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第六章 迷宮サバイバルの夜

25 サバイバルゲームのダンジョンへようこそ

「あれ?CEOのスマホはあのビルを離れました」

青野翼あおのつばさはGPSの位置変化に気付いた。

リカの盗聴器からも新しい情報が入った。

エンジェたちはもう到着したようだ。

エンジェは手下に指示している。

「あのCEOがいない?怪しいね……あんたたち、あの人たちに尾行して行って。ほかの人はあたしについてビルに入るわ」

「うちも!うちもいく!!鬼畜CEO兄ちゃんに見始められるんだもん!」


「ビルから人が出ているけど、イズルはその中にいない。恐らく、その人たちは彼のスマホを持ち去ったの」

両方の情報を合わせて、リカは判断した。

「さすがです!CEOを弄ぶために、もう盗聴器を仕込んだんですね!」

青野翼は大げさにリカを褒めた。

「盗聴器みたいな小細工を使わなくても、人を翻弄できる奴がいるのでは?」

リカはもともと青野翼のはしゃぎすぎる演技に気にいらない。

この間、彼の身分を確認できた。

万代家のライバル組織の中層幹部だ。

もうその下手演技に合わせる必要はない。

「人を翻弄するのは人間性の問題。人間性低いのが法律違反じゃないけど、翻弄する相手が消えてしまったら、どんな企みも台無しになるでしょ」

「……」

アホ笑顔は青野翼の顔から消えた。

リカの話から、事態の厳重性が伝わってきた。

今晩訪れた万代家の人はイズルにとって危険な相手のようだ。

奴らの目的がリカだと彼は思ったから、自由に泳がせた。

でも、リカは自分よりその人たちの目的に詳しい。

仕方がない、本気でイズルを助けよう。

「何を言ってるの?全然わかんない。イズルの奴を翻弄するの?あたしも混ぜて!」

「仲間外れ」されたくない奇愛きあは横から口を挟んだ。

青野翼は一度眼鏡を押して、困りそうな笑みを口に浮かべだ。

「翻弄ではありません。助けるのです。うちのCEOは本当に運が悪いです。あなたたちに狙われただけではなく、暗黒組織にも狙われています。力を合わせて、彼を助けようと話し合っているのです」

「助ける?じゃあ、やらない。早く往生してほしいの。軌跡兄ちゃんを彼から解放したい!」

青野翼と違って、奇愛は事態を理解していない。

リカは彼女のわがままが分かるので、言い方を変えた。

「じゃあ、彼を処分するチャンスをどこからの知らない雑魚に譲ってもいいの?自らの手で彼を処分しなくても平気なの?」

「うぅん……それは……」

奇愛は唇を噤んだ。

「これは冗談ではない。彼は確かに危ない。もちろん、あなたは高見の見物をしてもいい。人の手を借りて彼を処分するのも気楽だし」

リカの口調はかなり丁重で、青野翼よりずっと信憑性が高い。

奇愛もちょっと動揺した。

まさか、奴は本当に危ない?

確かに、自分の好きな人を縛る悪党だし、親や周りの大人は自分を彼にくっつけさせるのも憎々しいことだ。

けど、家族はあんなことに遭って、可哀そうと思う。

彼が暗黒勢力に狙われていることを知ったのに、助けをしなかったら――

それは、人の足元を見ることになるんじゃないか。


少し考えたら、奇愛は態度を変えた。

「初恋の恨みは海より深い。だから、この手で奴を処分しなければならない!」

「じゃあ、決まりだね。今すぐあなたの軌跡兄ちゃんに電話をして。彼たちは尾行されていることを教えてあげて。それに、必ず団体行動すると、なるべく人の多いところに行くように伝えてください」

