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第1話 ようこそ、迷子くん



 盆踊り祭の翌朝。三度寝をした私は、お昼ころにようやく起き上がった。今日は日曜日だけど、昨日イベントをやったからファンミーティングは休みだ。


「あれ。なんか、めっちゃだるい……」


 身体の調子がいつもと違うことは、起き上がってすぐにわかった。でもたぶん、昨日の疲れが残っているだけだ。

 着替えてブランチを食べに下に降りると、マリウスたちが揃ってお昼ごはんを食べていた。今日はビッグ・バリューの隣にあるマックからテイクアウトして来たみたいで、マリウスは念願のダブルチーズバーガーを頬張っていた。


「おはよー」

「もうそんな時間じゃないニャ」

「ずいぶん起きるのが遅いな」

「いいじゃん。今日なんもないんだから」


 私は自分の分のトーストと牛乳を持って、お昼ごはんを食べるマリウスたちに混ざった。


「今日は目玉焼きは食べないのか?」

「うん。なんか、だるくてあんまり食欲ない」

「あら。みんな揃ってるのね」


 いつもならこの時間はまだお店にいるちーちゃんが、家に戻って来た。


「ちーちゃん、お店は?」

「今日はお客さんはなし。予約も入ってたんだけど、キャンセルしたいって。暇だから早めに休憩にしちゃった」

「たけちゃんは、お祭りの撤収作業?」

「そう。でも身体が重いって言って、とてもだるそうだったわ。だから、怪我しないでねってお見送りしたの。それに、私も今日はなんだかとても疲れてて……」

「ちーちゃんも? 私もめっちゃだるいんだけど」

「舞夏は昨日、忙しくしていたからではないか?」


 ハムスターみたいにポテトを一本ずつ食べながらヴィルヘルムスが言った。


「確かにいつもより忙しかったし盆踊りも全力だったけど、高二がひと晩で疲れが抜けないってヤバイでしょ」

「そういえば、今朝会った大人たちもみんな疲れているみたいだったな。小西さんも、富士山に弾丸登山したくらい疲れが残ってると言っていた」

「それに、今日のラジオ体操は参加率が低かったニャ。ノーラたちを含めても二十人未満だったニャ」

「みんな、昨日の盆踊りで力尽きたのかな」

「だが、子供も三人くらいしかいなかったぞ」

「子供はサボったんじゃない? 単純に」


 小西さんの場合も単なる老化のせいだと思うけど、駄菓子屋さんや支那忠も今日の派遣は不要だという電話も来たらしい。昨日の疲れを引き摺っている人が、ちょっと多くないだろうか。


「実はノーラたちも、今日はなんだかいつもより身体が重いニャ。みんな似たような感じだニャ」

「みんなも?」

「ああ。でもたぶん、俺たちは舞夏たちよりは元気だと思う」


 マリウスたちまで疲労を感じているのは意外だ。平時は戦闘もあるから、一般人よりは体力がありそうなのに。昨日はデートに盆踊りと、いつものイベントの倍以上働いたからだろうか。


「ていうか、ヘルディナは?」


 ナチュラルに会話をしていたけれど、私が降りて来た時からヘルディナの姿がない。トイレにでも立っているのかと思ったけど、テーブルの上を見ると、ハンバーガーセットが一つだけテイクアウト時の状態を保ったままだ。


「ヘルディナは今朝から姿が見えないんだ。きっと、また一人で散歩にでも行ったんだろう」

「早朝から散歩って。おばあちゃんみたい」


 そう言えば昨夜も、ヘルディナは疲れたから先に帰ったはずなのに帰り道の途中で遭遇した。訊いたら、少し涼んでいたと言っていた。謎だ。ヘルディナのミステリアス感が深まった。





 ブランチのあとしばらくして、私はアイスを買いにコンビニ行った。歩くのがだる過ぎるから自転車にしたんだけど、ペダルを漕ぐのすらしんどい。暑いし、ダブルパンチって感じだ。

 毎年こんなだるくないのに、今年はなんでこんなに疲れが残っているんだろう。しかも、浦吉町の人たちみんな。まさか、帰って来たご先祖様が私たちのエネルギーを持って行ったとか……。なんて。怨霊じゃあるまいし。

 いつもの1.5倍の体感時間をかけてコンビニまで行き、バニラアイスとお菓子とプリンも買って、停めていた自分の自転車のところへ戻った時だった。

 コンビニ横の路地に、幼稚園か小学校一年生くらい男の子が蹲っているのが目に入った。側には誰もいないから、迷子みたいだった。というか、迷子の確率が極めて高い。それに見たところ、この町の子ではないどころか、絶対にこっちの世界の子じゃない。

