試合は終了。
画面上のミリアはウサギのように飛び跳ねます。
『見事な逆転劇! 実にファンタスティック!』
そう言っても差し支えないでしょう。
「機体の構造を利用しての返し技か」
「紙一重さ」
「謙遜するな。勝ちは勝ちだ」
モニター越しですが、闘った両者は互いに讃え合っていました。
マスク・ド・シラヌヒというプロレスラーから、清巳凡至という一人の経営者に戻っていました。
「いい加減、キャラ作りのマスクはやめるかね」
「あっ!」
清巳さんはメットとマスクを脱ぎ、素顔を見せています。
意外――といっては失礼ですが、精悍な顔つきでした。
「ここからは清巳凡至、シラヌヒ・ストアの代表として会話しよう」
「……マスクが顔って言ってたじゃん」
「ハハッ! 経営者としてはキチンと素顔で人と話をするさ」
試合が終わればノーサイド、そこにはもう台本も仕掛けもありません。
「堂々と勝ち名乗りをあげるといい。お客さんも喜ぶ」
「……そうさせてもらうよ」
その姿にミリアの実況が花を添えます。
『二人とも最高の試合をありがとう!』
――オオオオオオオオオオッ!
観客達は大興奮です。
「凄いぞ!
「デコポンのおっさんもカッコよかったぞ!」
歓声》と打楽器が木霊し、美しい共鳴音が鳴り響いています。
血生臭い闘いを繰り広げていたドーム内は演奏会へと変わっていました。
『これぞ王道ッ!明るく、楽しく、激しいBU-ROADバトルでした! 』
☆★☆
「み、右腕が……はああ……ァ……」
ここはマシンの格納庫。社長の顔は青ざめていました。
「壊れちゃったな。修理頼むわ」
「気軽に言うんじゃなーいっ!」
シュハリのあっけらかんとした発言に社長はカンカン、それもそのはずです。
紫雲電機は大手とは違いベンチャー企業。まだまだ資本金は少ないのです。
BU-ROADバトルに回せる運用資金は少なく、マシンの維持費・修理費にあまりコストをかけたくないのが現状です。
「マシンはもっと大事に扱え!」
「マシンは消耗品だろ?」
「腕一本に、どれだけコストがかかると思っているんだ!」
唾は吐きながら怒鳴る社長。
それに対しシュハリは両手を広げ、首を横に何度か降ります。
「コストが気になるんなら、やめるか?」
その言葉に社長は沈黙して、小さく呟きます。
「やめるってお前……」
「困ったら、
「いや……それもちょっと……」
「ハァ……あのな、オレらが
「ん、んん……」
「
爺さん……?
一体誰のことなんでしょうか? 私にはよくはわかりません。
以前から思っていましたが、BU-ROADバトルに参戦するにはそれなりの
これまでも、自社の宣伝目的に流行のBU-ROADバトルへ多種多様な企業が参入してきました。
その中には、もちろん中小企業やベンチャーも当然ながらあります。
しかし、マシンの維持費、専門のメカニックや契約ファイターへの
力のない企業は途中で断念していくのが実情――と言いましても、CM感覚で短期的な参戦するところもありますがね。
個人的に印象は良くないのですが、マーケティング戦略の一つとして否定は致しません。
「仲がいいね、お二人さん」
「清巳さん!」
「デコポンのおっさんか」
「俺はおっさんじゃねぇよ」
対戦相手の清巳さんがやってきました。
試合を終えた清巳さんはオレンジ色のタオルで汗を拭っています。
「あんたらの協力で、プロレスを表現できたぜ」
爽やかな笑みを浮かべる清巳さん、何だか満足気な表情です。
一方のシュハリは首を傾げます。
「協力?」
「一進一退の攻防、そして逆転劇。あれがプロレスでなければ何という」
「ポジティブだね」
「そっちはその気でなくとも、こっちは上手く演出出来たのさ。機械格闘のBU-ROADバトルであっても、プロレスの強さと美しさを観客達に伝える――自社の宣伝よりもそっちが目的だった」
「全てが計算していたと?」
「試合の勝敗を越えた強さを見せられる。それがプロレスだ」
清巳さんはそう述べると、タオルを頭にかけるとクルリと背を向けました。
「明日わかる」
明日? 意味深な言葉でした。
社長は清巳さんの大きな背中を見て言いました。
「清巳さん! 約束は守って下さいよ!」
「
清巳さんは手を振ると、
「半年だったけど、
フジミヤという名を残し、格納庫の出口へと消えていきました。
その名を聞き、社長は何だかひどく驚いた様子です。
「なんであの人の名前を……」
「やはり全てが台本と仕掛け、プロレスラーは本当にウソが上手だ」
謎は深まるばかり。
社長達も単なる自社宣伝のために、BU-ROADバトルに参加したようではなさそうですが?
「ちょい、いさみちゃん」
誰かに肩を叩かれました。
振り向くと黒いスタッフジャンパーを着た男性です。
「次の試合が始まるから準備頼むよ」
「は、はい!」
紫雲電機にも秘密がありますが、当然ながら私にも秘密が――。
☆★☆
翌日、紫雲電機のオフィスでは加納さんと粟橋さんがスポーツ紙を見ていました。
「シラヌヒ・ストアは即効で撤退スか」
「マシンの損傷が思ったよりも激しいんだとよ」
「修理しないんスか?」
「回せるコストがないみたいだ」
「短期的な宣伝っスか」
「だな」
一面とはいかないですが、我が社とシラヌヒ・ストアとの試合が大きく記事にされていました。
そこにはマスク・ド・シラヌヒとしての清巳さんが映り、試合前の約束通り紫雲電機の製品を希望額で販売することを明言していました。
また、シラヌヒ・ストアがBU-ROADバトルから撤退することも……。
「うーん……凄いな」
山村さんが携帯機でSNSを見ています。
「どうしたんですか?」
「ホラ、見なよ」
そこには昨日の試合と同じく、オレンジプロレスのことが話題になっていました。
各レスラーの紹介、地域密着型のプロレスとして地元の活動に参加していることなど様々です。
――試合の勝敗を越えた強さを見せられる。それがプロレスだ。
(そういうことだったんだ)
私は一人納得。そう試合には紫雲電機が勝ちました。
ですが、人々の話題はシラヌヒ・ストアやオレンジプロレスのことで持ちきりだったのです。