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第71話『頼れる人』

 私はフラフラと椋浦から離れると、そのままカバンを持って歩き出そうとしたが、それを椋浦と細田に止められる。


「こら! どこ行く気!?」

「ごめ……考え無しだった……インフルだったら大変だ……皆、ちゃんと消毒してね……今日はもう帰る……」


 そう言って歩き出そうとするが、もう全身に力が入らない。そんな私を見てインフルを疑った相沢が青ざめる。


「ご、ごめん! そういうつもりで言ったんじゃないよ!『どうしよう! また余計な事言っちゃった! ごめん、彩葉!』」

「相沢さん、は悪くないよ。心配、してくれたんだよね?」

「う、うん」

「うん。ありがとう。早く元気に、ならないと、ね」


 そこまで言って私は膝からその場に崩れ落ちて無様にもその場に倒れてしまった。そんな私を見て一斉に悲鳴が上がり、皆の叫び声が聞こえてくる。


「誰か二条呼んで! 早く!」

「おいお前柔道部だよな!? 彩葉保健室に連れてくの手伝って!」

「これ救急車呼んだ方が良くない!? 小鳥遊さん顔真っ青だよ!」

「お前ら道開けろ。おい小鳥遊、聞こえるか?」


 そんなクラスメイト達の声を聞きながら意識をゆっくりと手放す私の耳に、いつもよりも厳しい二条の声が聞こえてくる。どうやら誰かが呼んできてくれたようだ。ありがたい。そして本当に申し訳ない。


 耳元で二条の声が聞こえるが、私はもう指先の一つさえ動かせなかった。そんな私を二条は抱えあげて揺らさないようにその場から運び出してくれる。


 次に気がついた時には私は車の中に居た。幸いな事に救急車ではない。どうにか首を横に向けると、そこには二条が運転している姿がある。


「せん、せ?」

「ああ、目が覚めたか。お前、保険証持ってるか?」

「保険……証? は、い」


 何故そんな事を聞かれたのか分からないまま頷くと、二条はそれを聞いてまた無言で車を走らせる。


 辿り着いたのはどこかの病院だ。それに気づいた私は焦った。


「先生、私、手持ち無いよ」


 どうにかそれだけ伝えると、二条はそんな私を睨みつけてくる。


「金の事なんかこんな状態で心配すんな。今日は建て替えといてやる。ほら、行くぞ。掴まれ」


 そう言って私はまた二条に抱き上げられ、病院に入ると有無を言わせてもらえないまま受付をさせられる。ついでに抱えられている私はと言うと、他の人達の視線がとても痛い。


 待合所で待っていると、思っていたよりも早く呼び出された。そこへ二条もついてくる。思わず首を傾げると二条は苦笑いして私の頭をくしゃりと撫でる。


「そんな状態で話聞けないだろ」

「ああ……ですね……」


 やっぱり皆の言う通り熱が出ているのだろう。理解力が驚くほど落ちているようだ。


 診察室に入っていくつか問診を受け熱を測られると、何も教えてもらないまま車椅子に乗せられて病室に移された。入院でもしないといけないのかと驚いて私が口をパクパクさせて看護師さんを見上げると、看護師さんはそんな私を見て微笑む。


「大丈夫ですよ。点滴するだけですから」

「点……滴?」

「はい。インフルエンザでもないので安心してくださいね。過度のストレスと過労、それから心労が祟った突発性の熱と風邪を併発してるみたいです。点滴を打ったら大分マシになると思うけど、3日ぐらいは家でゆっくり休んでくださいね」

「3日も……」


 その間の神社の仕事や学校の事を考えて黙り込んだ私の眉間を、看護師さんが優しく突く。


「どんな事情があるのか分からないけど、身体を壊したら元も子もないですよ。ほら、そんな険しいお顔しないで」


 にこやかで優しい口調の看護師さんの言葉に私は思わずウルっときてしまった。やはり疲れているのかもしれない。


 ベッドに転がってこれから点滴を始めようかと言う時、ようやく二条がやってくる。


「はぁ、あんまりびっくりさせんなよな」

「……すみません」

「いや。それよりどうなんだ? 点滴が終わったら家に送るけど、お前身内誰も居ないんだよな?『ったく、神の家に仕えてる奴がこんな目に遭うなんて、神は何やってんだ、一体』」

「えっと、そう……ですね。でも大丈夫です。電気は通ってるので」

「いや、そこは流石に俺も心配してないわ。そうか……うーん……独身の女教諭のとこに連れてくか?」

「だ、大丈夫ですよ! 本当に!」


 二条の提案に私は思わず首を横に振った。その途端、頭の中がグラングランと揺れて気分が悪くなる。


「大人しくしてろ。分かった。それじゃあ家に送るけど、これは駄目だと思ったら誰か教諭の家に直行するからな!」

「……はい」


 これはもしかしたら誰か先生の自宅にお邪魔する事になるかもしれない。


 それだけはどうしても避けたいけれど、かと言って芹に人の姿で待っていてくれなどとは言えない。最悪伽椰子に頼むか? とも思ったが、そんな事をしたら今よりも一層事態は悪くなりそうだ。

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