美月が死ぬ? 突然の告白に翔兎は言葉を失い、世界から色が消える。
生きていれば必ず訪れるものだが、あまりにも早すぎる別れ。出会って一年も経っていないのに。
それが心を打ち、情報の整理をつけるのが困難だった。
だが、目の前で大泣きしている当事者を前にした翔兎は、なんとか状況を把握できるほど思考が巡る。
彼女を抱きしめ、「大丈夫だ。俺が付いてる」と優しく声をかける。
二人の光景を入り口から出てきた美月の母──宇崎佐奈が見つける。
「翔兎君……」
佐奈は二人をそのまま見守る。
しばらくして、少し落ち着いた美月から翔兎が離れる。
翔兎の視界に佐奈が映ったため、会釈をした。
佐奈は翔兎に「ちょっと話せるかしら」と声をかける。
落ち着かせるために美月をひとりにし、二人は入り口の階段に腰をかけた。
「あの状況から察するに、聞いたのね」
「はい」
気弱な声で返事をする翔兎。今にも溢れそうな涙をグッと堪え、佐奈へと質問をする。
「美月の言葉は本当なんですか?」
疑っているつもりはない。人を困らせたいがために、美月があんなことを言う人物ではないのは、翔兎が一番知っているからだ。
ただ、嘘であってほしい。その一心で投げかけた質問だった。
「本当よ。私も嘘であったほしかった。でも……」
佐奈が唇をかみながら、感情を殺して続きを紡ぐ。
「医者から詳細を聞かされた。すぐにでも入院したほうがいいって」
「そんなに深刻なんですか?」
「えぇ、スタープロジェクトは、もう無理かもしれない」
一番聞きたくない言葉を聞いて、翔兎は胸を撃ち抜かれる。
美月の一番の目標。スタープロジェクトで優勝することだけを考えて、行動してきた。努力もしてきた。
だが、それを奪われるということは、彼女の今までの苦労が水の泡になることを意味していた。
「あの子ね、翔兎君と一緒に音楽やれて楽しいっていつも言ってる。一番にアナタの名前を出すの。多分、他のメンバーより、思入れがあるんでしょうね。いや、多分あれは恋心だと思う。一人の男性を愛した女の感だけどね」
佐奈の言葉を聞いた翔兎は、胸が痛くなった。
自分が美月に抱いているものも恋心だ。だから、彼女がこの世からいなくなるということを聞いて、否定の感情が真っ先に来た。絶対に現実になってほしくないと思った。
もし、彼女も自分のことをそう思っているのなら……音楽以上に、死ねない理由がある。恋とは人を狂わせてしまう麻薬みたいなものだから。
「翔兎君には悪いけど……今はあの子をそっとしておいてあげて。時が来たら、また普通に話せる日が来るから」
「わかりました」
翔兎の言葉に微笑みを向けて、佐奈は最愛の娘と彼の前を後にする。その背中には悲しみの感情があるような気がした。
大切な人の死が決まっても、世界はいつも通り回り続けている。
故に、翔兎も学校生活は疎かにはできない。
いつも通りに桜花学園に登校する。
桜花学園では、来たる文化祭の話題でもちきりだった。
どんな出し物をするか。
他の学年に負けないようにどうやって計画を練っていくかなどだ。
しかし、翔兎は乗り気ではなかった。
「おい、銀河。どうかしたのか?」
クラスメイトの一人の男子生徒が声をかけてくる。
「どうもしねぇよ。俺たち仲良くもねぇんだから、話しかけてくるなよな」
「いいだろ! 話しかけるくらい」
「俺には迷惑なんだよ。それに、出し物なら好きなのやってくれ。俺はそれに便乗するだけだから」
「チッ! ノリ悪いな。せっかく話しかけてやったのに」
悪態をついて、翔兎から距離を取っていく。
いつも通り、翔兎はクラスで孤立する。
窓の外を眺め、三日前の美月の涙を思い出す。
あれから連絡は取っていない。どう話しかければいいのかわからないからだ。
スタジオにも顔を出していない。春樹と健斗は心配していたので、文化祭の準備が忙しいと嘘をついておいた。
話すとややこしくなるし、下手をしたらバンドの中に亀裂が入ってしまうかもしれない。
これは完全な翔兎の自己判断だった。
突如、教室の扉が開かれ、「翔兎さん!」と、大声を上げながら女子生徒が教室へと入ってきた。
「どうかしましたか?」
