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第72話『彩葉の声』

 頼れるとしたら村の人たちだろうか。それを思い出して私は急激な眠気と戦いながら二条に言う。


「せん、せ、もしウチが駄目、なら、麓の米子さん……ち……」

「は? おい、米子って誰だよ? おい!」


 私の意識はそこで途絶えた。


 それからどれぐらい眠っていたのか、久しぶりに速攻で寝落ちた私の耳に突然二条の冷たく鋭い声が聞こえてきたのだが、何故かその相手は芹だった。


 ああ、これは夢か。そう思いながら聞いていると、何だかどんどん不穏な話になっていく。


「あんた、こいつの親戚か?」

「そうだ。いや、厳密には違うが、巫女を返してもらおう」

「駄目だ。俺は教諭としての責任がある。あんたがこいつの保護者だってはっきりしない限り、あんたに小鳥遊は渡せない」

「なに? 小鳥遊は私の巫女だ。お前のではない」

「あんたの物でもねぇんだよ。大体保護者だったらどうしてこんな状態の小鳥遊に誰も気付かなかったんだ? ここにはもう1人巫女がいるんだよな?」

「伽椰子の事か。そうだな」

「そいつ呼べよ。お前らまとめて説教だ。保護者を名乗る奴がいるんなら丁度良い。俺にも分かるように説明してくれ。こいつがあんた達を頑なに頼ろうとしない理由は何だ? まさかこいつに巫女の仕事とやらを全部押し付けてるんじゃねぇだろうな? こいつはまだ学生だ。両親が蒸発するまでやりたい事も夢もあったはずなんだ。それがある日全部無くなったと思ったら、こんな山奥で巫女だと? おまけにあんたみたいな奴が居てもう一人巫女が居るにも関わらず、何でこいつだけがこんなボロボロになるまで働いてんだよ。それとも何か? もう一人の巫女もあんたも体調崩してんのか?『ふざけんなよ。大人が二人も居てどうして誰も気付かなかったんだ! 芹様とやらは一体何守ってんだよ!?』」


 これはもしかしたら夢ではないかもしれない。私はそんな事を考えながらどうにか目覚めようとするが、身体が全く言う事を聞いてくれない。


「そうか……巫女は私を頼ろうとはしなかったか。私は今も昔も巫女に守られてばかり居るのだな」

「は? 意味分からん事言ってないで俺の質問に答えろよ。あんたはこいつとどういう関係なんだ? あともう一人の巫女とやらはこんな時でも知らん顔か」


 確かにその通りだ。今はまだ夕方でいつもなら伽椰子がいるはずだが、今日は出てこない。


「伽椰子は忘年会とやらに行っているそうだ」

「忘年会だと!?『マジかよ……こんなヤバそうな病人置いて遊び歩くって、その神経がヤバいだろ……』」

「一つ尋ねるが、巫女の具合は相当悪いのか?」

「見りゃ分かんだろ。心労、ストレス、過労、風邪、全部一緒くたに発症してんだよ。普通な、風邪ぐらいじゃ意識まで失わないし、大体本人がこうなる前に気付くんだよ。それに気付かなかったって事は、ここで相当気を張ってたって事だ。それだけあんた達はこいつに心を許して貰えてないって事なんだよ」


 冷たすぎる二条の言葉に流石の芹も黙り込んだ。と、次の瞬間、私の頬に芹の冷たい手が触れる。


「そうなのか? 巫女……だからお前の声はいつも私に聞こえないのか?」


 あまりにも冷たい手と悲しげな声に、ようやく私の指先が動いた。どうにかその手を私の頬に触れている芹の手の甲に当てると、ぽつりぽつりと呟く。


「芹、様……それは、違いま、す」


 目を閉じたまま声を絞り出した私に気づいて、私を抱いていた二条の指先がピクリと動いた。


「お前、起きたのか? おいどうなんだ? こいつはお前の保護者なのか?」

「は、い……せんせ、い。ご迷惑、おかけして……お金……明日……」

「いいからもう黙ってろ。あんたも、次こんな事があったら俺は養子縁組してでもこいつをここから引き離すからな。よく覚えとけ。あとそのもう一人の巫女。そいつさっさと辞めさせろ。この状態の子どもを見放すような奴は、こいつの両親と何も変わらない。碌な人間じゃないぞ『何考えてんだよ、こいつの周りの奴らは。こいつの事を物か何かだとでも思ってんじゃねぇのか。マジで誰も助けねぇじゃねぇか』」


 厳しい二条の言葉に芹は珍しく視線を伏せてコクリと頷く。


「心に留めておこう。巫女」


 芹が両腕をこちらに伸ばしてきた。それを見て少しだけ躊躇ってしまう。ふと脳裏に昨日の芹と伽椰子の姿が過ったのだ。それに気づいた二条はポツリと私を見下ろして言う。


「どうする? 米子のとこに行くか?」

「なに?」


 二条の言葉に私よりも先に反応したのは芹だ。ふと見上げると芹は何故かとても傷ついて見えた。


「こいつが唯一頼ったのが米子って奴なんだよ。随分古風な名前だけど、ここの奴か?」

「米子は……氏子だ。巫女……」


 呟いてこちらを見る芹を見て私が芹に向かって両手を伸ばすと、そんな私にホッとしたように芹が私を強く抱える。


 思わず潰されそうな勢いで抱きかかえられる私の顔を覗きこんで二条が言う。


「いいのか?」

「はい。本当に、ありがとう、ございます」 

「何かあったら連絡しろ。いいな? すぐにだ」

「へへ、はい」


 何だか保険医の二条が実はこんなにも情に熱い教師なのだと知って嬉しくて思わず微笑むと、二条はぶっきらぼうにそっぽを向いてそのまま車に乗り込んだ。

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