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第10話:源流

 薄暗い大部屋には、灰褐色の拳法着を着た男女が数名――。

 各々がBU-ROADバトル用のVRメットとプロテクターを装着している。


「攻撃が甘いぞ! 受即攻を意識しろ!」

「は、はい!」


 彼らはアスマエレクトニック所属の契約ファイター達――いや、正確にはファイターの卵達である。

 ここにいる全員が空手、柔道、ボクシングなどなど……それぞれの流儀や競技から集められた若手有望格ばかり。

 マシンの特性上、操者の動きを忠実にトレースあるいは脳波を感受して起動。そのため、神経伝達スピードが長けている訓練を積んだ運動選手などが操縦者に相応しいと言われる。


 さて、ここでBU-ROADという機体について補足説明をしたい。

 開発者は『龍英世りゅうひでよ』――どの大学や研究機関にも所属しない正体不明の科学者。

 ある日一斉に、この龍より日本各地の重工業メーカーへと書類が送付された。それは遠隔操作型のマシン、BU-ROADのコンセプトと設計図の一部であった。


 そこには危険作業や災害救助用マシンとして開発したものであるが、競技としても転用可能であると説明され、具体的な競技方法やルールも添えられていた。

 この不躾で怪しげなものに多くは無視を決めたが、興味を抱いた企業がただ一つだけあった。それがアスマエレクトニック――もっと言うならば最高顧問『飛鳥馬不二男あすまふじお』である。不二男は元来競い事とメカ好きであり、このプランに興味を示したのである。


 不二男はすぐさま龍と電子メールでやり取りを行い、研究開発費の出資を即決。また、本人とも極秘に接触を行ったとされている。

 続いて行ったのは機械格闘競技『BU-ROADバトル』の創立。当初はアスマエレクトニックの選手しか登録されず、身内の色物競技として見られたがSNSなどを通じ若者を中心に徐々に人気を博す。

 今では世界中の企業がBU-ROADバトルに参加を表明。競技場が各国に建築、また連盟組織が発足された。

 イベントとしても、年間数兆円の興行収益までに成長するようになった。


「親の仇と思って闘え!」

「押忍ッ!」


 補足説明が長くなったが場所を元に戻す。

 選手達はモニター越しに各コーチの指導を受け、眼前にいる仮想敵との模擬戦を行っていた。


「これが最新式のBU-ROADバトル用SLG『修闘Ⅱ』ですか」


 別室のモニターでは、凛とした女性が各コーチと共にその様子を眺めていた。

 年齢は20代後半か? いやそれにしては老成した佇まいだ。もっと年齢は上なのかもしれない。

 何故か和服姿でこの場に似つかわしくない。茶道か華道の師範かと思わせる雰囲気だ。

 黒いフラワーレースの着物、後ろを結った髪は茶色がかった黒。彫が深く、すっと通った鼻筋――和と洋が一体となった美しさ。

 彼女の名前は藤宮暦ふじみこよみ、アスマエレクトニックの指導教官長である。


「ええ、ゲーム会社ハズレが開発した最新鋭の訓練用SLGだそうです」


 その傍らに仕えるのは黒澤大吾、アスマエレクトニック専属のファイターであるのは説明するまでもないだろう。


「昨年度まで登録されたマシン、各国のファイターがランキング100位までデータとして実装されています。各マシンの性能や機能、ファイターの好みの戦法クセが再現されているそうで……」

「このシュミレーターひとつで、世界中の強者との模擬戦が可能と?」

「そうなります」


 藤宮はフッと笑う。


「所詮はゲームでしょう。人は刃と刃を交える中でしか、強さは養えませぬ」


 同じく黒澤も笑う。


「ええ――強さは実践の中でしか理解わからぬもの」


 その言葉を合図にしてか、訓練中の若手選手達がメットとプロテクターを外し、円形上に隊列を組み始めた。

 各々が互いを警戒心し、構えを取り、張り詰めたが流れると、


「これよりテストを開始するッ!」


 黒澤の声が木霊した。

 これより、アスマエレクトニックとの正契約を勝ち取るための『共喰いサバイバル』が始まるのだ。


☆★☆


「覆面外さないんですか?」

「これがオレの顔なの」

「それ清巳さんが言ってた台詞でしょ」

「正確には昔のプロレスラーが言ってた台詞だね」

「はぁ……」


 私はため息をつきます。

 社長は広報部にこのおかしな新入社員を配属したのです。

 言ってみれば私の後輩――何とも奇妙な話です。

 それはそれとして、私はカメラを機動。これから広報部のお仕事です。


「スタンバイお願いします!」


 私はオフィスのデスクに相対して座る、粟橋さんと加納さんを映します。

 二人は緊張した面持ちでキーボードに手を置いていました。


「「…………」」


 ちょっと二人とも緊張し過ぎです。

 顔は固まり、肩は力が入り過ぎてガチガチ……。

 そんな二人を見て、山村さんが笑顔で声をかけます。


「二人ともリラックス! リラックス!」

「うるせーっ! 何で俺らが出なきゃならんのだ!」

「普通こういうのは社長がやるもんっスよ~~」


 野室さんはヌーボーとした表情で返します。


「じゃんけんに負けたから仕方ないだろう」


 今日は動画撮影の日です。

 動画配信サイトで紫雲電機のショート動画を流し、少しでもウチのことを知ってもらおうと思っての企画。

 発案は私です。我が社はまだまだ小さい会社、BU-ROADバトルにコストを回している状態でCMなど純粋な広告活動を行える余力はありません。

 二人はじゃんけんに負け、動画出演する羽目になったというわけです。


「あ、あの……始めていいですかね?」

「ええい! 来るなら来やがれ!」

「OKっス!」


 半ばヤケクソの粟橋さんと加納さん――とりあえず撮影スタートです。


 3

 2

 1

 Q!


――カタカタ……(パソコンを打ち鳴らす二人)


「信頼と……」(棒読み)

「実績……」(棒読み)


――ガタッ!(椅子から立ち上がる二人)


「「社員一同がんばってます!」」(若干台詞がズレる二人)


――スッ!(横から映像に入るシュハリ)


「あたしも応援してまァ~~す♡」(猫なで声)


 撮影終了――オフィスは混沌カオスとした空気が漂います。

 企画した私がいうのも何ですが物凄く微妙……。ローカル放送局で流れるCMそのもの。


「もう一度撮影しても……」

「イ・ヤ・だ!」

「は、はい!」


 粟橋さんは顔を真っ赤にして拒否。それはシュハリも同じようで、


「オレも同意。今回だけだぞ」


 と断固拒否の姿勢です。

 まァいいか、後は動画を編集してBGMやテロップ入れて流します。


「んん……」


 一方、野室さんはシュハリを黙って見つめます。

 どうしたんでしょうか。


「どうしたんですか?」

「いや別に――それより社長は?」

「私の叔父さんのところです」

「ああ、岡本精機ね」


 社長は私の叔父『岡本康三朗』が経営する会社へと出張中。

 何やら大事な話があるようで。

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