二日後――。
予定通りに砂漠を抜け、ドラゴンチェストの砂漠の前の町を訪れる。宿に到着したその日、アルスとリースは洗濯に勤しんでいた。
周りにも同じように洗濯をする旅人達の光景が広がり、洗濯物が物干しで風になびいている。
「洗濯をしていると、日常に帰ってきた気がするね」
「何で、アルスはこんなに庶民的なんだか……」
リースはタライの中の洗濯板で、ゴシゴシと洗濯物を洗いながら文句を言う。
「私達には仇討ちという大事な使命があるのに……」
「僕は、いつからそんな使命を背負わされたんだろう?」
「私のためにハンターの資格も取ってくれたのに……」
「凄い自己解釈だね?」
「次の町で、ハンターの営業所に行くんだからね!」
「どちらかというと、鍛冶屋を見つけて路銀を稼ぐ仕事をしたいんだけど」
「盗賊を捕まえて、お金に変えるっていう発想はないの!」
「ないよ。安全第一」
「はぁ……」
リースは溜息を吐く。
「アルスって、もう少し男の子らしくてもいいんじゃない?」
「リースは、もう少し女の子らしくてもいいんじゃないの?」
「こんなんで、仇の盗賊を見つけられるのかな?」
「見つけてもしょうがないんじゃないの?」
「どうして? やっつけに行くんだよ?」
「砂漠で、リース自身が自分の未熟さを痛感してたじゃないか」
「じゃあ、あと二年も待つの?」
「ビンゴブックに載るような盗賊なら、放っとけば、他のハンターが捕まえるんじゃない?」
「自分で捕まえたいんだけど……」
「僕はビンゴブックも盗賊にも興味ない。保護者としてリースに危ないことはさせない。よって、ハンターの営業所には行かない」
「え~っ!」
パンッと布を裁つと、アルスは布を畳んで洗濯籠に入れる。
「ほら、洗濯物を干すよ」
「う~……」
リースは納得いかない気分で洗濯を終えた。
…
宿の二階の部屋――。
窓際の椅子に座りながら、リースは溜息を吐く。窓からは、先ほど干した洗濯物が見え、それに何となく目を向けている。陽射しは温かく、のどかな雰囲気が漂っている。
「こんなんでいいのかな……」
戦う技術を身につけ始め、少しずつ強くなっている気もする。魔法もアルスに習って、回復魔法を練習中。レベル1の魔法しか使えないアルスより、レベル3の魔力を使った回復魔法が使えるようになる方がいいのも分かっている。
「でも、攻撃主体にしたいんだよね……」
胸の中の恨みの刃は錆びることなく、研ぎ続けられている。これを突き刺すための努力なのだが、最近、錆はしないが研ぎ方が甘い感じがする。
アルスの言っていることは正しいし、間違っていない。しかし、自分の考えを通させてくれない。あの盗賊達をやっつけるのは譲れないのに……。
「そのためには情報が必要なのに……」
自分の強さを定める目標である盗賊達の強さと居場所の把握。最低でも、この二つの情報は知っておきたい。出来るなら、更新される情報を逐一にだ。
「それなのにアルスは……!」
全然やる気がない。全然協力的じゃない。
「最近、アルスに感化されている気もするし……」
随分と丸くなった気がする。
(旅立つ前に復讐すると誓ったはずなのに……。このままじゃ、いけない気がする)
リースは宿の部屋を出て一階に下りると、外に出る。そして、宿の裏でポケットからナイフを取り出す。
「もう一度、思い出さなきゃ」
ナイフの鞘を外してポケットに入れると、ナイフの刃を見続ける。集中力が高まると、やがて、ダガーで切った指の痛みが思い出される。
(これの何倍もの痛みを街の人は与えられた……)
胸の中で、何かが鋭くなった気がする。
(許しちゃダメなんだ)
リースはナイフ術の基礎を始めた。踏み込み、上半身のバネ、腕の振り、手首のスナップ……。一連の動作を連動させ、見えない敵に斬りつける。
「狙うは急所」
首筋、心臓、動脈……。
「狙うは鎧の隙間」
関節、繋ぎ目、回り込んだ後ろ……。空気を切り裂く音と体を回転させる足音、今のリースの体の強さで再現できる最高のスピードでナイフが弧を描く。
「これを突き立てる」
右手のナイフの持ち方が逆手に変わり、リースは回転する。遠心力で威力を増し、右手でナイフを突き立て、左手で柄を押す。
「あと、二年か……」
リースは大きく息を吐く。
「忘れちゃいけないんだ……」
リースは自分の闇を再確認する。
「……だけど、進んで殺すのはアイツらだけにする」
リースはポケットから鞘を取り出し、ナイフを納める。
(アルスは、私の鞘なのかな……。自分のためじゃなくて、アルスのためって思うと我慢できる気がする)
ナイフをポケットに仕舞うと、リースは自分の中にあるイライラとした気持ちに整理をつける。
(私の憎しみは忘れない。でも、アルスの気持ちも大事にする。結局、どっちかなんて選べない……。なら、両方、成し遂げよう)
リースは姿勢を正して歩き出し、宿に戻った時には、いつも通りに戻っていた。