
「なんだよ。僕、何も悪いことしてないだろ?」
「そんなことねぇよ。あれは、完全にお前が悪りぃ」
一週間前、健斗のメンバー入りを祝してお披露目配信を行った。この配信がまさか、あんなことになるとは誰も思いもしなかった。
「美月、久しぶり……」
学校が終わり、翔兎は春樹と一緒にスタジオに入ってきた。だが、いつもと違う光景が目の前には広がっていた。
「マイハニー、今日も美しいよ。僕の希望」
美月の手の甲にキスをして、求愛行動をする男。
その男──神谷健斗の姿が視界に映り、翔兎と春樹は唖然。その後、春樹が「なんでテメェがいるんだよ!」と悪態をつく。
招かれざる人物。それが翔兎と春樹からした健斗の認識だ。しかし、美月が二人を宥める。
昨日の出来事を全て話す。
美月からの説明を聞き、二人は納得したが、あくまで頭で理解しただけだ。許せてはいなかった。
当然の報いだった。
いくら、美月が許したとはいえ、翔兎や春樹からしたらただの変人だ。その認識を覆すことは難しい。
「美月本人が気にしてないなら、俺からは何も言えねぇ。認めるよ。よろしくな」
「チッ、しゃーない。よろしく」
素直に加入を認める春樹と、やむを得ず認める翔兎。二人の言葉を聞いて、「ありがとう」と微笑む美月だった。
「それより、出遅れた分取り戻そうよ!」
「確かにな」
美月が落ち込んでいる最中は、ライブ配信は一切やっていなかった。そのせいで、ライキングが急降下。ここから巻き返すには、かなり頑張らなければならない。
美月はパソコンを起動し、カメラのスイッチを入れる。
ライブ配信が開始され、リスナーは美月たちのライブ配信に歓喜した。
『待ってました!』
『美月ちゃんに会えず、僕死にそうだったんだよー』
『美月ちゃーん、今日も可愛いよ!』
様々なコメントが飛び交い、いつも通りの賑わいが繰り広げられる。
「今日は新メンバーの紹介をしたいと思います! ベースを担当してくれる神谷健斗君です!」
美月の言葉と共にコメント欄が賑わう。
ファンとしても新メンバーが入り、BIGBANGがさらに強化されるのは喜ばしいものだったらしい。
「初めまして! マイハニーに紹介された健斗です。これからこのバンドがもっと良いものになるように精一杯精進していきますので、よろしくお願いいたします!」
『マイハニー?』
『馴れ馴れしいぞ!』
『美月ちゃんは僕の心の恋人なんだ!』
いつもの癖で美月のことを『マイハニー』と呼んだため、彼自身にヘイトがかなり集まってしまう。
コメント欄同士で喧嘩も勃発してしまい、健斗は自分が軽率な発言をしてしまったと後悔する。
「ちょっと、待って! 喧嘩はやめて! みんな楽しくね」
暴走するリスナー達を抑えようとしていく美月だったが、彼女の言葉は一言も届かない。
それどころか、リスナー同士は美月には自分が相応しいとかいう謎の発言もしだし、ますます収集がつかなくなってしまう。
そんな時、古参リスナー、インドア・ホワイトがこの空気を壊そうと、コメントをくれる。
「それよりも、あてぃし思ったんですけど、スタープロジェクトの途中でメンバーが増えるのは問題ないんですか?」
「そういえば、そこんところ忘れてた! どうしよう!」
インドア・ホワイトに指摘され、美月は今置かれている状況を心配する。だが、春樹が美月の心配をすぐに解消してくれた。
「確か、運営に申請を出せば問題ないって大会規定にもあったはずだ」
「本当に!」
「あぁ、春樹の言う通りだよ」
「よかったー」
春樹のフォローでなんとかなり、美月は安堵する。
「じゃあ、最後にライブしよ! 健斗君が加わってパワーアップもしたし……」
『うぉぉぉぉぉぉ!』
ここからはお待ちかね演奏パートだ。
ベースが加わり、前の自分たちとは違う音色を奏でられるということをリスナーにアピールする。
全員が所定の位置についた。
今回は試行錯誤のため、美月がボーカルを務めることにし、新曲──『出会い』を披露する。
完全なバラード調。
曲自体は、哀愁と懐かしさが混ざり合い、聞いているものの心に沁みる曲。
極めつきは美月の透き通るようなクールな歌声。
サビに入り、少しだけ盛り上がり、心の奥底にある感情が爆発しそうになる歌だ。
美月が健斗と出会い、彼の想い強さ、その経験談を歌詞に落とし込む。そのおかげか、『詞』にリアリティが出て、心揺さぶるものにもなっている。
今までと違い、ベースが加わり、低音部分が補完されている。それが、他の楽器の音色をカバーし、一つ上の演奏レベルへと昇華されている。健斗の技術が凄いというのもあるが。
最後はゆっくりとしたメロディで終わる。余韻を残せるような構成にもしてあり、何から何にまで計算された曲だった。
美月の凄さが際立っており、リスナーも彼女の技術に圧倒される。
リスナーから称賛が飛び交う。
昔からのファンは、美月の歌声が久しぶりに聞けて気持ちが昇天しそうだった。
「ありがとう! 今日はここまで! みんなまたね!」
今日もなんとか配信を終えれたが、やはり疲れがどっと出てきた。
それは他のメンバーも同じらしく、すぐに日常モードに移行してしまう。
「今回もポイント増えるといいが……」
「大丈夫だよ! あれだけすごい歓声だったんだよ。絶対大丈夫だって!」
「美月は呑気だな」
それでも、彼女の陽気で明るい性格は羨ましいと思う翔兎。
しばらく、四人で話をしていると……
「そういえばさ、今度、桜花学園で文化祭があるんだけど……そこでライブしない。まだスタープロジェクトを知らない人たちへの宣伝にもなると思うし!」
「いいね! さすがハニー。天才だよ!」
「ちょっと待てよ」
呑気な健斗と美月だったが、翔兎が言葉を挟む。
「何?」
「何って……美月、わかってんのか? 桜花学園の文化祭ってことは、俺と美月しか参加できないんだよ。ってことはよ……」
「うん、うん」
「二人でやらなきゃいけなくなる。もし、他の助っ人を使おうと思ったら……ライブ配信はできない」
「えっ!」
思わぬ事を翔兎に伝えられる美月。ここにもまた壁が立ちはだかり、彼女達に困難を与えることになる。