リカはすぐ奇愛の背中を押した。

「あ、あたしの軌跡兄ちゃんって?!お姉ちゃん……リカ姉ちゃんはいい人ですね!」

心に刺さる言葉を聞かされて、奇愛は大喜んで電話をかけた。


青野翼は車を斜楼の駐車場に入れて、三人は車から降りた。

リカは軌跡たちと合流するように奇愛に頼んで、自分と青野翼でビルの入り口に向かった。


入口の前に来たら、リカは一旦止まって、青野翼に振り向く。

「私一人で入る。あなたはここに残って、万が一、軌跡たちに尾行する人が戻った場合――」

リカはサーブルケースから一本の剣を取り出して、青野翼に渡す。

青野翼は胸を張ってその剣を受け取る。

「自殺で脅迫します!」

「……」

「いや、実は、格闘の経験が全くなくて、体を使うことが苦手です……」

青野翼は頭を掻いて恥ずかしそうに笑った。

「……だからくだらない演技で生計を維持しているのか……」

「くだらないなんてひどいです。リカさんも色々びっくりしたでしょう!」

「…………」

何か異様な気配を感じて、リカは青野翼へのツッコミを諦めて、ビルの曲がり角に視線を投げた。

「出てきなさい」

それを聞くと、闇に隠れている人はびくびくと頭を出した。

「あれ、リカじゃないですか!こんばんは、お久しぶりで~す。最近どうですか?偶然ですね、えへへ……」

エンジェにここで待つと命じられたようこだ。

ようこはリカと距離を取りつつ、ヘラヘラと笑った。

「いつもと違って、今日の衣装は素敵ですね!」

「……」

リカはようこに一目をしただけ、

「任せた」

と青野翼に言ってからビルの入り口に歩き出した。

「えっ!僕ですか?!脅迫は強い相手に限ります!弱い女子を脅迫するなんて、僕のプライドが許さないです!」

青野翼は抗議したら、ようこのほうも不満を噴いた。

「あんた誰?言っておくけど、リカとはもう関係ないの!彼女はうちのこと決める権力はないの!うち、尻の軽い女じゃないの!あんたの年収はどのくらい?お母ちゃんはまだ生きている?投資している?貯金は、不動産は、車は?ローンある? 彼女が何人いる?早くライトをつけて、イケメンかどうか確めさせて!!」


ビルの扉が自動的に閉まると、リカの耳元は静かになった。

暗い玄関の天井から、微かな機械の音が聞こえる。

真正面の壁に、青と紫のデザイン文字が投影されている:

「激情な雨夜から不思議な旅を楽しんでください」

それから、床にライトが相次ぎ光って、光の道となって暗い廊下へ伸びっていく。


奇愛の話によると、このビルはワナだらけのサバイバルゲームダンジョン。イズルを試すために、エレベーターと緊急出口は全部ロックされた。

鍵を持つ軌跡たちを呼び戻すのも考えったけど、そうすると、エンジェの手下も一緒に戻ってくる。

それは厄介だ。


万代家は独自の基準で異能力を五つの種類に分類した。

「身体強化系」

「精神干渉系」

「道具使い系」

「自然操縦系」

「秘術系」


「身体強化系」はその名前通り、常人以上の身体能力を持つことを意味する。この系統の人たちは大体ボディーガードや用心棒に雇われ、忠実的に命令を遂行するように訓練されている。

エンジェは自分の頭にかなり自信があり、何事も他人に指示を出して、派手にやるのが好き。

先ほど電話で呼んだ五人の助っ人は、全員「身体強化系」の異能力者。どれも「筋肉ウルフ」と呼ばれるほど強い大男。

万が一衝突になったら、一般人の奇愛たちは危ない。


だから、リカは奇愛にビルの中身とダンジョン攻略の方法だけを聞いた。

奇愛の説明からすると、筋肉ウルフたちだけでダンジョンを攻略するのは難しくないだろう。でも、エンジェにとって「至難なタスク」になる。

手下は自分より先に走るようなことは、エンジェが絶対に許さない。自分を先にクリアさせるなど無理矢理な要求をするはず。言い換えれば、彼女は筋肉ウルフたちの足を引っ張る。


事実はリカの予想通り。

リカは玄関で投影の文字を読んだすぐ後、ダンジョンの入口の方向からエンジェと三人の黒いスーツの大男が走り出した。

「何なのよ何なのよ何なのよ!!」

エンジェは全身びしょびしょで、尖った叫びをした。

手を込んで仕上げた髪は乱れていて、ハイヒールも揺ら揺ら。

「ここは一体何なのよ!!」

エンジェは後ろの男たちに問いただす。

「どうして障害物を破壊しなかったの?!あたしの命令を聞かないというの?!」

「中は真っ暗だ!間違ってエンジェさんを傷つける恐れがある!」

男たちもびしょ濡れでとても狼狽。

「じゃ壁を壊せ!エレベーターをこじ開けろ!内部者専用の通路は絶対どこかにあるから見つけ出せ!」

「は、はい!!」

三人の男は嫌そうな表情になったけど、やはりエンジェの命令に従って、向きを変えて周りを探ろうとした。

その時、四人はやっとロビーにいるリカに気付いた。

「あなたは……!」

「リカお嬢様?!」

「姫様!!」


「リカ……?!」 

エンジェはリカを見たら、まずは驚いた。

「なにが姫様だよ!」

そして次の瞬間、ハイヒールでリカを「姫様」と呼んだ男の膝裏を蹴った。

「入らないなら道を開けろ」

リカはエンジェ一行に構わず、そのまま彼たちが出た通路に向かった。

「なにを……」

エンジェは反射的に止めようとしたけど、すぐダンジョンの中の様子を思い出した。

すると、悪知恵を働かせて、筋肉ウルフたちへの命令を変えた。

「あんた、リカが出られないように、ここで見張ってて!ほか二人は早く抜け道を探しに行きなさい」


ダンジョンに入ると、もうエンジェの叫びが聞こえない。

この空間は土砂降りの雨の音に埋められている。

突然に訪れた豪雨で、リカはエンジェや筋肉ウルフたちと同じように全身びしょ濡れになった。

床の照明は全部消えて、周りに光源が全くない。

すでに奇愛から教えられたことだから、リカはあまり驚かなかった。

納得したように小さくつぶやいた。

「なるほど、これは『雨夜の迷宮』か」

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