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第14話『初めての飲食』

「なんだ、私は食べないぞ」

「そうですか? 一度ぐらい挑戦してみたら良いと思うんですけど」

「何故」

「何故って……一緒にご飯食べられたら嬉しいじゃないですか。そりゃ体質的に食べられないって理由なら勧めませんけど」


 単純な理由だ。どうせなら芹も一緒に食事が出来たら良い。それだけだ。狐たちと食事をするようになって思ったのは、やはり誰かと一緒に食べる食事は美味しいという事だ。それに作り甲斐もある。


「……嬉しいのか? 巫女は私が共に食事をするのが願いなのか?」

「願い……そうですね。一緒に食べられると良いな、とは思います」


 そこまで大げさなものでも無い気がするのだが、芹の顔は真剣だ。やはり神様は人間の願いという単語に弱いのかも知れない。


 私の答えを聞いて芹は手にしたお菓子を見つめてゴクリと息を呑み、恐る恐る鼻先に持っていくと薄く唇を開く。


 そんな芹を見て狐たちも息を呑み芹を凝視していた。


 やがて芹が一口というにはあまりにも少ない量を口に含み、しばらくしてゴクリと喉が鳴る。


「……」

「ど、どうですか?」

「せ、芹様が人の食べ物を……!」

「の、飲み込みましたよ!」


 三人で芹に詰め寄ると、芹は首を傾げてもう一口お菓子を口に含み首を傾げた。


「これは……美味い……のか?」

「え?」

「いや、美味いという感情が分からないんだ。最後に食べたのは生贄の人間だったからな……あれとは随分違うな」


 サラリと怖いことを言う芹の言葉に引きつりながらも、私はそっと芹の前に湯呑みを置いてお茶を入れる。


「お、お口直しにどうぞ」

「ああ。これは茶か」

「はい。緑茶ですね」


 確か芹は飲み物も飲んだ事が無いと言っていた。きっと元が山なので湧き水とかで水分を賄えているのだろうと、私は勝手に思っている。


 一度食べ物を口にしたからか、お茶は特に躊躇う様子もなく口をつけた。


「お茶はどうです?」

「生贄とは違う」

「そりゃそうです! なんですか、芹さまの食べ物の基準は全て生贄なんですか?」

「仕方ないだろう。それしか食べた事が無いのだから。だがあれは美味いものではないぞ。やってきた娘は戻っても殺されるから食べてくれと懇願してくるから渋々飲み込んだが、結局不味くて裏で吐き出したからな」

「えー……」

「そうだぞ! 芹様は食べたように見せかけて皆を逃がしてたんだ。まぁ皆に信じさせる為に一旦は脅してたらしいけどな」

「らしい?」

「おう。僕達はまだその頃はここに居なかったし、芹様は色んな事忘れちゃってるんだ。僕達はだから芹様が覚えてる事だけ教えてもらってる」


 それを聞いて私は目を丸くした。何となくだが神様は全て覚えていると思っていた。


「ちなみに五人目の生贄があなたの先祖だったそうですよ」

「え!? わ、私のご先祖様って生贄だったんですか!?」


 驚いて芹を見ると、芹はただコクリと頷いただけで、それ以上は語ろうとはしなかったが、代わりに真顔で言う。


「巫女、お前の仕事が一つ増えた。明日からは私の食事も用意するように」


 と。


 米子と拓海の縁を繋いでから3日後、手すりと休憩所が出来た参道の掃除をしていると、参道の下から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「彩葉ちゃ~ん!」

「? 米さん! それに拓海さんも!」


 二人の姿が見えて私は箒を投げ捨てて坂を駆け下りると、米子と拓海がおかしそうに笑いながら手を振ってくれる。


「3日ぶりだな」

「はい! え、どうされたんですか?」


 驚いて拓海と米子の顔を交互に見つめると、米子は嬉しそうに、拓海は恥ずかしそうに話し出した。


「俺の仕事はよく考えたら別に東京じゃなくても出来るよなって。だからこっちに帰ってくる事にしたんだよ。家賃もいらないし、その分貯金も出来るしな『何よりも母ちゃんが心配だ……』」


 拓海の心の声を聞いて思わず笑顔を浮かべると、今度は米子が嬉しそうに言う。


「そうなの! だから私もまた料理を頑張らないと! 最近の人が食べるお料理の練習もしなきゃね。彩葉ちゃん、色々教えてちょうだいね『また拓海にご飯作れるなんて……もう一人で食事をしなくて良いのね……』」

「無理しなくて良いから! 俺だって一人暮らししてたんだし、自分の分ぐらい作れるって『そりゃ母ちゃんの飯食いたいけど、それはやっぱ負担になるだろうしな』」


 米子の心の声は拓海には聞こえない。だから拓海は拓海なりに気を使っているのだろうが、米子の心を聞く限り、米子は拓海の食事を作りたいのだろう。


「それじゃあ毎日交代で作れば良いじゃないですか! そうしたら拓海さんは久しぶりの米さんの料理が食べられるし、米さんは最近の料理を勉強出来て一石二鳥じゃありませんか?」


 思い合っているのにどんどんすれ違う二人がもどかしくてついつい私が口を挟むと、二人はハッとして互いの顔を見合わせておかしそうに笑い合う。


「そうだな。そうしよう」

「そうね! 私も拓海の作るご飯が食べてみたいわ」

「ところでお二人は今日はまたどうしてここに?」


 嬉しそうに笑う二人にホッコリしつつ、どうして二人がここに居るのか気になって尋ねると、思っても居ない言葉が返ってきた。

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