突然の上級生の訪問。名前を呼ばれた本人以外も訪問してきた彼女の方に注目してしまう。
「咲良さん」
「翔兎さん! 美月が、美月が学校に来てないの! 何か知らない?」
咲良の言葉に翔兎は黙り込む。
原因は知っている。だが、それを伝えるのはあまりに酷だ。
「お願い! 知ってることを話して」
咲良の目が翔兎を貫く。
翔兎は彼女には隠しきれないと観念し、全てを話すことにする。
この場所では話せないことを伝え、翔兎は校庭へと移動。設置されているベンチに腰をかけ、全てを話した。
「嘘でしょ……」
咲良の言葉を聞いて、翔兎は悲しみの表情を浮かべる。その顔を見て、翔兎の話したことが全て事実だと理解し、彼女の精神は瓦解した。
中学からの親友の死。突然の告白に、咲良は何も言葉を紡げなかった。
あれから二週間。なんの進展もなく、日常は過ぎていく。
起きた出来事といえば、ライブ配信を欠いたことによるランキングの急降下。
三百位だった順位は、十五万位まで下落し、今から巻き上げるのは難しかった。
だが、仕方がない。余命宣告されてから、美月は精神的に病んでしまい、バンドどころではなかったからだ。
二週間も欠席したため、健斗と春樹は美月に何かあったのではないかと心配していたが、美月のことを思った翔兎が「流行病にかかった」と嘘をついて誤魔化してくれたらしい。
「みんな、ごめんね……」
自分の不甲斐なさに美月はひとり謝罪の言葉を呟く。
バンドがやりたい。みんなに会いたい。
頭ではわかっているが、迫り来る死を前にしたら、恐怖以外の感情が湧いてこず、前に進むのすらも躊躇わせる。
そんな彼女のスマホに、着信が届いた。
着信の主は翔兎。
「翔兎君……」
唯一、真実を知っている人物。
今、一番そばにいてほしい人。
彼の名前が表示され、美月は縋る思いで着信を取った。
「もし、もし」
『美月、げん……大丈夫か?』
「翔兎君……」
涙ぐんだ声で言葉を紡ぐ。
時間が経てば解決してくれると思った。母もそう言っていた。
それでも、人間の最大の恐怖──死を前にすると、人はどうしようもなくなってしまうのだと体験して初めて痛感する。
美月の鼻水を啜る音だけが部屋に響く。
翔兎としても、状況が状況だけに慎重に言葉を選んでいるのか、無言の時間がしばらく続く。
『美月。また、一緒に音楽やろうよ。だから、顔を見せてほしい。スタジオに来てほしい。みんな待ってる。元気な美月の顔が見たいんだ』
「無理だよ……」
『そんなこと……』
「ある!」
『────』
「翔兎君にはわからないよ。私の気持ち、私がどれだけ怖いのか……死ぬんだよ! 消えちゃうんだよ! この気持ちが翔兎君にわかるわけない!」
正論すぎる美月の言葉に、翔兎は黙り込んでしまう。
「ごめん……ただの八つ当たりだよね。翔兎君には関係ないのに」
『俺の方こそごめん。でも……』
翔兎は覚悟を決めて言葉を紡ぐ。
『俺は美月に生きてほしい! もし、無理でも俺が全力で守ってやる。ひとりが怖いなら俺も一緒に死んでやる! だから、俺たちと一緒に同じ道を歩んでほしい。あの舞台に立つ美月を見せてほしい。俺が憧れた、俺が惚れた、最高に美しい女が一番輝く場所で歌う姿を見せてほしい!』
全力で自分の気持ちを伝える。その言葉に美月は「バカ……」と呟いた。そして、
「翔兎君には翔兎君の人生があるでしょ? 一緒になんてダメ。私が死んでも、私の分まで生きて。私も命ある限り、翔兎君……」
唇を噛みながら、涙を堪える。その後、一度深呼吸をして、
「翔兎の思いに応えられるようにするから。だから、絶対優勝しようね! 最高の私を見せてあげる。そしたら……」
その後の言葉を聞いて、翔兎は『美月……』と言葉を返す。
「やっぱり想いを伝えるのって恥ずかしいね」
『いや、ありがとう』
二人は電話越しで赤面する。
「このことは健斗君と春樹君には内緒だよ。それと、余命宣告のことも。咲良に言ったことちょっと怒ってるから」
『悪かった。ごめん』
「まぁ、咲良には話すつもりだったからいいんだけどね」
『なんだよそれ!』
二人は笑い合う。来たるその日が来るまで、同じ道を歩み続けるために。