 サラサラしていそうな黒髪も黒い服も、別に普通だ。だけど、少し血色の悪い肌色に、鮮紅色せんこうしょくと金色のオッドアイ。耳が少し尖っていて、その上その頭には、絶対に人間には付いていないものがニョキッと二本生えている。


「…………」


 私はとても、とーっても嫌な予感をビンビンに感じた。これ以上あってほしくなかったことで、できればもう勘弁してほしくて、見ちゃったけど強引に幻ってことにして帰りたかった。

 せめて親が一緒にいてほしか……いやいや! いたらいたで絶対困る。たぶんそれは勇者一行出動案件だ。ていうか、まさか違うよね。ね?

 と、心の中で誰に訊いているのか不明な問いかけをしながら、私は少年に声をかけるべきか迷った。自分から面倒事に手を出すつもりはない。だけど、私の考えていることは的外れかもしれないし、見つけておいて知らないフリをするのも非人道的だと思う。


「………………はあっ」


 面倒事を避けるよりも非人道的な行動を避けることを選択して、とりあえず少年に声をかけてみることにした。


「少年。一人なの?」


 少年は伏せていた赤と金の双眸を私に向けた。人間と違う黒目の形にちょっとビビるけど、今のところ敵意は感じない。


「ここで何してるの? 親は?」


 問いかけると、少年は首を横に振った。親とははぐれたということか、もしくはここに来た時からいないのか。どちらにしろ親がいないのは、申し訳ないけど少し安心してしまった。でも、つまりは。


「完全に迷子案件……」


 私にはどうにもできないから、とりあえず交番に……と考えたけど無理だ。このビジュアルで交番に連れて行っても、今度こそ本当に警察を困らせるだけだ。

 また二次元のキャラクターが転移して来ちゃったのかなぁ……。いやもう勘弁してよ。『なし勇』と『ライオン嬢』でお腹パンパンだから。これ以上は面倒見きれないって……。というか、このビジュアル。似たキャラを見た記憶があるような……?


「ねえ、名前は? どこから来たか言える?」

「覚えてない」


 少年はしゃべってくれたけど、まさかの記憶喪失少年だった。どうしよう。イレギュラー過ぎて逆に冷静なんだけど。それとも、おかしい現実が当たり前になり過ぎて私の感覚がマヒしているんだろうか。

 それは今はどうでもいいとして。本当にどうしよう。このビジュアルと私の二次元オタ経験値から言って、この子には関わってはいけない気がする。だけど置いて行こうものなら、近年のご時世的に、幼い子供の放置を見られたら虐待だの無慈悲だの言われかねない。現状に慣れている浦吉町の人から見れば、この子は二次元の世界から来たただの子供。「なんで保護してあげないの?」なんて言われそう。

 それに今日も猛暑日だし、放っておいたらたぶん倒れる。結局誰かが、責任を持ってこの子を保護しなきゃならない。このまま見なかったことにして帰ったって、どうせ他の誰かが私のところに連れて来て結局うちで保護することになる。そういう未来が見える。


「……はぁ〜っ」


 迷いに迷った私は、連れて帰ることにした。アイスを買ったことなんてすっかり忘れていた。





「舞夏が知らない子供を連れて来たニャ!」

「どこの子供だ。まさか攫って来たのか」

「そんな訳ないでしょ。迷子みたいだったから仕方なく連れて来たの」


 朝から散歩に行っていたヘルディナも帰って来ていたから、私はマリウスたちに経緯を説明した。


「───なるほど。舞夏の倫理的判断は間違ってはいない。だが……」


 うす茶糖を飲んでのっぽパンをかじる大人しい少年に、マリウスたちは全員で疑惑の目を向けていた。


「この耳と頭の角は、どう見ても魔族の子供にしか見えない」


 やっぱりそうだった。自分の推測が当たっていて、私は思わず頭を抱えた。


「やっぱりそうだよねぇ〜。私の嫌な予感当たってたぁ〜」

「わかってたのか」

「わかってたって言うか。二次元で腐るほど異世界を見てきたから、なんとなく……。でもさ。角が小さかったから、その可能性は五分五分かな〜? とも思って自信なくて。ほら。もしも魔族の子供じゃないのに放置したらダメでしょ? だから、みんなに確認してほしくて……」


 魔族の子供の可能性は十分にあったから、マリウスたちにも確認をしてほしいのもあって私は連れて来た。もしも私の推測が当たっていたら、連れて来たことを怒られることも覚悟していたけれど、なんだか言い訳がましくなってしまった。


