私と結と明奈も一度輪を抜けて、一息つくことにした。
「みんな、お疲れー。デートどうだった?」
「慣れないことをして疲れた……」
彼女なし人生まっしぐらなマリウスは、だいぶ疲労した様子だけど、
「楽しんでくれてたニャ」
「ああ。満足してくれていたようだ」
ノーラたちはそんなことはなくて、ファンと一緒にデートを楽しんでくれたみたいだ。リアーヌとセルジュの二人はどうだっただろう。
「リアーヌとセルジュは?」
「聞いてよ舞夏! セルジュったら、始まって五分も経たないうちに解散とか言うのよ? 酷いと思わない!?」
「何が酷いもんか。女同士のデートになんの意味がある? デートは異性とするものだろうが!」
始まった……。というか。さっきまで笑顔だったから、お互いに我慢してたんだ……。
「だから説明したでしょ!? これは、私のファンの子に日頃の感謝を込めたおもてなしなの! それに何よ! デートは異性とするものっていうその固定観念!」
「だって、デートはそういうものだろ。女が女と一緒にブラブラするのはデートとは言わない! ただの散歩だ!」
もしやセルジュ……ファンの人にまで嫉妬してる?
「しつこいわね。そんなに否定するんだったら、あなたはデートだと思わなくていいんじゃないの!」
「ああ、そうするよ。いいか、覚えてろリアーヌ。お前の初デートは、オレが認めるまでデートとは言わせないからな!」
セルジュそれって、遠回しに自分が初デートの相手になる宣言?
……そうみたいだ。今のセルジュのセリフで大興奮した明奈が、叫びたい衝動を必死に抑えたくて結の肩をバシバシ叩いてる。
「リアーヌとセルジュは、またあとで話し合って。とにかくみんな、今日は本当にご苦労様。あとは好きにしていいよ」
私がそう言うと、ノーラはまた踊って来ると言って下駄をカラカラさせながら輪の中に再び飛び込んで行った。ヘルディナは疲れたから先に帰ると言うから、私は合鍵の隠し場所を教えて一人で帰った。
最近のヘルディナは一人で散歩をしたり、単独行動をしていることが多い。もともと集団行動は苦手なんだろうか。でも、マリウスたちに出会う前はロマニーと一緒に旅をしていたから、そんなことはないのかも。他にも、派遣先から帰って来るの一番も遅いし、ドーヴェルニュ邸にも一人で見学に行ったけれど、本当に見学だけして帰って来た。物語の中でも彼女の過去はあまり語られていないし、私にはまだその思考が読めない。さすが、Mrs.《ミセス》ミステリアス。
私たちは、休憩の男子組と一緒に焼きそばを食べながら盆踊りを見ていた。マリウスたちは、山田酒店の親子が作ったミードの瓶を一本もらって、お腹も空いていたから焼きそばとかも買って来て、みんなで地べたに座って食べた。アスファルトは生暖かいけど、お祭りの中で夜のピクニック気分を味わった。
再び踊りに行ったリアーヌは、振り付けが身体に染み付いていて、現在二次元住みとは思えないほど周りの人と動きがぴったりだ。覚えきれていないセルジュたちは、付いて行くのがやっとって感じだけど。
「あっ。いたいた! 笹木さん家の舞夏ちゃん!」
すると、お祭りスタッフのTシャツを着たおじさんが、助けてほしそうな表情で私の方へ駆けて来た。普段は観光案内所の近くのお茶屋さんをやっている人で、今日も露店を出してくれている。
「どうしたんですか」
「ちょっと、うちの露店の店番しててくれないかな。補充分の品物を店から取って来たくて」
「そんなに繁盛してるんですか?」
「余ってた『なし勇』パッケージのお茶を売ってたんだけど、お客さんがまとめ買いして行ってくれてるんだ。販売してた嫁さんが今取りに行ってるから、戻って来るまでお願いできないかな!」
辺りが暗いからわかりづらかったけれど、どうやらさっきまでデートをしていた人が友達と合流して盆踊り会場にまだ留まってくれているようだ。私たちの意図は、一応成功したみたいだ。
「そういうことならいいですよ」
「友達と一緒なのに、ごめん」
「てことだから、私ちょっと行ってくるね」
私はお茶屋さんの露店へ向かった。
曲は『まんまる音頭』が流れている。二次元からやって来たみんなを巻き込んだ盆踊りの輪は去年よりも大きくて、休むことを知らずに回り続け、一夜限りの宴を自ら盛り上げる。
「切って〜チョン! ソレ! ソレ! ソレソレソレソレソ〜レソレ! ソレ! そらどっこいしょ〜! どっこいしょのしょ!」
曲に合わせてリズムを取る太鼓の音、鐘の音、笛の音、そしてみんなのかけ声の全てが一つになって、昼間の忘れ物の蒸し暑さがいつしか盆踊りの熱気に変わっていた。
その踊りは、帰って来たご先祖様たちに、町と人が元気でいることを見せて喜ばせているようだった。時代の流れで人が減って寂しくなっても、この町が刻んできた
盆踊りの群衆を眺めながら、マリウスは結と明奈に尋ねた。
「なぁ。ずっと不思議なんだが。なんで舞夏は、いつも文句を言いながら町の人の手伝いをするんだ?」
「あー、それね。あの子のクセっていうか、習慣ていうか」
「俺たちが転移して来た時からほぼ毎日、ぶつくさ言いながらも町のために真剣に取り組んでいる。理由を知ってるなら教えてほしい」
