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第70話『嘘をついた代償』

 一番にやってきたのは意外にも芹だ。


「おはよう、巫女」

「おはようございます、芹様。それからこれ、ありがとうございました。どうします? 洗濯しましょうか?」

「いや、そのままで良い」


 そう言われたので折り畳んだ羽織を芹に手渡すと、芹はそれを受け取ってそのまま着物の上からそれを羽織ると腰掛けた。


「今日は早いな。何かあるのか?」

「はい。今日は日直なのでいつもよりも一本バス早くしないといけないんです」

「そうか。体調はもう良いのか? 何だか顔がいつもよりも赤い気がするが」

「そうですか? 寒いからじゃないでしょうか……。体調はもう何ともありません。ご心配をおかけしました。それから昨夜のおにぎりもありがとうございます」

「作ったのはあの二人だ。私は字を書いただけだよ」

「それでも嬉しかったです」


 微笑んだ私を見て芹は目を細める。そこへ寝ぼけ眼の狐の二人が姿を現した。


「おはようございます、芹様。巫女はもう大丈夫なのか? おお! オムライスじゃん!」

「おはようございます、芹様。巫女、顔が赤いような気がするのですが――こ、これはつみれの味噌汁ではありませんか!」

「おはようございます、お二人とも。昨夜はおにぎりありがとうございました。美味しかったです。その御礼に今日は朝から頑張りました」


 私の言葉に狐たちは目を輝かせて席につくと、そんな狐たちを横目に芹がじっと卵焼きを見つめて言う。


「ではもしかしてこの卵焼きは」

「はい。だし巻き卵です」

「そうか」


 言葉少なめだが芹が少しだけ微笑んだので作って良かった。それから皆でいつも通り食事をしてお弁当をカバンに詰めていると、芹が近寄ってくる。


「巫女、本当に大丈夫か? やはり顔が赤い気がするが」

「大丈夫ですよ! それじゃあ行ってきます! お弁当はいつも通り冷蔵庫に入れてあるので、チンして食べてくださいね」

「ああ。気を付けて」


 私は芹に見送られていつもよりも一本早いバスに飛び乗ろうとすると、バス停でばったり伽椰子と出くわした。


「あら、今日は早いのね」

「おはようございます」


 頭を下げる私を見て伽椰子は私に大きな紙袋を無理やり渡してくる。


「丁度良いわ。私これから大事な用事があるの。それ、神社に運んでおいてちょうだい。顔真っ赤だけど風邪? やだもう、こんな時に。消毒しとかないと」

「はあ」


 私は伽椰子から荷物を受け取ってバスに乗り込むと、ホクホクしていた気持ちが見る見る間に萎んでいく。


 紙袋はやたらと重いし、今日は何故かやけに周りの心の声が聞こえてくるのだ。


『あー、だりぃ。マジでだりぃ。あの上司どっか飛ばされねぇかな』

『クリスマスまでに彼氏精算しとかないとなぁ。上手く切れる方法ないかな。あ、でもプレゼント貰ってからでもいっか』

「……」


 こんな調子で今日はやけに皆の心の声が聞こえてくる。一応聞こえてくるのは願いではあるが、そのどれも神に願うような内容ではない。


 何か変だなと思いつつ学校にたどり着くと、日直の仕事を終えて私は自分の机の上にうつ伏せていた。何だか頭の中がまるで霞でもかかったかのように働かないのだ。


「い~ろは! おっはよ~!」

「ムック……おはよう」


 ゆるゆると顔を上げると、椋浦は私を見るなりギョッとしたような顔をする。


「どしたの、彩葉! 顔真っ赤だよ!?」

「え……?」


 そんな事ないよ、と言って立ち上がって見せるけれど、椋浦は私の肩を掴んで座らせてくる。


「絶対熱ある! あんた、何でそんな状態で来るの!」

「熱? そんなの無いと思うけど……でもごめん、風邪だったら皆に移しちゃうね……」


 ぼんやりする頭で言うと、椋浦は眉根を寄せて私の両頬を挟んだ。


「皆に移すとかじゃなくて! 心配してんだよ!『なんでこんなになるまで気付かないのよ! 誰か気付く人――ああ、そっか……もういないんだっけ……しかも家神社だもんな……絶対に寒いんだよ。ねぇもう、誰か彩葉の事守ってやってよ! はぁ……私が一人暮らしだったらな……』」

「ムック……ありがとう。大好き」


 椋浦の心の声が聞こえてきて思わず言うと、椋浦は泣き出しそうな顔をして私のおでこをペチリと叩く。


「友達なんだから当たり前でしょ! 保健室行く?」

「でも私、今日日直……」

「そんなんどうでも良いから! ほら、行くよ!」


 そう言って椋浦は私の腕を掴んだ。そこへちょうど細田達のグループが賑やかにやってくる。


「おーっす! どしたー?」

「細田! ちょっと手伝って! 彩葉がヤバいの!」

「なになに?」


 椋浦の声に細田達が近寄ってきて代わる代わる私のおでこに手を当ててギョッとした。


「あんた、これ病院行った方が良いって!『なんだよ、何でこんな熱で学校来てんだよ! 誰も止めなかったの!?』」

「凄い熱だよ、彩葉!『これ、歩けるのかな? 誰か先生呼んできた方が良くない?』」

「やっば! もしかしてインフル!?『ちょ、移らないようにしないとうちらもヤバいじゃん! どうか移りませんように! てか彩葉が早く元気になりますように!』」


 それを聞いて私はハッとした。そうだ。もしインフルエンザだったら大変だ。

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