紺碧の騎士団隊長レオンハートは絶望の淵に立たされていた。
自分が紺碧の騎士団に入隊してからもスルバスは大海賊、山賊団、魔族軍などの奇襲攻撃に幾度も遭遇したが、その度、伝説の英雄スルバの防衛戦術から生まれしファランクスで撃退してきた。
私は騎士団の防衛力に絶対的自信を持っていた、それを裏付けるだけの命懸けの訓練の月日、家族をも顧みず共に研鑽した団員達と、互いの命を預け合う絶対的な信頼関係。
自分達にとって紺碧の騎士団とは、人生のすべてを犠牲にする価値のある、誇りであり名誉だった。
はずだった。
それを、今、目の前にいる人外の化物は、一瞬で、灰燼に帰さんとしている。
「隊長!右翼、左翼ともに壊滅!残るは我々中央のみ!」
団員達は悲痛な想いを押し隠し、私からの号令を待っている。しかし何が出来るというのかこの相手に。
坐して死を待つしかないと言うのか。
「踏ん張れ!我らは紺碧の騎士団!この国の最後の防壁!負けることなど許されぬ!」
「は!スルバスの名誉と共にあれ!」
「うぉぉぉーーー!!名誉と共にあれ!」
この状況でも、誰1人とて臆する者はいない。
「共にあれ」とは、共に死のうという意を含む覚悟の掛け声だ。
神よ、こんな理不尽があって良いのですか。
人間が脆く弱いことは罪なのでしょうか。
どれほどの研鑽を重ねても伝統や名誉すら守る事が許されない我々人間には、もはや絶望しか残されていないのですか!
——その時だ、私は幻を見た、今目の前に、かの伝説の英雄スルバの姿を。
おお、我らが人生の最後に、かの英雄が迎えに来てくれたのだ、あとは恥じぬ戦いを、栄誉ある死を!
「【ファランクス】」
俺が崩壊寸前になっている紺碧の騎士団の前方に飛び込むと同時に、ニコルが【ファランクス】を展開し、赤い魔弾の斜線を塞いだ。
まるで騎士団にお手本を示すかのように、複数の亀甲型のシールドが前方展開しすべての光弾攻撃を無効化していく。
「なんなのお、前達は、勇者の仲間かしら?」
サーチすると魔族女の名前は「溶血の鬼神メーデス」
レベルは65、やはり最上位魔族か。
「仲間っていうか、俺が勇者なんだが、あんたちょっとやり過ぎじゃないのか」
「はあ?邪魔なモノを掃除してただけじゃない」
鬼神メーデスはさぞ楽しそうに不快な笑い声をあげた
「その防御壁は過去の英雄の真似事かしら、新しい勇者がどれほどのものか、ちょっとイジメてあげるわ」
こいつは俺が嫌いな高慢タイプだ、自分より劣る相手はすべて無価値なゴミとでも思ってるんだろうな。
「のぉ、ぼうず、わちきは少し機嫌が悪いぞよ、この小娘、わちきを崇拝する可愛げなファン達を、ゴミのように扱いおってからに」
いつものおちゃらけたニコルらしからぬ、ちょと感情的な声だ。こいつにも何か想うところがあるのかもな。
「奇遇だね、俺もちょっとムカついてたところだ」
「あやつがぁ魔法を使うのが嫌になるほど、わちきとの絶望的な差を見せてやるぞよ、しばらくまかせるのじゃ」
ざっくり過ぎるブリーフィングだが意図はしっかり伝わった。
俺はこういう場面の理解力だけは抜群に良いのでね。
「さあて、勇者くぅん、そろそろ強めに行くわよ【魔源解放】第七界 【魔光・大槍撃】」
鬼神メーデスの眼前に巨大な魔法陣が重なったかと思うと、紫色に光る巨大な槍が無数に現れ、俺たちに向かって高速で飛んできた。
さっきまでの光弾とは比較にならないデカさだ。
ニコルは即座に防衛壁を最適なサイズに再配置しすべての槍弾を受け止め消滅させた。
「なんだぁ小娘、蚊でも飛ばしたかのぉ」
「そんな、馬鹿な、傷ひとつ無いなんて・・・まさか本当に伝説のアレなの?」
鬼神メーデスは困惑する、本当に伝説の英雄なの?レベル30の幼い勇者にしか見えないあの男が。
しかしニヤリと不敵な笑みを浮かべると再び魔法陣を形成する。
「本物だろうとなんだろうと、壊して終えば同じゴミだわっ!」
「【魔淵門開】【二重詠唱】」
メーデスは高笑いとともにスキルを開放し、明らかに雰囲気が変わった。
「冥府の魔神よ、深淵より目覚めしめし冥王の槍よ、我が名において命ずる、漆黒の閃光となりて全てを貫け!——【冥王槍・終焉の穿撃】」
その瞬間、鬼神メーデスの手元から巨大な漆黒の槍が現れ、凄まじい回転と共に畝り始めた。槍は無限の力を感じさせ、次元すら切り裂きそうな勢いで迫ってくる。
