対決終了後。とうとうラストファンミーティングの時間が訪れた。
一時ダンゴムシになったマリウスは、誰がフォローしても無駄だったのをヘルディナが「五年以内に相性のいい女性が現れる」と占い、それで救われてなんとか人間の姿に戻ることができた。“フォーチュンキラー”のマリウスだけど、童貞を卒業して本当に幸せになってほしいと誰もが神様に祈った。
さて。ラストファンミには過去最大人数のお客さんが集まってくれて、この回でも感謝の気持ちを込めた花束などを推しにプレゼントしてくれていた。結と明奈も並んでくれて、リアーヌとの最後の交流に明奈は滝のように涙していた。
「わぁ〜ん! 行かないでリアーヌ様ぁ! もっとお近付きになりたかったぁ〜!」
「泣かないでちょうだい。今生の別れじゃないのよ。私たちは作品を通して会えるじゃない」
「え〜ん! ありがたいお言葉ぁ〜! 一生『ライオン嬢』とリアーヌ様のファンでいますぅ〜!」
「ありがとう。これからも婚約者候補をなぎ倒すわ」
今後リアーヌの婚約者候補として登場する男性たち、ご愁傷さま。
明奈みたいに泣いて別れを惜しむファンは、他にも結構いた。男性ファンにも鼻を啜っている人もいて、本当にみんなに楽しんでもらえていたんだなと実感する。
観察していると、どっちのファンでもなさそうな一般人も紛れ込んでいた。どうやら、就職や結婚などの理由で町から出て、お盆にも帰って来られなかった浦吉町出身の人たちで、故郷がテレビに映っているのを観て懐かしく感じて帰って来てくれたみたいだ。よくよく見れば、私が昔遊んでもらっていた近所のお姉さんが旦那さんらしき人を連れていた。
ラストファンミは、盆踊りの時のように賑やかで楽しい雰囲気が生まれていた。笑顔だったり切なそうだったりする人たちの顔を見ながら、私は感じた。
元宿場町と言っても、こんな地味で存在感のない町が細々とSNSをやってもバズることなんてないし、フォロワーも増えない。広報誌とか時節の写真とかそんな投稿ばっかりで、いいねなんて三十もいかないし、リポストもだいたい一桁。でも、浦吉町のことを何か目にするきっかけがあれば、出て行ってしまった住人も戻って来て、運がよければ市外や県外からも人が集まる。
でもそれは、浦吉町にとっては流れ星を見るくらいの奇跡で、神様からもらった何十年に一度のチャンスでしかない。そのおかげでこの約四十日間は、人が減って寂しくなった町が生き返った。いつも曇り空みたいだったのに、夏の太陽に負けないくらい明るくなった。
このもらった奇跡を、今日で終わらせたくない。
私の胸の底にはいつの間にか、心を熱く照らす何かが住んでいた。きっとそれは、浦吉町のみんなにもあるものだ。
ラストファンミは、予定していた終了時刻を大幅に延長して終わりの時を迎えようとしていた。推しとの交流を終えても、ファンのみんなは新田公園周辺に留まってくれていた。
大勢のファンが惜しんで残る中、マリウスが一人で転移者たちの前に立った。そして、『なし勇』と『ライオン嬢』の両作品を代表して、ファンたちに向けて最後の言葉を紡いだ。
「みんな。俺たちのファンミーティングに来てくれて、本当にありがとう。みんなは、二次元とミックスされた町だと聞く前から、浦吉町を知っていただろうか。もしかしたら、全く知らなかったという人が多いかもしれないな。
この町にも古い歴史はあるが、決して派手ではなく、観光客も少なく、地味な町だったと聞いた。だが何の縁か、俺たちはこの町と繋がりを持った。ファンミーティング開催が決まった時も最初は人が来てくれるか心配だったが、こうした熱心なファンが遠くからも足を運んで来てくれたのは、とても嬉しかった。何より、この町の人々が一番喜んだ。そしてグッズを作ったり、どうしたら盆踊り祭にもファンに来てもらって楽しんでもらえるかを一生懸命考えていて、その姿を見た俺も胸が熱くなった」
それは、『なし勇』の勇者マリウスのガチコスプレイヤーとしての言葉じゃなくて、マリウス自身の言葉だった。
「俺は、この浦吉町が好きになった。この町の人々が好きになった。だが残念ながら、もういられなくなってしまった……。だからみんな。俺たちがいなくなって町が元通りの地味な町になってしまっても、忘れないでほしい。この町を愛する人たちのことを、忘れないでほしい。俺たちがここにいたことを、同じ記憶を刻んだことを、ずっと覚えていてほしい。
秋にもまた祭があって、春には八坂神社の桜を愛でながらの祭もあると聞いた。この町には、俺たちがいなくても魅力がある。だからまた来てほしい。この町が大切に残す歴史と文化を、君たちにも好きになってほしい。今のこの浦吉町は、俺たちみんなで作った町だ。ぜひこれからも、この素敵な町を一緒に作っていってほしい。
最後にもう一度、感謝の言葉を送らせてくれ。浦吉町に来てくれて、ありがとうございました!」
マリウスはファンのみんなに向けてお辞儀をした。リアーヌも頭を下げて感謝の気持ちを示し、二人に続いてヴィルヘルムスも、ノーラも、ヘルディナも、ティホも、セルジュも、心を込めた一礼をした。
マリウスからのメッセージを受け取ったファンたちからは、溢れんばかりの拍手が沸き起こった。
「こちらこそありがとう!」
「楽しい時間を過ごせたよ!」
「夢の時間を私たちにくれて、ありがとう!」
こんな感謝の返し方を目の前で見たのは、始めてだ。こんなの、映画のスタンディングオベーションくらいでしか体験できないと思っていた。作品とファンが一体になるって、こういうことなのかもしれない。
マリウスも素敵な言葉を言ってくれるし、感動して涙が零れそうだ。みんなの拍手の大きさと同じくらい、私たちも感謝の気持ちで心がいっぱいだった。
こうして『浦吉に来てくれてありがとう! 大感謝祭』は、想像以上の大盛況で幕を閉じた。