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第21話  捕食者と小動物


 エリアボスの襲来。

 まさに寝耳に水とはこのことか。

 全く予想だにしない場所・タイミングで登場した悪意の権化が、遠方より迫り来る。

 緩慢な動きながらも一歩一歩は巨大質量を含んでいて、足を踏み出す度に穏やかならざる地響きが住宅街を駆け抜けた。


 そんな折、俺は自宅の庭からエリアボスの巨体を覗きつつ、鑑定スキルを発動する。



 名前:レッドトロール

 レベル:39

 トロール種の上位個体。各属性ごとに系統が分かれており、レッドトロールは炎を司る。炎魔法に高い適性があり、同じく炎に強い耐性を持つ。非常に好戦的で、一度捉えた獲物は死ぬまで攻撃をしてくる。



 表示された鑑定結果に、俺は奥歯を強く噛み締めた。


「レッドトロール……!? レベル三十九だと!?」


 あまりに桁外れの数値。

 無意識に呼吸が荒くなる。


 俺が遭遇した中で最もレベルが高かったのは学校のプールに巣食っていたジャイアントスライムだ。

 そのレベルは十。

 それでも俺だけの力では太刀打ちできず、北沢の炎魔法とプリムのサポートが上手く組合わさってやっと辛勝したに過ぎない。

 その事実を知る俺に、目の前に提示された数字はあまりにも現実離れしていた。

 ――レベル三十九。

 レベルだけで見るなら、ジャイアントスライムのおよそ四倍の数値。

 単純化して考えるならジャイアントスライム四体を同時に相手取るようなものか?

 いや、それが一体のモンスターとして君臨している以上、倍数ではなく乗数で想定した方がより正確な脅威を図れるだろうか。


「……言うなれば、レベル一のスライムが百体集まってもレベル百の魔王とタメが張れないのと同じロジック。レッドトロールの強さは、ジャイアントスライム四体どころの騒ぎじゃねぇってことだよな」


 認識を改めろ。

 状況は芳しくないどころか、間違いなく過去最悪。

 だが、今さらまったりと作戦会議を開いている余裕などある訳がない。

 場あたり的。

 アドリブ力。

《新世界》で生き残るにはそのようなサバイバル能力も求められるのだと、身に沁みて理解したぜ。


 俺は思考をフル稼働させ、即座に行動に移る。


「まずはここから離れるぞ! とりあえずあの馬鹿デカイ図体なら早々見失うことはない! それよりもこのまま留まってたら俺の家がぶっ壊される!!」


 今の場所はレッドトロールから距離が近すぎる。

 まだ五十メートル近く離れているとはいえ、モタモタしていたらあっという間に追い付かれる距離だ。

 幸い、アイツは図体のデカさが災いして素早い動きはできない!

 だったら一旦レッドトロールからは距離を取り、今より少しでも万全の状態になるよう体勢を整える。


「あ、ああ、あんなの勝てるわけないわ! は、はは早く逃げましょう!」

「……たしかに、あれはちょっと無策で挑むのは危険ですね。レベル差も相当なものですし、一回体勢を立て直しましょう!」


 反論は出ず、意見はまとまった。

 俺はいの一番に庭を飛び出し、乱暴に門をこじ開けて歩道へ出る。

 北沢とプリムもすぐに俺の後ろを着いてきた。


「グフゥゥゥゥォォォオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 レッドトロールの雄叫びが周辺一帯に轟いた。

 反射的に音が発生する方へ振り返ると、レッドトロールは天を仰ぎながら渾身の叫びを上空へ放っている。

 やや傾き始めた太陽を威圧するような咆哮。

 建ち並ぶ家々を破壊しながら住宅街を横断していたレッドトロールは、不意に眼球だけを真下に向ける。

 その視線は、何の遮蔽物もなく自らの姿を晒している俺たちに降り注いだ。


 ヤバい!

 バレたか!?


 俺が焦りを覚えた直後――レッドトロールは、ニタァ……、と不気味な笑みへ表情を塗り変えると。


「グフォォオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 ガグン、と上体を振り下ろし、筋肉と脂肪を蓄えた上裸の肉体を見せつけるように前傾姿勢で絶叫した。

 レッドトロールの射貫くような視線と咆哮を全身に浴びせられ、絶対的捕食者にロックオンされた小動物の気分を味わわされる。


「チッ、最悪の展開だクソ野郎……! お前ら全力で走れ!! レッドトロールに捕捉されたぞ!!」


 俺の脳内の警報音がけたたましく鳴り響き、その直感に弾き出されるように瞬時にレッドトロールから背を向けた。




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