「結ちゃんは知ってるの?」
明奈も気になるらしくて尋ねた。ヴィルヘルムスとティホも知りたそうに結を見る。
「明奈はまだ友達になって半年も経ってないから、知らないんだっけ」
結はラムネを飲んで少し考えた。
「……まぁ。こういうこと話すの、たぶん嫌がらないと思うけど……」
前置きした結は、彼女だけに明かしていた私の家庭の事情を話し始めた。
「実は舞夏は、笹木家の養子なんだ。本当の両親は、小学校二年生の時に事故で亡くなってるんだよ」
「養子……」
「一緒の職場で共働きしてて、いつも一緒に車で行き来してたんだって。でも仕事帰りに、道路に飛び出して来た子供を避けようとして単独事故を起こして……。それで親戚の家に引き取られるはずが、なんか色々と揉めたらしくてさ。それならって手を挙げたのが、叔母の
「そうだったんだ……」
知らなかった私の過去に、明奈の表情が同情のそれになる。
「笹木家の養子になったのはいいんだけど、突然両親を喪った舞夏は塞ぎ込んで、転入した学校にも行かなかった。当時おばさんは別の美容院に勤めてて、おじさんも通勤してて、家族がずっと側にいられる環境じゃなかった。だけど、近所の人たちが家に呼んでご飯を食べさせてくれたり、マンガ雑誌を買ってくれたりして面倒を見てくれたんだって。アニメにどっぷり浸かり始めたのもその頃みたいでさ、違う世界に連れて行ってくれるような感覚が元気になるきっかけだったって言ってた」
「それじゃあもしかして、文句を言いながらも手伝っているのは……」
「みんなを家族のように思ってるところがあるんじゃないかな。いつか言ってたんだ。『恩返しがしたい』って。だから、本当はちょっと面倒臭がりのくせに頑張ってるんだよ」
そう言って、結はちょっと笑った。
「あの頑張りの裏には、そんな背景があったのか……」
するとマリウスは、合点がいったように「あ。そうか」と口にした。
「一家といて少し違和感はあったんだ。舞夏は両親をあだ名で呼んでいたから」
「元々は親戚だから、呼び方は染み付いて変えられなかったんだってさ」
話を聞いたマリウスは、これまでの私の言動を振り返った。文句を言って面倒臭そうな顔をしながら手伝いをするけれど、始めると嫌な顔一つせずに真剣に取り組んでいたのはそういうことだったのかと、矛盾した言動が腑に落ちた。
お茶屋さんの奥さんが補充分を持って戻って来たところで、店番を切り上げて私は戻った。盆踊りもちょうど休憩時間になって、ノーラやリアーヌたちも戻って来た。
「さあ、お待たせしました! 間もなく花火が打ち上がります!」
司会の女性がアナウンスすると、周りで灯っていた提灯や照明の明かりが次々と落とされて、会場は暗闇になった。そして。
ヒュ〜〜〜〜…… ドンッ!
丘の上の西小学校のグラウンドから花火の打ち上げが始まった。座っていた人も遊んでいた子供もみんな、濃紺の空を彩る花火を見上げた。リアーヌも感慨深く観賞する。
「なんてきれいなの……」
「この程度の花火なら、国でも見られるだろ」
「無粋よセルジュ。私にとってこの花火は特別なんだから」
規模は決して大きくはないけれど、黄色や赤、金や緑の花火が次から次へと打ち上がり、太鼓に似た音とともにお祭に彩り豊かな花を添える。
見上げる人々は、夏の風物詩をその目や手にしたスマホに記録する。ベビーカーの中の赤ちゃんも、その大きく丸い目を花火一色にする。私もスマホで写真を撮って記憶に刻んだ。一生で一度しかない今年の花火を忘れないために。マリウスも、二十年以上ぶりに見る日本の花火をじっと見つめていた。
「……なあ。舞夏は、町の人たちに恩返しをしてるのか?」
「え?」
花火を見上げながら突然聞かれて、私は何のことかと考えた。その言葉の意味に気付いて隣の結を見たら、「ゴメン」とジェスチャーで謝られた。
話しちゃったんなら、まあしょうがない。勝手に話されたからと言って怒るほどのことじゃないし。
「聞いちゃダメだったか?」
「いいよ、別に。ていうか、恩返しなんてそんな大それたものじゃないけどね。でも、昔いっぱい心配させたり面倒見てくれたからさ。少しでもお礼をしたいんだ」
「ここぞとばかりに?」
「そう。ここぞとばかりに」
私の過去を知ったマリウスが何だか感傷的になってるみたいだから、私はニカッと笑ってあげた。
「旧街道の由緒ある町だなんて宣伝したり、新しいお店や施設をオープンさせても、観光客だけ増えて人口は増えないし、いつまでも地味で寂しいから、正直、浦吉はあんまり好きじゃない。でも、何だかんだで私が育った町だし、みんながあったかいから好き。だから面倒に思っても、みんながこの町を好きだから何かしてあげたくなっちゃうんだ」
「それって結局、舞夏も浦吉が好きだってことにならないか?」
「そういうことだね」
本当は最初からわかっている。手伝いと称してお世話になったみんなのためにやっていることは全部、浦吉町のためだ。ちょっとボロくなってきたモニュメントの漁船も、夏になると雑草生えまくりの駅前も、車の通りが少ない幹線道路も、一日中静まり返ることがある町も、全部に愛着がある。結局は、そういうことなんだ。