目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

淡色の双眸に 4


 魔法使い──ロサルヒドのその言葉に、テオドールとシェリアは思わず顔を見合わせた。


「魔法使いは、血筋ではなかったのか」


 魔法使いの孫であるロサルヒドならまだしも、ファムビルが魔法使いとはどういう意味なのか。あるいは、ファムビルもまた魔法使いの血筋だったという意味なのか。


 いまいち話が見えないせいで、テオドールの眉間に皺が寄る。


「言ったじゃねえか。魔法使いは血筋だが、血を引いていたところで魔法が使えなくなる奴はいるってな。それが俺だ」


 ふんと鼻を鳴らしたロサルヒドは、あまり愉快ではなさそうだ。

 魔法使いの血筋でありながら、その才能がない──という告白は、確かにあまり人に言いたいことではないに違いない。

 だが、それはあくまでも、ロサルヒドが魔法使いではないという方の話だ。


 テオドールは肩から力を抜いて、ロサルヒドとファムビルを交互に見遣った。

 すっかり困惑している様子のシェリアは、ただ静かに話を聞いている。


「こいつは魔法使いの家系じゃねえが、魔法の才があってな。だが、魔法を扱う術を知らねえ。だから、俺が授けてやった」

「……才能がある者と知識がある者、というわけか」

「そういうこった。理解が早くて助かる」


 口の端を薄く釣り上げるようにして笑ったロサルヒドは、再びテーブルに頬杖をついた。


 魔法使いの家系に生まれながら、魔法が使えないロサルヒド。

 魔法使いの家系ではないが、魔法を扱えるファムビル。


 世間的な扱いは、それぞれ逆だ。

 魔法研究家であるロサルヒドは魔法使いの末裔として有名で、ファムビルは彼の道具を使って花の街を維持している──そういう話だったはずだ。


 テオドールの困惑と思考を見抜いたかのように、ロサルヒドは顔を歪めて笑った。


「そもそも、俺は自分が魔法使いだとか名乗ってねえよ。魔法研究家だ」

「……確かに、そうだが……」

「だいたい、道具だけ渡してあんな規模のドームをずっと維持できるかっての」


 やれやれと肩を竦めたロサルヒドは、ちらりとファムビルを見た。

 その言葉に引っ掛かったのは、シェリアの方だ。自分の首から下がっているペンダントを見下ろしてから顔を上げると、ロサルヒドと目が合って驚いてしまった。


「言わなかったか? 魔法がありゃ、あっさり"作れる"ってよ」


 そう言ってロサルヒドは、顎先でシェリアのペンダントを示した。

 あの時──割れてしまったペンダントをあっという間に直したものだと思っていたが、どうやら違うらしい。再び眉を寄せたテオドールは「どういう意味だ」とお手上げを示した。


「どういうもこういうも、そういう意味だろ」


 しかし、ロサルヒドはすぐに正解を告げてはくれない。


「俺は、"割れても元に戻るように作られた品物"を、刺激してやっただけだ」


 退屈そうに言い放ったロサルヒドは、頬杖をついたままで隣を見遣った。

 考えあぐねていたファムビルは視線を受け止めはしたものの、すぐに話を重ねはしない。


 どうやら、ふたりともそれぞれにタイプが違いすぎるらしい。

 しばらくして、ファムビルがやっと口を開いた。


「私が魔法を使って、彼女のペンダントを作ったんだ」

「んで、俺はそのペンダントに仕掛けられた魔法を弄ったってワケ」


 その言葉に対して、テオドールは眉間の皺を深くした。


「……では、あの時、割れたペンダントを直すために、魔法を使ったわけではないということか」

「そういうこった。俺は知識があるから、ペンダントが元に戻ろうとする魔法を刺激できたってワケ」


 つまらなさそうに鼻を鳴らしたロサルヒドは、いよいよ説明が面倒くさくなっているようだ。


「ま、この話はいいだろ。肝心なのはファムビルが魔法使いってところだ」


 ロサルヒドは話題を投げ出すように、頬杖をついていない手を緩く振った。確かに、そこに関しては大して重要なところではない。


「お前らが魔女に近付いた──こっちの方が、お前らにとって役に立つ話だろうが」

「……ああ」


 ロサルヒドの言葉に、テオドールは慎重に頷いた。


「ファムビルから聞いたかどうかは知らねえが、コイツも魔女には縁があってな」

「ああ、話は聞いている。……だが、復讐は諦めたものと」


 花の街では、そう言っていたはずだ。

 テオドールの視線がファムビルへと向く。


「その通り。コイツは、とっくの昔に魔女のことは諦めやがった。どうしてだか、さっぱり見つけられねえからだ」


 テオドールの反応を気にした様子もなく、ロサルヒドはマイペースな調子で言葉を重ねた。


「魔法使いとしての素質と魔力を持っているコイツに、俺は魔法を教えてやった。だが、それでもだ。魔法まで使わせてやってんのに、魔女は見つかりゃしねえ」


 魔法使いでさえも、あの魔女に近付くことはできなかったのだ。探しても探しても見つけられない。尻尾のひとつも掴めなかったのだ。

 ロサルヒドは更に言葉を続けた。


「だが、お前らは遭遇してる。しかも、追いついたワケでも追い詰めたワケでもねえ。あっちから来たんだろ?」


 ロサルヒドに問われたシェリアが慌てて頷いた。

 確かにテオドールとシェリアは魔女を追っている。しかし、遭遇に関しては魔女の方から、という言い方が正しかった。


「テオドールとファムビル、それぞれ単体の条件を比較した場合、有利なのはファムビルだ──ってのは分かるな?」


 ロサルヒドは少し気だるそうに、テオドールとシェリアそれぞれに視線を向けた。

 魔法に関わる者としては、魔法使いの方が有利だろう。そういう意味では、特に異論はなかった。


 ふたりがそれぞれに視線を交わしてから頷くと、ロサルヒドは緩やかに頬杖を解いた。


「だったら何が違うか。おのずと見えるだろ」


 テオドールはその言い方に、彼の視線の矛先に気が付いて、再び眉を寄せてしまった。



「お前らにとっての決定打は──シェリアの存在だ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?