花火の打ち上げは五分ほどで終わり、会場に再び明かりが灯されて盆踊りの後半戦が幕を開けた。取材をしていたテレビ局も、十分な撮れ高に満足して撤収して行った。
後半戦の幕開けは、80年代のヒット曲『ダンシング・ヒーロー』だ。イントロが流れ始めると、スイッチが入ったように櫓の周りでスタンバイしていた人たちが一方向に向かって踊り出した。
「よしっ、後半戦だ! みんな行こ!」
「まだまだ踊るニャー!」
「行くぞヴィリー!」
「仕方がないな」
「オレは見てる」
「何言ってるのセルジュ。盆踊りは最後まで参加して楽しむものなのよ!」
疲れたと言っていたマリウスはヴィルヘルムスの背中を押して、リアーヌもセルジュの腕を引っ張って盆踊りの輪に加わった。
後半戦になると、前半戦よりも踊る人が増えた。今年の盆踊りの時間もあと僅かだから、踊らにゃ損とばかりにそれまで見ているだけだった人も輪の中に入っていた。
「ウーッ! ハーッ! ウーッ! ハーッ!」
休憩を挟んだから、ハイテンポの『ジンギスカン』が続いてもどんと来いだ。エネルギーはまだまだ有り余ってるから、振り付けのキレも衰えていない。
コオロギの鳴き声が草むらから聞こえ、僅かな熱を持った夜風が踊る私たちの熱を攫っていく。包み込む蒸し暑さも、背中を流れる一筋の汗も忘れてしまうくらい、この時間が楽しい。二つ目の地元の曲『浦吉いきいき音頭』も、ひと振りひと振りに気持ちがこもる。
踊る曲が一巡したら、また『桜日本大満開』が流れ始めた。あとはリクエストを入れながら、時間がくるまで踊りまくるだけだ。
前半で体力を消耗した大人たちが次々と脱落していっても、体力が余裕な私たち中高生を中心とした若い世代が不甲斐ない大人たちの分まで踊り続ける。ステップを踏んで、腕を振って、回って、かけ声と同時にジャンプして、肩にかけたタオルで汗を拭いながら、まだまだお祭は終わらせないぞってエネルギーを放出した。
後半戦になって九曲を踊り切って、盆踊り祭もそろそろ終わりの空気になってきた。お祭の実行委員のスタッフが終了を告げたけれど、踊り足りない私たち若人からは、「アンコール! アンコール!」とおかわりの声と手拍子が上がった。櫓の上からも、まだ終わりたくないと手拍子代わりの鐘が鳴って、追加で曲がかけられると歓声と拍手がおきた。まあこれは、毎年お決まりの流れだ。
アンコールが決まると、これが今年最後ならと休んでいた大人も入ってきた。ハイテンポの曲が選曲されて、踊る私たちも櫓の上の奏者たちも残るエネルギーが湧いて出てくる。
「さあ! 次が今年ラストです!」
司会の女性がそう言うと、盆踊りの輪の中に駆け込んで来る人が続々と現れた。今年最後の曲、三回目の『ダンシング・ヒーロー』が流れ始めると、太鼓の音も鐘の音も一層気合いが入った。私たちはみんな、来年に悔いが残らないようにかけ声も振りも全力を出して、曲が終わったことにも気付かないくらい楽しんで踊り続けた。
「アンコール! アンコール! アンコール! アンコール!」
二度目のアンコールをするけれど、残念ながらお開きの時間がやってきた。お祭の司会を務めてくれた女性が最後のマイクを取る。
「盆踊り祭終了の時間が迫って来ました。皆さん、今年の『うらよしまつり』はいかがだったでしょうか。今年はもう終わってしまいますが、また来年お会いしましょう。それまでパワーを蓄えておいて下さいね!」
盆踊りお祭終了宣言がされると、参加したみんなから拍手が湧いた。そして、終了の合図の『蛍の光』が流れ始める。
「今年も踊りまくったー! でも、いつも以上に疲れたかも」
「わたしも。でも楽しかったねー。また来年も来ようね、結ちゃん」
「夏コミに落ちたらな」
「リアーヌたちも楽しめた?」
「ええ。存分に楽しめたわ」
リアーヌは額から流れる汗を手拭いで拭いて、一仕事終わったかのようにすっきりした表情だ。日頃から溜め込んでいたストレスを、これで発散できただろうか。
「最初は奇妙な感じだったが、それなりに楽しかった」
それなりにって言うセルジュだけど、結構楽しんでたように見えたよ。
「こんなに体力を消耗するとは思わなかったが、何だか達成感があるな」
「ノーラはすごく楽しかったニャ! 明日もやりたいニャ!」
「……それは、無理」
「マリウスは?」
「ああ。めちゃくちゃ楽しかった!」
マリウスとリアーヌは満足そうだし、初めての盆踊りだった他のみんなも楽しんでくれたみたいで、私も嬉しかった。いつものお祭りに旨味とトッピングもりもりな感じで、満足感でいっぱいだった。
時間は、終了予定時間の九時を過ぎていた。余韻を味わう中高生は櫓の周りに留まり、大人たちは盆踊りの興奮の尾を引きながらぞろぞろと帰って行く。志穂ちゃんたちとも、合同イベントの約束をして別れた。
「じゃあ。私たちも帰ろっか」
「帰ったら即シャワーを浴びたい」
「ノーラもすぐに浴びたいニャ!」
「これは、シャワー争奪戦になりそうだな」
私たちも家路に着くことにした。リアーヌは、市民センター前に止めていた馬車にセルジュたちと一緒に乗って、カッポカッポと蹄の音を夜の町に響かせて帰って行った。
会場の外に出れば、盆踊り祭の高揚は静かに夏の夜空に吸い込まれていった。ふと空を見上げると、星がいくつか見えていた。どこかへ向かう飛行機の光が、点滅しながら標のない濃紺の空を流れて行く。
去年までは終わったあとは少し寂しさがあったけれど、今年は寂しさよりも充実感が大きかった。マリウスたちのおかげで、特別なものになったからだ。みんながいてくれたから、今年しかない盆踊り祭になった。初めての試みも成功したし、こんなに“生きた浦吉町”というものを何年かぶりに見た気がする。
こんな充足した時間が、これからもずっとこの町に流れればいいのに。私は、そう思わずにはいられなかった。