とっても悪い子
織戸 薫
「一真(かずま)、パパとママは、今からお買物に行くのよ。一真は、じいじ(・・・)とばあば(・・・)のお家(うち)で待っていてね」
ママの言葉を聞いて、一真はとっても嬉しくなった。だって、ここでは、やりたい放題ができるからだ。
パパとママが出かけると、一真は、おもちゃの刀を抜いて、ブスリブスリと、押入れのふすまに穴をあけた。
「一真、そんなことをしたら、だめだよ」
じいじ(・・・)が言ったけれど、一真は知らんぷりだ。そして、その穴に指を入れて、ビリビリと破り始めた。穴がどんどん大きくなって、とってもおもしろいのだ。
ふすま破りにあきてきた一真は、テーブルの上にあったつまようじ(・・・・・)を、全部床にぶちまけた。
「一真、そんなことをしたら、だめだよ」
ばあば(・・・)が言ったけれど、一真は知らんぷりだ。そして、床にしゃがんでつまようじ(・・・・・)をポキポキと折って遊び始めた。
「じいじ(・・・)、公園に虫を取りに行くよ」
一真は、大好きな長ぐつをはきながら、じいじ(・・・)に言った
公園で一真は、バッタ(ばった)を二匹とてんとう(・・・・)虫をつかまえた。
「ばあば(・・・)、バッタ(ばった)とてんとう虫をつかまえたよ」
「まあ、一真は、虫とりがじょうずだねえ。でも、もう逃がしてあげなさい」
「うん」
一真が、つまんで空に放り投げると、てんとう虫は、びっくりしたように飛んで行った。次にバッタを地面に置いたけれど、バッタは、きょろきょろしているだけだ。
「えいっ!」
一真は、そのバッタを長ぐつで踏みつぶした。バッタのお腹から、うんこが出てきた。
「こら一真!そんなことをしたら、だめだよ。かわいそうだろう」
じいじ(・・・)が怒って言った。
でも一真は知らんぷりだ。一真は、次に庭の木の枝をポキンと折った。ばあばが大切にしている木だ。
それから、一真は押入れの中に隠れた。かくれんぼをしようと思ったのだ。
するとその時、ボコンと大きな音がした。そして、一真は暗い穴の中に落ちて行ったのだ。
「うわぁ!」
一真は、びっくりして叫んだ。
「怖(こわ)いよう!助けてえ!」
一真は泣きだしたが、だれも助けに来てくれない。
やっと終点に着くと、そこには、大きな棒を持った赤鬼が立っていた。
(ふん、だまされないぞ。幼稚園の先生かパパが、お面をかぶっているのだろう)
「おまえは一真だな。さあ、大王様の所に行くぞ」
赤鬼が、いばって言った。
「ここは、どこなの?」
「ここは、悪い子供が落ちて来る『子供地獄』じゃ。良い子に成る迄は、お家(うち)に帰られないのじゃ」
赤鬼といっしょに歩いて行くと、大きな門がある立派なお屋敷に着いた。門の両側には、赤鬼と同じように大きな棒を持った、青鬼と黄色の鬼が立っていた。
「おまえがした悪い事は、みんな、これに書いてあるぞ!」
金ぴかの大王様は、白い紙を、ひらひらさせながら言った。大王様は赤鬼の二倍くらいの大きさだ。
一真は、びっくりした。
(こんな大きな人は、見たことがないぞ。だれだろう?)
「赤鬼、この子は、とっても悪い子だ。 3番の部屋に、連れて行け」
「はい、分かりました」
赤鬼は、大王様におじぎをして言った。
門の外に出ると、岩山に大きなほら穴があった。その中に入ると、鉄ごうしがある部屋が、いくつも並んでいた。
最初の部屋には➀と書いてあった。その中には、泣きべそをかいた子供達が入れられていた。
「この子達は、何をしたの?」
一真は赤鬼に聞いた。
「自分のお家(うち)に、いたずらをしたのじゃ。壁にシールを貼ったり、落書きをしたのじゃ」
その部屋の奥にあるドアが開いた。そこから出て来たピンクの鬼が、プリキュアの服を来た女の子を指差して言った。
「さあ、次はお前の番だ」
「キャア!良い子に成るから、やめてえ!」
女の子の叫び声が、ドアの外まで聞こえてきた。
「あの部屋の中で何をされるの?」
「いたずらをした相手から、仕返しをされるのじゃ」
「じゃあ、ふすまを破ったら、どうなるの?」
「そんなことをしたら、百枚のふすまの紙が、お前をぐるぐる巻きにするから、息ができなくなるじゃろうな」
一真は、自分がこの部屋でなくて良かったなと思った。
次の部屋には、➁と書いてあった。その中には、泣きべそをかいた子供達が入れられていた。
「この子達は何をしたの?」
「物を大切にしなかったのじゃ」
奥にあるドアが開いた。そこから出て来た白い鬼が、仮面ライダーの服を着た男の子を指差して言った。
「さあ、次はお前の番だ」
「良い子になるから やめてえ!」
男の子の叫び声が、ドアの外迄聞こえてきた。
「あの部屋の中で、何をされるの?」
「いたずらをした相手から、仕返しをされるのじゃ」
「じゃあ、つまようじ(・・・・・)をポキポキ折ったら どうなるの?」
「千本のつまようじ(・・・・・)が飛んで来て、お前の顔じゅうに刺さるじゃろうな」
一真は、自分がこの部屋でなくて良かったなと思った。
最後の部屋には③と書いてあったが、中には誰もいなかった。肌色の鬼が、だまって待っていた。
「どうしてここには、誰もいないの?」
「ここは、とっても悪い子を入れる所じゃからな。とっても悪い子なんて、そんなにたくさんは、いないのじゃ」
「とっても悪い子は、何をしたの?」
「人が大切にしている花をむしったり、生きているものを殺したりしたのじゃ」
一真は胸がドキドキしてきた。
「じゃあ、木の枝を折ったら、どうなるの?」
「お前のお尻や口や耳の穴から、木の枝がにょきにょきとはえてくるじゃろうな」
「生き物を殺したら、どうなるの?」
「殺された生き物が、百倍の大きさに成って、お前を食べに来るじゃろうな」
(百倍の大きさのバッタだって?かみつかれたら、どうしよう)
一真は、怖(こわ)くて怖(こわ)くて、たまらなかった。
「さあ、とっても悪い子を連れて来たぞ」
赤鬼は、鉄ごうしをギギッと開けながら言った。
「ようし、さあ入れ」肌色の鬼はニヤリと笑って、一真に手をのばしてきた。
「いやだ、いやだ!良い子に成るから、やめてえ!」
一真は大声で叫んだが、とうとう肌色の鬼につかまってしまった。一真は逃げようとして、手と足をバタバタさせたが、 肌色の鬼は、 しっかりつかんで離してくれない。
「こら、一真。どうした?落ちつきなさい」
あれ?パパの声だ。
「どこをさがしてもいないから、心配したわよ」
ばあば(・・・)の声だ。
「そしたら、押入れの中で、大声で泣き出すのだからなあ。びっくりしたよ」
こんどはじいじ(・・・)だ。
「とっても怖(こわ)い夢をみたのね?かわいそうに」
ママもいる。
一真が顔をあげてみると、一真をつかまえているのは、肌色の鬼ではなくてパパだった。
安心して泣くのをやめた一真は、考えた。
(明日からは、とっても悪い子はやめにして、ふつうの悪い子に成ろうかな)