「舞夏。別に責めてない。お前に専門的な知識がないのはわかってるから。魔族の子供の角はまだ小さいから、疑いたくなるのもわかる」


 私の心情をわかってくれたのか、マリウスはそう言ってフォローしてくれた。


「だが、どうやってこっちの世界に転移して来たんだ。昨夜はオーロラが出る予報はなかったよな」

「うん、たぶん。新しく二次元の町が転移して来たって救援要請も来てないし」

「ということは。この子供は、何らかの方法で単独で来たのか?」

「それは考えにくい。転移にどんな作用が働いているのか不明だが、魔力の類のものだと考えると魔族の子供には不可能だ。この子供からは微力な魔力しか感じ取れない」

「そもそも発達途中だから、魔力が使えるようになるのはまだこれからニャ」


 マリウスの仮説に、魔力専門家のヴィルヘルムスとノーラが少年の単独転移を否定した。


「じゃあ、この子がなんで転移して来たのかはわからないか……」

「では、どちらの世界から来たんだろうか」

「別の作品じゃなければ、可能性があるとしたら『なし勇』だよ。『ライオン嬢』の世界には魔族は存在してないから」

「俺たちの世界からか……」


 マリウスたちの表情が深刻になる。

 私たちが真剣に話をしていると、少年が私の前に空のコップを出した。


「おかわりをくれ」

「そんなにおいしかった? ちょっと待ってて」


 魔族の子供でも日本茶のおいしさがわかるんだろうか。甘いお茶だから飲みやすいのかも。

 ……あれ? そういえば、口調が少し変わった?

 私がリビングから離れたその間も、マリウスたちは当人の少年を横目に話を続ける。


「どうするマリウス」

「子供とは言え魔族ニャ。ちゃんと考えないといけないニャ」

「わかってる。俺たちの世界から来たのなら、俺たちに対処する責任がある。だが……」

「だが、なんだ」

「なぜ、この子供だけなのかが少し気になる。見たところ何も持っていないようだし、今までの転移と状況が違うようだ」

「わからないことを考えても仕方がないニャ」

「うん……。早く、決めた方がいい」

「ノーラとティホの言う通りだ。このまま野放しにしておく訳にはいかない。どこかに閉じ込めておくか?」

「ちょっと待ってよ!」


 ちょうど戻って来た時にそう聞こえて、私は異論を唱えた。


「魔族かもしれないけど、まだ小一くらいの子供だよ? 人間の小一なんて幼稚園児に毛が一本生えただけで、元気いっぱいのわんぱくだしイタズラする子だっているけど、この子はまだ悪さもしてないんだよ? それに記憶喪失なのに、閉じ込めるなんて」

「だが魔族に変わりはない。子供の魔力は大人と比べて微弱とは言え、稀に魔力を暴走させる子供もいると聞く。子供だからと言って油断はできない」


 魔族のことをよく知っているマリウスに、真剣な表情で言い返された。けれど、魔族のことをよく知らない私は自分の主張を曲げなかった。


「だけどこの子の話も聞かないで、魔族の子供っていう理由だけでその判断は酷くない? この子は両親もいなくて、一人ぼっちで知らない世界に来て心細いんだよ? それはマリウスにも少しはわかるでしょ?」

「舞夏の言い分もわからなくはない。だがな」

「だったらこの子の気持ちを尊重してあげてよ。勇者は非道な行いは許さないしやらないんでしょ? まだ何も悪さをしてない子に、訳もわからないままマリウスたちの一方的な理由で閉じ込めるなんて、あまりにも可哀想だよ! 魔族の子供でもさすがにそれは酷いと……」

「危険だと言ってるんだ!」


 善意で幼気いたいけな少年をひたすらに庇おうとしたら、険しい表情を現したマリウスに怒鳴られた。私は驚いて、言葉を飲み込んでしまった。

 マリウスもすぐにはっとして、私からちょっと目を逸らして眉間の力を緩めた。


「大声を出してすまない。だが、本当に危険なんだ。実際に、人間が子供の魔族に襲われたという事例もある。子供だからと言って安心すれば、足元を掬われるんだ」


 マリウスは、自分の言うことを理解しない私をただ怒鳴った訳じゃない。この町と、町にいる全ての人々のことを案じて本気で怒ったのだ。原作小説やアニメでも、人間に危害を加えているのは大人の魔族だ。子供の魔族が人を襲ったなんてエピソードは、私が知る限りなかった気がする。その事例は、本当にその世界を知っているマリウスにしか知り得ない事実なんだと思う。


「……そのせいで、町が危険になったの?」

「そうではないが……」


 マリウスは少し間を置いて、自分の所感を話した。私はその話にちゃんと耳を傾けた。




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