レッドトロールの雄叫びと同時にもたらされたのは、俺たちが標的としてロックオンされたという事実だった。
レベル差から考えても、この場で真っ正面から突撃していっても勝ち筋が見えない。
ならば一旦、ここは敵に背を向けるべきだ。
「お前ら全力で走れ!! レッドトロールに捕捉されたぞ!!」
俺は北沢とプリムに逃亡を指示すると、北沢は目をぐるぐると回し、プリムは心底嫌そうな顔で舌を出した。
「は、はあっ!? そ、そそ、それどういうこと!!?」
「うわぁ、マジじゃないですか遊一。あの半裸の巨人、私たちにすっごい熱視線送ってきてくれてますよ」
「い、いやいやそんな可愛らしい表現で収まるようなものじゃないわよプリムちゃん!? よく見て! あ、ああ、アレは私たちを殺そうとしている目よ!!」
「おい! グダグダ言ってねぇでさっさと足動かせ! あの真っ赤なクソデブが殺す気の目をしてるんだったら、俺たちは文字通り死ぬ気で逃げるのに徹すんだよ!!」
北沢とプリムに発破をかける。
その甲斐あってか、北沢は脱兎のごとき勢いでアスファルトを蹴り、俺を抜かしてレッドトロールとは反対方向へ、ダダダダッ!! と走っていった。
プリムは妖精なので空中を羽ばたきながら飛び去っていく。
俺も遅れまいと全力で駆ける。
「グフファアァアアアアアアアアアアア!!!」
レッドトロールの叫びが背中を打ちつける。
ドシィン! ドシィン! と、先ほどよりも僅かにテンポの早い地響きがアスファルトの地面を振動させた。
が、今度はそれだけに留まらない。
――ドガガガベギベギガガガガベキベキベキィ!
乱暴な解体工事のように、木材や金属が破壊される。
何かが崩落するような恐ろしい音に、俺は走りながら背後を振り返った。
レッドトロールは律儀に人間が舗装した道など通る気はないようで、
住宅街でそんな暴挙に出れば当然ながら道中に無数の家々が障害物として立ちはだかる訳だが、あのデカブツは蜘蛛の巣を払う程度の煩わしさしか覚えていないらしい。
新築戸建ての綺麗な玄関や外壁を大型トラックほどあろうかという巨大さの赤い裸足が蹴り破り、一撃で一軒家を全壊させる。
「ググ、グフフィィヒヒヒヒ……!!」
レッドトロールは気持ちの悪い笑みを浮かべると、おもむろに一歩退いた。
徐々に上体を前へ倒し、それとは対照的に右足を後方に浮かばせる。
左足のみで立っているような状態。
アンバランスな姿勢。
嫌な予感が脳裏を駆け抜ける。
「ッ!? アイツ、まさか……!」
レッドトロールの思惑を察した俺は、隣を走る北沢の腕を掴む。
「北沢、プリム! 直線的に逃げるな! こっちに曲がるぞ!!」
「な、なによ急に!? 今は一メートルでも遠く、あの化け物から離れた方がいいでしょ!?」
「アイツは家を蹴り上げる気だ! 何も遮る物がない歩道で体を晒してたら瓦礫の渦に飲まれて木っ端微塵になるぞ!」
「……っ!」
北沢はぞっとするような表情に変わった。
最悪の未来はイメージできたようだ。
だが、時間がない。
俺は直進する予定だった十字路を右に急旋回する。
腕を掴まれた北沢も少し遅れて右に曲がり、家や外壁を遮蔽物として身を隠す。
「……なるほど。無差別広範囲攻撃ですか。頭の悪い単純な手法ですが、それゆえに対処ぼ選択肢が限られる攻撃でもあります。大した力を持たない私たち程度を捻り潰すのは簡単でしょう」
プリムが独り言のように呟いた。
が、今度はよりはっきりとした口調で断言する。
「ですが――――このままだと、どのみち死にますね」
物騒なセリフを口走るプリム。
すると、俺たちのやや後ろの空間を飛んでいた妖精は、北沢の元まで移動した。
プリムは真剣な眼差しで、北沢の瞳を見据えると。
「未沙希! 今すぐ『結界魔法』を発動してください!!」