するとニコルは槍に向かって32枚の防壁を縦一列に並べ替える。
最先端がぶつかった瞬間、空間が歪むような金切音が鳴り響き、火花のように光が衝突点で炸裂し続ける。
槍は防御壁を破りながら突き進んでくるが数枚を破った時点で消滅した。
「おやぁ、たった5枚かえ、見た目ほどにもないの」
「そんな、私の第八界 最高火力が、城壁すら紙屑のように貫く冥王の槍が、ば、ばかな」
「こりが
鬼神メーデスは眼前で起こった現実を受け入れる事が出来なかった。
一点集中の火力において冥王の槍を上回る攻撃手段は無い、残りの魔力量からも大魔法はあと一発が限界だ。
そうか、一点集中が無理なら
「そうだわぁ、脆弱で愚かな人間ども相手ならこっちがお似合いよね【上位魔法防壁】」
「ん、ニコル、あいつ守ったぞ」
「ぬぬ?ほう、あれをやる気じゃな」
メーデスは自身の周りに強力な魔法障壁を作り出すと、次に俺たちの真上の空に魔法陣を発生させた。
「禁断の黒炎よ、滅びの力よ、絶望の核球となり世界に灼熱の破壊を齎せ—【滅星閃光・終焉の爆滅】」
すると魔法陣から圧倒的な質量を持っていそうな直径1m程のエネルギーの塊がこちらへ落下してくる、その高熱の輝きは次第に眩しさを増し、街全体が不吉な光に照らされていく。
「あははは!避けても受けても無駄よ!それが弾ければこの一帯すべてが焦土と瓦礫にに変わるわ、自分たちの脆弱さを呪いなさい人間!ゴミめ!」
あれは、たしか核爆弾のような爆発を引き起こすタイプの魔法だ、くっそ、ここで超広範囲魔法か、俺たちはファランクスで無事だろうが、街の住民や残った騎士団はまず助からない。
「どうする!ニコル!」
「はあん?この程度はどってことないぞよ」
するとニコルはファランククスを光球の方へ飛ばし、周囲を完全な球体で取り囲んだ。
それを見たメーデスは即座に破壊を起動させる。
「ちぃ!暴威爆裂せよ」
その瞬間、強烈な閃光が球体から放たれたが、何事もなかったようにやがて消滅した。
「そ、そんなこと、ありえない、なんで」
鬼神メーデスは絶望した表情で自らの魔法防壁を解きうなだれた。
——その頃、紺碧の騎士団レオンハートは目の前に居る英雄の姿が幻ではないことを確信し驚愕していた。
「まさか、この目で本物のファランクスを、その戦いをみることが叶うとは」
まさかこれほどに偉大で、神聖で、絶対的な防壁だったとは、我々が誇り伝えてきたファランクスはやはり命を賭して語り継ぐに値するものだった。
すると自分達の後方から魔術を詠唱する声が聞こえてきた。
見覚えのあるエルフの女性、たしか王直属魔道士アルティナだ。
「【二重詠唱】【魔力覚醒】」
「暴風の神よ、その古き力を我が手に授け給え。狂乱の嵐よ、刃となりて舞え。天翔ける翼を断ち大地に平伏させよ——【斬裂の暴風】」
アルティナが詠唱を終えると魔法の刃を伴う強烈な竜巻が現れメーデスを襲う。威力ほどの大したダメージは与えていないが、その翼はズタズタに引き裂かれ飛行力を失ったメーデスは地上に落下する
「おのれ!小癪な魔道士め!」
怒った鬼神メーデスが周囲の瓦礫をアルティナへと飛ばす、拓海がそこへ動こうとするが、射線へといち早く移動した紺碧の騎士団がファランクス陣形でそれを防いだ。
「勇者どの!ここはお任せください!この命賭してもアルティナ殿は我々が守護します!」
隊長レオンハートのかけ声に残った騎士団の士気も高揚している。
——神はまだ、我々に生きる意味を与えてくださる
その頃俺たちにも異変があった。
「ぼうず、わちきはちょっと寝るぞよ、時間切れじゃ、その間おまいの肩にくっついておるでな、あとは任せるぞよ」
そういうとニコルは甲羅の中に引き篭もり肩の上で静かになった。
「十分だぜ!ここからは俺の時間だ」
「おのれ!おのれ!おのれーーーーー!魔法がだめならオマエを直接叩くまでよ」
そう叫ぶ鬼神メーデスの赤黒い長髪が、複数本の束になって蛇の様にうごめき始めた。
その先端にはそれぞれ鋭利な刃物のような武器がついていて明らかに殺傷力がありそうだ。
さらに血の色をした凶悪そうな大鎌を両手に構えている。
まるでメデューサと死神を足したような恐ろしい様相。
こいつ、接近戦もかなり得意なタイプかもしれない。
「どうしたのぉ?御坊ちゃん、ご自慢の防御壁はお休み中かしら」
「ああ、もうファランクスは使わない、ここからは俺が、本当の絶望てやつを教えてやるぜ」