「ガグァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
激震が走るレッドトロールの咆哮。
もはや若干聞き飽きたレベルで叫び散らす巨人だが、今回ばかりは異質な危険性を宿したものであると直感した。
その俺の直感に賛同するように、頭上から熱波が押し寄せる。
見上げてみると、レッドトロールの口から火が吹き出し、それらは手や腕回りまで広がって、最終的に上半身が炎で覆われるまでに至っていた。
「クッソ! やっぱ来やがったか! こっからが本番だとでも言いたげな顔だなレッドトロール!!」
「ガガグァァアアアアア!!」
レッドトロールは勝利を確信したような不吉な笑みで俺を見下ろす。
その瞳には、まるで下等生物を眺めるような侮辱めいた色合いが滲み出ていた。
「チッ! できれば左足を完全に潰してから炎魔法に対処したかった所なんだがな!」
理想論を吐き捨てるが、悪態を吐いたところで状況は変わらない。
相手もついに本気を出してきた。
本当の戦いはこれからだ。
炎魔法が爆発するようにレッドトロールの上半身を呑み込んでいる。
と、炎に覆われたレッドトロールは、地上でちょこまかと走り回る俺を覗き込むように顔を真下に向けた。
凶悪な口元から、溢れだした炎が断続的に漏れ出している。
瞬間、俺の全身に寒気が走った。
「っ! この野郎まさか――――」
俺は弾き出されるようにアスファルトを蹴り上げ、その場から離脱する。
と同時、大口を開けたレッドトロールは今か今かと解放を待ちわびていた口内に渦巻いていた炎を一気に吐き出した。
ゴオオオオオオッ!! と、炎が迫る恐ろしい音が背後から聞こえる。
「くっ、あっつ! 熱っ!! ヤバいヤバい! さっさと離れねぇと丸焦げになっちまう!」
炎は路全体を飲み込むように襲いかかっていた。
背後から吹き荒ぶ熱風がうなじや後頭部を焼き、その熱は制服のシャツやズボンにまでじんわりと侵食している。
「地上を走り回ってたんじゃジリ貧か!? クソッ、だったらとりあえず上に避難しねぇと!」
堰を切ったように吹き出す炎のブレスから逃れるため、俺は
が、途端に身の毛がよだつような死の気配を感じる。
「なにっ!?」
「ガググァァアアアアアアアアアアアアア!!!」
俺が屋根に着地したと同時、レッドトロールが振り上げた拳を放ってくる。
反射的に俺は屋根を疾駆し、隣の屋根へダイブした。
直後、つい今しがた俺がいた屋根はレッドトロールの右拳が貫き、家ごとバラバラに粉砕された。
そして、奴の反撃は一発では終わらない。
再びレッドトロールは禍々しい相貌を俺に向けてくる。
否、炎の充填が完了したその大口が俺に照準を合わせていた。
「だぁああああああ!! クッソ! んなもん食らったら確実に丸焼き必至だろうが!!」
が、一歩踏み出したところで最悪の状況に気付く。
「うっ、不味い! こっちの方角は……北沢たちがいるエリアか!?」
作戦開始前に予め決めていたおおよその配置を思い出す。
俺の背後には住宅の群れと何軒かのアパートがあった。
恐らく北沢とプリムは俺の後方のどこかのエリアにいるはず。
対して、レッドトロールの炎のブレスは中距離攻撃に分類される。
俺が回避することは可能かもしれないが、今この状況で避けた炎のブレスは一直線に北沢たちがいるエリアを焼き尽くすかもしれない。
「……クッソ! 俺を狙ってるなら、こっちを向けデカブツ野郎!!」
俺は思いっきり方向転換し、目立つようにレッドトロールの横をジャンプして通りすぎた。
隣の家に避難するのではなく、向かいの家にダイブする。
数メートルほどある通学路の上空を浮遊感に包まれながら通過すると、案の定俺につられたレッドトロールは顔の向きを変えた。
「ガガグガァァアアアアアアアアアアアアア!!!」
溜め込んでいた炎の塊をブレスとして吐き出す。
と同時に、
ミシミシミシ……!! と体が軋む感覚の後、俺は一段階速い動作で空中を駆け抜ける。
そのおかげで、辛うじて炎のブレスは俺のすぐ横を通り過ぎるも、凄まじい熱気までは防ぎきれず全身を弱火で炙られるような痛みに顔を背けた。
が、それが一瞬の隙に繋がったらしい。
「ガガッァ!! グガァァアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ッ! ヤバッ――――!」
下から迫り来るレッドトロールの握り拳。
アッパーの体勢で突き上げるように接近してくる巨腕が見えるが、隙を突かれたせいで判断が数瞬遅れる。
マズい!!
このままじゃモロにアッパーを食らっちまう!!
そう、死を覚悟した、瞬間。
――――ダァンッ!!
不意に無機質な音が響いた。
何かは分からないが、確かにどこかで聞いたことがあるような音……発砲音?
まるで